【天幕の下で】2
体をゆすられて目が覚めた。
「……ぅ…デメテルさん?」
「しっ。静かに。きな臭い」
身を起こす麗華。天幕の外はまだ暗いが、雨音は大分静かになっている。この調子なら嵐は去っていくだろう。
それが、自分たちを隠すものの消滅と同義であるという事実を麗華は思い出す。
デメテルは天幕の入り口を開けると、こちらを手招き。麗華はおとなしく従った。
耳を澄ます。何も聞こえない。いや。あれは?
麗華が意識を向けた方向へ、デメテルは腕を一閃。投じられた短剣は接近しつつあった曲者を正確に貫いた。
転がっているのは、幾つもの回転翼を備えたちいさな———
「……機械?」
「敵のドローンだ。見つかった。走れ」
ふたりが飛び出した直後だった。強烈な光が真横から伸びてきたのは。
森の中を突っ切ってきたそれは、天幕の上を通り、そして遥かな先まで伸びてから消滅する。
振り返った麗華はぞっとした。天幕が消滅。それだけではなく、横一本に生じた長大な溝のガラス化した部分までもが見て取れたからである。今のビームの余波で燃え上がった、木々の炎に照らされて。
恐るべき威力だった。
それをなしたのは遥か向こう。ゆっくりと首をもたげる、とてつもなく巨大な生き物たち。
炎に照らされたそいつらの高さは木々を超える。麗華の目測が誤っていなければ大型の商業ビルディングほどもあろう、竜のような姿。首を大きく前へ伸ばした巨躯の肩高は五十メートルはある。その全長はいかほどになろうか。それが見えるだけで3体以上いるのだ。
そこまでを一瞬で視認した麗華は、つんのめりながらお前進を続けた。デメテルに手を引かれて驚異的な速度を発揮したのである。もっとも、時速百キロを超える快速も、怪物の歩幅の前には空しい努力となろうが。いや、それ以前にあのビームを受ければ……!
麗華の懸念は現実のものとなった。竜どもの全身を構成する原子が励起していたのである。それによる発光は、大出力レーザービームを投射する前触れだ。ということを麗華は知らなかったが、しかし敵の意図は完璧に理解できた。
出力を絞っているが故に随分と早く発射準備を完了させる竜たち。それよりほんの少しだけ、デメテルの方が早かった。咄嗟に前方の起伏へと、麗華ともども飛び込んだのである。
二人が転がり落ちた直後。地形が蒸発した。大出力レーザーによって破壊されたのだ。後十数センチずれていたら麗華の命はなかったに違いない。
「やむを得ない、飛ぶぞ!!」
デメテルの影が、伸びた。それは厚みを増し、密度を高め、そして実体化していく。麗華を呑み込んで。
第三射が投射されたのは、直後のことだった。
◇
「――――っ!?」
麗華は恐る恐る目を開けた。今度こそ死んだはずだ。あんなものを食らって生きていられるはずがない。その割には痛くもなんともないが。
「……生きてる?」
そこは、ずいぶんと高所だった。周囲を見回す。誰もいない。いや———気配を感じる。知っている人物の発するそれが、そこかしこからするのである。
「デメテルさん?」
「そこは私の中だ。すまんが今忙しい」
「な———中?」
困惑する麗華などお構いなしに、"現実"は進行していく。
背後からは竜。この三柱の敵神は、四射目に備えて全身を再度励起。先ほどのような低出力ではない。最大出力。対神格攻撃のための全力射撃の構えだった。
対するこちら———顕現した"デメテル"の巨体。客観的に見上げれば、一万トンの質量と五十メートルの巨体を備えた宝石の女神像は、立ち上がりつつも取り出した物体を、後方へとサイドスロー。円盤状のそれは敵の射撃よりほんの早く、空中で爆発。強烈なエネルギーをまき散らした。
それは適切な防御措置を取っていなかった敵神格群の
一瞬の隙。
混乱する敵勢を放置し、デメテルの巨体は前へ踏み込んだ。一歩。二歩。三歩目で音速を突破し、そして空中へ飛び出す。体躯を構成する流体の熱量が高まる。熱運動―――分子運動が一方向へと束ねられる。慣性を無視して一万トンの質量が浮かび上がる。強力な電磁場が大気をイオン化させ、整流機能を発揮する。
デメテルは、分子運動制御と電磁流体制御を併用。音速の三倍での巡航を開始した。
◇
「……ふう。奴らの飛行速度は私より遅い。もう大丈夫だ。当面の間は、だがね」
デメテルの言葉。それに麗華は再び周囲を見回した。
「あー……デメテルさん。ここがあなたの中って、やっぱり……」
「これは私の拡張身体。巨神の中に偏在しているのさ。君も。そして私自身もね」
外では景色が急速に流れて行く。雨。暗雲。眼下は波打つ海面。
「じゃあ、これはあの神像の中、ってことですか?」
「正解だ」
「……あれが、敵…」
「その通り。3対1じゃあちょいとばかり分が悪すぎるからね。逃げの一手を打たせてもらった。君はまだ本調子じゃないから」
「ごめんなさい」
「気にしないでいい。それより、巨神は呼び出せるかな。剣の時と同じようにやればいい。具体的にどうなるかは見ただろう?」
「……やってみます」
麗華は目を閉じ、精神を集中。
彼女の拡張身体は、それに応えた。
赤い霧。それはたちまちのうちに巡航する"デメテル"の傍へと実体化。厚みを増し、密度を増し、そして翼持つ武装した女神像として完成する。
"ブリュンヒルデ"。麗華の巨神だった。
目を開けた時、麗華は己が手を引かれていることに気が付いた。生身の手ではない。五十メートルの拡張身体が、ライムグリーンの女神像の手に引かれている事実に気付いたのである。
先の嵐の夜と同様。されど損傷はない。完全な状態の肢体がそこには出現していた。
—――凄い。私、飛んでる。
事実を認識した麗華は半ば茫然としていた。こんな状況でなければ、もっと興奮していたかもしれぬ。
「操り方は忘れてないようだな。よかった。
ここからは海に潜る。ついてきて」
「はい」
二柱の巨神は急速に減速すると降下。海へと飛び込んだ。
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