第7話「狼男の存在って信じる?」

 なかなか戻らないセバスチャンさまを待つ間、残りの使用人六人は、二人一組になって屋敷中の明かりを点けて、ドアというドア、窓という窓の鍵を確かめて回ることになった。

 立っている位置が近かった人同士、ハンナおばさまの指示で適当に組んで……ハンナおばさまの後ろを歩くメラニーは、ひっきりなしに弱音を吐いてはハンナおばさまに叱られている。

 イリスとドリスは部屋に入る度に戸口で肩をぶつけ合い、同じ燭台に駆け寄って同じ窓に駆け寄ってどちらが良く働くかを競い合って、手分けして効率を良くするために相手から離れるつもりはないっぽい。


 わたしもみんなみたいに大騒ぎできれば少しは不安も紛れるだろうけど、わたしはみんなみたいに器用じゃないし、それはラウルも同じなようで、二人の周りだけ静か。

 ……なら、今のうちに言っておいた方がいいかな。


「あの……ごめんなさい……」

「何が?」

「さっきの……お庭で話したこと……」

「あー。しょうがないよ。あの状況じゃどうしたって俺が怪しく見えるからな」

「そうじゃなくて、ご家族のことを……あんな話になるなんて思ってなくて……」

「ああ。別に」

「だ、だって……」

 プイと顔を背けられ、二人また押し黙る。

 同情するそぶりを見せたのが余計にいけなかったのかしら。


 イリスとドリスのケンカの声が、やけに響いて聞こえてくる。

「はァ!? ナわけないじゃん!!」

「いいえ、あれは間違いなく歯形ですわ!!」

「だからナイフをこう持って肘を軸にこう動かせば半円形の傷になるんだってばァ!!」

「ではなぜ心臓を狙わなかったんですの!? 獲物の首を狙うのは獣の殺し方ですのよ!!」

 ……嫌な会話。


 空き部屋に入り、ラウルが窓に歩み寄ると、床がギィギィと音を立て、この建物は良く手入れされていてもやっぱりあちこち古びているのだと告げた。


「ねえラウル、狼男の存在って信じる?」

 ロンドンでこんな質問をすればバカにされて終わりだけれど、田舎にはまだ迷信深い人も多い。

「……そんなの居るわけないだろ」

 わたしも、本物に逢うまではそう思ってた。

「地元の人はみんなそんな考え?」

「いや……」

「信じている人も居るのね。でも、仲良くご近所付き合いをする感じではない」

「ああ」

「狼男を怖いと思う?」

「俺は思わない。けど怖がるのが普通だろうな」

 そして再び沈黙が落ちた。


 次の部屋へ行こうとした時……


「きゃああああっ!!」

 メラニーの悲鳴が響いた。

「裏口だ!!」

 ラウルが走り出し、わたしもそれを追いかける。


 駆けつけたその場所で、メラニーがハンナおばさまにしがみつき、震えながら床の一点を指差していた。

 そこには裸足の足跡があった。


「何、これ……?」

 遅れてきたイリスが、わたしの肩越しに覗き込む。

 その足跡は、大きさは人間の、おそらく男性のものだった。


「やっぱりよ! やっぱりだわ! 思った通りよ!」

 ドリスが叫ぶ。

 その足跡は、形は獣のものだった。

 四本の指と爪には人間の小指と人差し指のようなはっきりとした違いは見られず、親指の跡はない。


「ねえ、イリス! あたくしの言った通りでしょう!?」

 ドリスの声は恐怖に震えながらも嬉しそうでもあった。

 肉球は人の足の長さに合わせて縦に引き伸ばした感じで、狼らしい四つん這いよりも二足歩行に適しているように思えた。


「迷信なんかじゃないのよ! 本当に居るのよ!」

 ドリスが紡ごうとしている言葉にわたしは脅えた。


「旦那様を殺したのは狼男なのよ!!」

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