獣の罪

第1話「日暮れ」

 馬車は森の道を行く。

 フレデリックさまとセバスチャンさまの会話が聞こえる。

「どうにか一輪だけ咲いていたよ。他の蕾は全滅だったね」

「セレーネ・ローズでございますか」

「月の光で青く輝くっていうのは本当なのだろうかね?」

「さて、なにぶん私も初めて目にいたしますもので」

「ふん。ちょいと調べてみたんだが、この品種は一輪咲かすのもとんでもなく難しくて、あれだけたくさんの蕾をつけるまで育てられるのは奇跡のようなものなのらしい。

 ナンとももったいない話だね。これだけの腕のある庭師が人殺しとは」

 わたしは息を潜めてただ耐えていた。




 馬車が村の教会の前に着いたのは、ちょうど日が沈むのと同じ頃だった。

 車輪の音が止まったことで、その音に隠されていた、村人たちのざわめきが聞こえ始める。

「もうすぐ満月が昇っぞ」

「もうすぐ例のフランクとかいう男が狼男になってよみがえっぞ」

 ダイアナさまの棺が、村の誰かの肩に担がれる。

 足音の響き方から、棺が礼拝堂に運ばれたのがわかる。

 そして床に、おそらくフランクさまの棺の横に、下ろされる。


 神父さまの声が高らかに響いた。

「ご覧なさい、みなさん!

 この教会は満月の光に満たされています!

 それでもフランクさんの遺体は生き返りませんし、狼男にもなりません!」


「ほら!! これでわかったでしょう!? フランクさまを殺したのはラウルじゃないんです!!」

 叫びながら、わたしはダイアナさまの棺のふたを跳ね除けて中から飛び出した。


 そう。

 わたしは死者の眠る棺の中にもぐり込んで馬車に運ばれていたのだ。


 棺桶の中は、わたしの大嫌いな暗くて狭い空間。

 子供の頃のクローゼットよりも狭い。

 しかも人の死体と一緒。

 だけど耐えた。

 ラウルを助けるためだから耐えた。

 気絶しそうだったけど耐え切った。


 セバスチャンさまは、まさかダイアナさまがオバケになったとでも思ったのか、床にへたり込んでガクガクと震えている。

 フレデリックさまは口をポカンと開けていて、その手の中ではセレーネ・ローズが確かに青く輝いている。

 神父さまは口をパクパクさせながら十字を切った。


 村人がボソボソと何かつぶやいている。

 どうやら神父はただ“狼男に殺されると狼男になる”という伝承は間違っていると言いたかっただけらしい。

 わたしは村人たちを睨みつけ、教会の外へ飛び出した。

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