第50話 ルシャンティ

【概要:ザケル 廃工場にて】


ケイヤ西にある工業地帯。

そこにある廃工場の屋上にザケルはいた。


後ろには件の金眼の少女が佇んでいる。

先ほど倒した兵士から奪った

ブカブカのメガネの位置を忙しなく直していた。


ザケルはそれを背中越しに見て柔和な笑みを浮かべる。

二人は知り合いであったのだ。


少女はザケルの後頭部をねめつけるように見ている。

これが彼女の会話なのだ。


脳波を観測し、そこから情報を読み取ったり送ったりもする。

一種のテレパスである。ゆえに彼女は言葉は話さない。


それが寂しかったのかザケルは口を開いた。

幼い頃の思い出話をしたのだ。


ザケルの話の中には幼い妹が二人いた。弟も一人。

そしてもちろんザケルも。


4人はいつも一緒に遊んだ。行き先はミスミの森。

精霊が棲むといわれる深い森である。


そこでザケルたちは、金眼の彼女に出会った。

数十年経過した今も変わらないあの時のままの姿である。

彼女は人ではなかったのだ。


幼いザケルたちは長い時間を彼女と共に過ごした。

少女は言葉を話さなかったがザケルたち兄弟には

好意的であり、森のいろいろな場所を案内してくれた。


彼女の紹介でシルフにも会った。フェアリーにも。

幼い子供だからこそ彼らと通じ合えたのだ。


あれはそうザケルにとって

幸せの時間であった。


だが終わりは突然やってきた。

ザケルたちの住む街がロリューの前王フバームの軍によって

焼き討ちにされたのだ。


領主にかかった謀反の疑いのためである。

そのために数十万の無辜の民の命が奪われたのだ。

その中にはザケルの両親も、そして兄弟たちもいた。


ザケルは重傷を負いながらも、瀕死の妹を抱いて

ミスミの森に逃げ、そして彼女の治療を受ける。


遠い昔の話である。ゆえにザケルはこの名前も知らない

少女には恩があった。恩は返さなければならない。


だからこそ、数十年ぶりに現れた少女の指示で

アモンをクレバス下に落とすということもしたのだ。


その理由はわからない。

だが、不思議とそれが謀殺などという陰惨なものではない

ような気がした。そんな思いもすべては彼女の魅せる

まやかしかもしれないが、そんな確信があったのだ。


あのクレバス地帯フーリエンに伝わる伝承から

わかることがあった。


あそこに落ちることはすなわち

神々に選ばれし者だけに許された栄誉ある

儀式の一つであるということだ。


伝承が本当ならばアモンは選ばれた男であるという見方もできる。

真意はどうかはわからないが、それでも少女の善意を信じたい。

そういう想いもザケルにはあったのだ。


少女は、ザケルの胸のポケットに薔薇を一輪挿した。

青い薔薇である。


ロリューでは死を告げる不吉な花。

パレナでは友との別れを惜しんで送る花。


どちらの意味で送られたものなのかはわからないが、

ザケルは微笑んで礼を言った。


花をくれた少女の心遣いがうれしかったことと

これから死地に赴く自分には相応しい花であると

思ったからだ。


去りゆく少女の背にザケルは声をかけた。

最後に名前を聞いておきたかったのだ。


彼女は言葉を話さない。送ってくるテレパスもザケルたちには

不明瞭でわからないことが多く、

幼き頃にも何度も試みて失敗していることであった。


ゆえにザケルたちは彼女をロリューの古語で

森の子(ルシャンティ)と読んだ。


彼女は振り向き、口を開いた。

初めてのことである。少なくともザケルが知る彼女は

言葉を発したことなどなかった。


ただ一言。「それでいい」と呟いたのだ。


ザケルが頭の中にルシャンティの名を思い描いた

刹那の返しであった。


自分はザケルたちと共に過ごした時の名、

森の子(ルシャンティ)でいい。

そういう意味である。


彼女の言葉からわかる想いを受け、無言で頷くザケル。

ルシャンティはそれを見届けることなく

屋上から飛び降りた。


数瞬後、彼女の持っていた薔薇がわずかに発光し

彼女は風のように消え去る。


静寂に包まれる工業地帯。

そして、そこに続々と集まってくる戦闘員たち。


今から最後の戦場へと赴くためだ。

ロリューの今後の運命を担う決戦の場。


遠くで聞こえる銃声や爆発音を聞き

ザケルは兵士の顔へと戻っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る