第4話「狭いのが怖いの」

「あ……あ……」

 まずい。呼吸が荒くなる。

「大丈夫だよ。セバスチャン様が馬の死骸を見つけて降りてきたら、そこの穴から呼びかければいい」

「でも……でも……」

「落ち着けって。暗いのが怖いのか?」

「狭いのが怖いの……子供の頃に、パパにクローゼットに閉じ込められて……」

「なんだ。どんな悪さしたんだ?」

「アパートの二階の部屋で走り回ったっていうだけよ。運動不足だったの。

 それなのに……家の中でも狭いのに、もっと狭い場所に何時間も……

 パパもママもお互い相手が出すだろうみたいに思ったまんま仕事に行ってしまって……

 幼心にクローゼットが棺桶に思えたわ」

「あー、そりゃひでーな」

「そんなことが何度もあったわ」

「懲りずに何度も走り回ったのか。外でやれよ」

「わたしの地元は雨が多いのよ! パパもママも雨のせいでイライラしていてわたしに八つ当たりしたの!」


 大声を出したのがいけなかったのか、土砂がさらに崩れてきて、わたしたちは洞窟のもっと奥へと避難した。

「ご、ごめんなさい、ラウル……わたし……どうしよう……」

 出口は完全に塞がれて、もう光の射し込む隙間もない。

 何も見えない真っ暗闇。

 ここで叫んでも声が外に届くとは思えない。

 わたしはへたり込んだまま手を動かしてラウルの腕を掴んだ。

「奥から風が来ているな。行ってみるか」

「えっ? でも……」

「このままここに居てもここも崩れそうだし、馬の死骸が土砂で埋もれていたらセバスチャン様に見つけてもらうのも難しいしな」

 ラウルが立ち上がり、わたしの手がラウルの腕から外れた。

 見捨てられたのかと思って慌ててわたしも立ち上がると、頭が天井にぶつかって、足が滑ってしりもちをついた。

 触れた地面は、表面はツルツルしていて、形はデコボコだった。


「動くと危ないぞ」

 ラウルがガサガサと妙な気配をさせて……

「持っててくれ」

 何かを渡された。

 手探りで確かめる。

 最初はシャツだった。

 次に渡されたのはズボン。

 ズボンの中には、一緒に下ろした下着が入っていた。

「破れると困るから」

 そして周囲に濃厚な獣のニオイが漂い始めた。


「ラウル? 変身したの?」

 手を伸ばすと、モフモフしたものにぶつかった。

 探っていくと、人間の骨格ではなかった。

「おい。くすぐったいよ」

「だってこれって……え? 四本足?」

「ああ。完全な狼の姿だ。こっちの方が足元が安定するし、感覚も鋭くなるんだ」

「………」

 離れるのが怖くてついベタベタと触ってしまい、嫌がられているかもしれないって途中で気づいてハッと手を止める。

「乗れ」

「え?」

「はぐれるだろ。手を引いて歩くよりこっちの方が手っ取り早い」

「でもラウル、怪我をしているのに」

「もう直った」



 ラウルの背中に乗馬のようにまたがり、それでは危ないって言われて、首にしっかり腕を回して背中にベッタリと張りつく。

 その体は、毛皮越しでもゴツゴツしていて、一歩歩くたびうごめいて、ぬいぐるみとは違うんだなと感じさせられた。

 三日月の夜にわたしを助けてくれたのが奥さまの命令に過ぎなかったとしても、このたくましさは紛れもなくラウル自身のもの。

 首周りのふかふかした毛に顔をうずめ、姿勢をできるだけ低くして、わたしはラウルに身を任せた。


 ラウルの爪が、肉球が、鍾乳洞の床を一歩ずつ慎重に踏みしめ、もっと奥へ移動する。

 後ろでまたしても崩落の音が響いた。

 暗闇の中を進んでも助かるかどうかはわからないけど、立ち止まったら死ぬのはわかった。

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