第3話「森の鍾乳洞」

 この辺りには良くある鍾乳洞のようだった。

 入り口の周りに足跡があった。

 ついに見つけた。

 ここが第二の狼男の隠れ家だ。


 中に入る。

 壁は予想通りに岩が剥き出しになっているだけだった。

 けれども床にはラグが敷かれて、折りたたみ式の簡素なテーブルと椅子が置かれている。

 ほら穴の奥の、床が少し高くなっている場所では、毛布が積み上げられてベッドの形になっていた。


 テーブルの周りには無数の便せんが散乱していた。

 書き損じた手紙。

 手近な一枚を拾って読んでみる。

 それは、未完成の遺書だった。


『私のせいでダイアナが死んでしまった。

 フランク氏が死んだのも私のせいだ。

 私はもう生きていけない』


 わたしはほら穴の外へ飛び出した。




 ほら穴の出口からそう遠くない木の枝で、誰かが首を吊って死んでいた。

 茶色いズボンから伸びる、灰色の毛皮に包まれた足。

 その足もとには奇妙な物体が落ちていた。

 狩猟用のトラバサミ。

 だけど普通のものとは違っていた。


 わたしはこの形のトラバサミを見るのは初めてだったけれど、こういうものが存在すると聞いた覚えはあった。

 フレデリックさまが最初に会った日に話しておられた、町の駅前の土産物屋で売られていた、狼の歯形を模した狩猟用の罠。

 それがこれ。

 これで首を挟まれれば、狼の歯形のような傷が残る。

 全体に及んだ黒い汚れは、時間が経って色が変わった血液だ。


 遺体の顔には見覚えがあった。

 わたしの足の手当てをしてくれたお医者さま。

 ピーターソン先生だ。

 狼ではなく人間の顔をしていたから一目でわかった。


 しっぽはない。

 耳も人間。

 手にも毛皮はない。

 足だけ狼。


 上等そうなスーツのポケットから紙が覗いている。

 わたしが手を伸ばすと、遺体が揺れて、その足から何かが落ちた。

(足首が千切れた!?)

 違った。

 履物が脱げただけだ。

 灰色の毛皮と鋭い爪を持つ狼の足がぶら下がっていたはずの空間は、ありふれた靴下に包まれた薄汚い人間の足があるだけになっていた。


 そしてその下の地面には……

 これも土産物屋のジョーク・グッズなの……?

 狼の足を模したスリッパが落ちていた。


 ピーターソン先生は、狼男の存在を信じていなかった。

 ピーターソン先生が、ラウルの存在をいつ知ったのかはわからない。

 ピーターソン先生が、意図的にラウルに罪を着せたとは思えない。


 たぶんピーターソン先生は、森の別荘の周りに“自分のものだとわかる靴跡”がつきさえしなければ良かったのだ。

 人間の足跡でさえなければ鹿でも熊でも何でも良かった。


 このスリッパも。

 凶器のトラバサミも。

 町の人々が狼男の迷信を貶めて嘲笑うために作った単なる玩具。

 それが居ないはずの狼男を、本当に居る狼男を、こんなにも苦しめる結果になったのだ。


 この人が真犯人だって自分から名乗り出てくれていれば!

 そうしてくれていれば、それだけ早くラウルを助けられたのに!

 わたしはあらためてピーターソン先生のポケットを探り、自分が犯人だとハッキリと書かれていることを期待しながら遺書を広げた。


『妻よ、フランク氏を殺したのはダイアナだ。

 私は人を殺してはいない』


 ッ!!

 何て情けない男なの!?

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