グリムノーツ 夢幻の月~カーミラ~

古素浪劣

第1話

 新しい想区に着いたエクス達一行は、いつもの様に道に迷っていた。

 辺りは道も何も無い草原で、目に見える中で目立つ物と言えば空に浮かんでいる満月くらいのものである。

「おかしいわね、絶対こっちだと思ったのに」

 あまりに長い時間誰にも会わないので、いつも自信満々に進んでいくレイナも首をかしげている。

「そういえば結構な時間迷っているのに、人っ子一人見かけませんね」

「別に迷ってなんかないわ。こうやってこの想区についての情報を集めてるのよ」

「はいはい、そうですねー」

 シェインの迷っているという発言にレイナが反発する。

 新しい想区では、人を探して元となった物語やカオステラーとなった登場人物の手がかりを探す必要がある。

 なので歩くのは間違っていないが、いかんせんレイナには迷った前科があり過ぎた。

「迷ってるかどうかは置いといて、確かに少し妙だな」

 タオの言葉をきっかけに一行はその場に立ち止まった。

「そう言えば空の様子は全然変わらないね」

 エクスが視線を上げると、相変わらず満月が煌々と照っていた。

「だろ? さっきメシ喰ったときからも結構経ったぜ」

 この想区に到着した時点で夜だったので、一行はとりあえず歩いて人里を目指す事にした。

 幸い月は明るく場所も見通しの良い草原だったので、動物やヴィランを警戒するにもそれほど不便な道のりではなかった。

 しかし思った以上に何も見付けられず、途中で一度食事休憩を取ったりもしたが空は変わらず夜のままだ。

 とそのとき、エクスはある事に気が付いた。

「ねぇ、さっき休憩した時も月はあの辺じゃなかった?」

 みんなの視線がエクスの指さす先、黄金色に輝く満月に集中する。

「私も覚えてるわ。確かこの想区に来たとき、何となく明るい方に人が居る気がして月が見える方に歩き出したんだもの」

「姉御……いくら歩いたって月までは行けないですよ」

 子供に言い聞かせるようにシェインがレイナの肩にポンと手を乗せる。

「わかってるわよっ、それくらい!」

 それをレイナが振り払って、二人はパシパシとじゃれ合いを始める。

「お嬢の言ってた事が本当ならあの月は五、六時間は動いてない事になるぞ」

 タオの言葉を聞いてエクスは二つの意味で背中にぞわりと寒気を覚えた。

 一つはずっと動かない月に対して。

 そうしてもう一つは、その月を追いかけて南から西へと大回りしていたかもしれない事に対して。

「終わらない夜か、誰かそんな話知らないか?」

 一同は月を見上げていた視線を戻し、お互いの顔を見回す。

「シェリーやエイプリルの魔法かしら?」

 まず心当たりを口に下のはレイナだ。

 本当の姿は時空を超える大魔導士ユリーシャであるシェリーや、時間遡行の魔法を使ってシェリーのいる時代にやって来たエイプリル。

 時間に関する異常と聞いて思い浮かべるのはこの二人の想区だろう。

「ひょっとしてタイムマシンの暴走じゃないですか?」

 次にシェインが何故か興奮したように言った。

「タイム、何?」

 聞き慣れない言葉を、エクスは一回では聞き取れなかった。

「時間を行き来する装置ですよ。さっきも話に出てきたユリーシャの魔法を機械で再現した感じの物ですね」

「魔法を機械で再現」

 タオもよくわからずに言葉をオウム返しにしている。

「それが何らかの暴走を起こして周りの時間を止めてしまったんですよ」

 シェインは周囲の反応など気にしない様子でまくし立てる。

 普段はあまり口数が多くないシェインも、アイテムや趣味の事になるとこんな風に饒舌になるのだ。

「それでシェインの思っている話だとこんな風にずっと夜のままになる場面が出てくるの?」

 エクスは理解する事は諦め、とりあえず想区の手がかりになりそうな事に絞って質問する。

「いえ、これはあくまでお約束の設定ってヤツで、具体的に何の話かって所までは全然思い浮かんでないですよ」

「浮かんでないのかよ!」

 タオが声を上げてツッコミを入れ、エクスとレイナも盛大にずっこけてしまった。

「結局何もわからないのね」

「だな。俺たちがここで話してても埒が明かないって事だ」

 話し合いは当たり前と言えば当たり前の事に落ち着いて、エクス達は改めてこの想区の住人を探して歩き出した。

「やっと村が見えてきたな」

 月が動いてない事に気が付いてからしばらく経った後、エクス達は割とすぐに道を見つけてそこを進んできた。

 見えてきたのは小さな村のようで、木で組まれた簡単な門が建っていてその向こうに小さな明かりがぽつぽつと見える。

「ほら見なさい。私の言った通りに歩いてきて正解だったでしょ」

 レイナは何故か自分の手柄だと言うように胸を張ってうんうんと頷いている。

「普段より長く夜をやってるはずだが、村の様子はどうだろうな?」

「もしタイムマシンが暴走していたら、村の人も止まってるかも知れませんよ?」

「まだやってたのかよそのネタ」

 さらに近づいていくと村の中の様子もぼんやりと見えてきた。

「あそこ、何か動いてるよ。まだ起きてる人がいるのかな?」

 いくつか影のような物が動いてる事にエクスは少し驚いていた。

 彼の生まれたシンデレラの想区ではランプは安い物ではなく、大半の人は夜になると早々に寝てしまうのだ。

「タイムマシンってヤツの仕業じゃなかったみたいだな」

 シェインの言うようにこの想区全体の時間が止まっているという事はなさそうだ。

 正直シェインの話はよく理解出来ていなかったので、エクスは密かにほっと胸をなで下ろした。

 さらに村に近付くと、 動いている影がハッキリと見えるようになってきた。

「ひょっとしてあれ、ヴィランじゃないですか?」

 動いているシルエットは空に浮かんだスカートのように下に広がった筒状の物――ゴーストヴィランだった。

「あいつら何やってるのかしら?」

 ゴーストヴィラン達は村の広場で何か動き回っているように見える。

「何だって関係ねえ。ヴィラン共が暴れてるならぶっ倒すだけだ。タオ・ファミリー行くぜ!」

 タオの号令に合わせてそれぞれが『空白の書』に『導きの栞』を挟みヒーローと接続する。

 エクスが呼び出すのは一番長く一緒に戦ってきたナイフを片手に豆の木を登った少年ジャックである。

 ――行こう、エクス。また新たらしい戦いの始まりだ!

 魂が溶け合い、自分の身体が呼び出したヒーローの姿へと変化する。

 身体の感覚を確かめるようにナイフを持っていない左手を握りしめると、エクスは仲間達の姿を確認する。

 レイナは魔導書を持った魔女の少女シェリー、タオは鎧で身を固め槍を装備した騎士ハインリヒ、シェインは魔法を操る神官見習いの少女ラーラに接続していた。

 見えているのはゴーストヴィランだけだが、どんな相手が出てくるかわからない。

 なのでエクス達が呼び出した、それぞれが一番得意なヒーローを呼び出したのだ。

 結果的に一番バランスの取れたタオファミリーの基本形態とも言える構成である。

 ヒーローの姿になった四人が村へ突入する。

 それを察知してまず迎え撃ってきたのは、剣を持っているタイプが三体、杖を持っているタイプが三体の計六体だった。

「………………」

 クルルと鳴き声を上げるブギーヴィランやビーストヴィランと違い、ゴーストヴィランは無言で迫ってくる。

「坊主とお嬢は剣持ちを、俺はシェインと杖持ちを片付ける」

 簡単に指示を出すと、タオは気合いの声と共に槍で道をこじ開け敵の後列にいる杖を持ったゴーストヴィランに突撃して行った。

「狙い撃ちますよ!」

 そのタオの確保した射線をシェインの魔法が飛んでいく。

「行かせないっ!」

 隊列を立て直そうとする剣持ちのゴーストヴィランを斬りつけ体勢を崩す。

「そいつは任せてっ!」

 相手の隙を突いてレイナの魔法がゴーストヴィランにトドメを刺していく。

「おおっと、そいつは通さねえぜ」

 一方一人で三体の魔法ゴーストヴィランを受け持っているタオは、槍でけん制しつつ敵の魔法が仲間の方へ飛んで行かないようにで楯しっかりと防いでいた。

「待ってて下さいね、タオ兄。すぐ数を減らしてやりますから」

 シェインはタオに魔法を放とうとしているヴィランの攻撃を潰し、またタオの槍で仰け反った相手に追い打ちをかける。

 前後に離れていても全く関係ない絶妙なコンビネーションだ。

 魔法攻撃が弱点のゴーストヴィランにこのフォーメーションががっちりとハマり、最初にいた六体はあっという間に塵となった。

 しかし戦闘の気配を嗅ぎつけて後続の敵がやって来る。

「みんな一気に行くわよっ!」

 そこでレイナが必殺技を放った。

 緑の光がゴーストヴィラン達を包み込み防御力が下がっていく。

「よっしゃ、行くぜぇっ!

 これにより防御寄りに立ち回っていたタオも攻撃に転じる。

「はあぁっ!」

 エクスも標的を一体に絞って果敢に連撃を叩き込んだ。

 槍やナイフの攻撃も致命的なダメージとなったゴーストヴィラン達は、最初の六体の半分にも満たない時間で片付けられてしまった。

「もうやって来ないみたいね」

 周囲からヴィランの気配が消えたのを確認してレイナが栞を抜いて接続を解除する。

 淡い光を放って大きなカバンを背負った女の子が年頃の少女の姿へ変わっていく。

「思ったより楽勝だったな」

 同じように接続を解除したタオは、暴れ足りないとでも言った様子で肩をぶんぶんと回している。

「おかしいですね。村の外から見たときはもっといたように思ったんですけど」

 シェインの言った通り、エクス達がヴィランを見たのは村の中央広場の辺りだった。

 しかし今戦ったのは村の入り口近く、エクス達に気が付いて向かって来たにしては数が少ないのが気になった。

「どうやら俺たちの強さにビビって逃げたみたいだぜ」

 タオが不敵にニヤリと笑みを浮かべる。

 その視線を追っていくと、村の反対側の家にある屋根の上でゴーストヴィランらしきシルエットと人影が屋根を飛び移りながら村の外に出て行くのが見えた。

「身軽な人ですね。あれがこの想区のカオステラーでしょうか?」

「さあ? わからないわ。このくらいの距離なら私も気配に気付いたと思うけどヴィランもいたし」

 カオステラーの気配を察知する事が出来るレイナも、今の人影には気付いていなかったらしい。

「僕はあの人、ヴィランと戦ってたんじゃないかと思うんだけど」

 よく見ると村のあちこちに、激しく動き回ったような真新しい足跡が残っている。

 エクス達が戦っていた場所よりも奥まで続いているので、あの人影は村の中でヴィラン達と戦っていたようにも思える。

「どうする、追いかけるか?」

 一旦しまった空白の書にタオがまた手をかける。

「いえ、もう無理でしょう。結構な速さでしたから」

 シェインはふるふると首を横に振って制止する。

「どちらにせよ、調べていけばきっとまた会う事になるでしょう」

 ヴィランと同じ場所に居て無事でいられるのは、戦う力を持ったヒーローか操っているカオステラーかしかいない。

 あの人影がどちらだったにせよ、この想区の重要な登場人物であればまた出会う事になるだろう。

「あれは誰だったんだろう? 出来れば戦わずに済むと良いな」

 人影が去っていた方向の空を見上げて、エクスはぽつりとつぶやいた。

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