第6話「言葉や心を」
ダイアナお嬢さまと再会し、別荘の管理人夫婦に引き取られて……
ラウルが村の学校に通い始める前から、村には狼男の言い伝えがあった。
それは、狼が住む土地ならば、国中どこにでもあるようなものだった。
疫病や飢饉や自然災害で人が大勢死んだ時。
人の力ではどうにもできなかった時。
人には罪がない時。
人はその理由を、罪を、悪魔や魔女や魔物に求める。
この村では狼男がそうした魔物の代表格だった。
給食は好きだった。
勉強も嫌いではなかった。
人として暮らすには路上よりもはるかに良かった。
けれど路上とは違い、自分が狼男であることを明かせるような友達は一人もできなかった。
貧しい村には疫病や飢饉や自然災害を繰り返してきた歴史がある。
恨む相手の無い人々は、居もしない狼男を恨むことで心を静める。
そんな習慣が染みついた土地に、本物の狼男が現れたなら、何をされるか想像がつかなかった。
養父母にはさすがに隠しきれなかった。
満月の夜に体が勝手に変身してしまうのだけは止められなかったから。
幸いにも養父母はこの土地で育った人間ではなかったので毛嫌いはされずに済んだ。
「満月の夜に人間の言葉や心を失うっていうのは本当なの?」
「ああ……そうだな。満月が来ればお前は俺に失望する」
「え……?」
「俺もその時の記憶はないが、それはひどいものらしい……」
「…………」
「奥様や養父母が言うには、ただの犬みたいにしっぽを振ってジャレまくるんだそうだ。そんなみっともない姿を見れば、君だってきっと……
こらっ! クローディアっ! 頭を撫でるなッ!! 耳を揉むなァッ!!」
別荘ではずっとラウルが番犬の代わりをしていた。
ラウルの養父母は本物の番犬を飼おうとしたこともあったけれど、ラウルに懐かないのであきらめた。
庭にどんな花を植えるかは管理人夫婦に一任されており、夫婦はそれをラウルの好きなようにやらせてくれた。
花のことを語る時は、ラウルは相変わらず熱っぽくなった。
養父母はラウルに優しかった。
ラウルはそれを、自分が良く働くからだと思っていた。
実の息子に家出された寂しさを埋めたかっただけだったのだということに、別れ際になってやっと気づいた。
ダイアナお嬢さまがフランクさまと婚約したと知った時、ラウルは心から祝福した。
奥さまになったお嬢さまとその旦那さまに会える日を心待ちにしていた。
「さすがに俺ももう大人だし、他の使用人の目もあるから、昔みたいに甘えたりはできないけれどな」
わたしからも何か話そうとしたけれど、わたしの身の上話はいたって変凡なものでしかなかった。
両親は貧乏なくせに高慢ちきで、わたしにはメイドを雇う立場になってほしかったみたいで、わたしがメイドになったのをすごく嫌がられた。
その程度。
コウモリの羽音が聞こえてきて、洞窟の出口が近いのがわかった。
羽音がどんどん大きくなって、外から光が射してくる。
夕日の赤が無数のコウモリの羽にさえぎられてチカチカする。
夜行性の動物たちは、これから森へ虫などの食べ物を探しに行くのだ。
コウモリの群れが居なくなるのを待って、わたしたちも出口へ進んだ。
外への穴は、コウモリが羽を広げたままで出られるだけの大きさがあり、わたしもラウルに乗ったままくぐり抜けることができた。
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