第41話 ブレス

【概要:ギー少佐vs暗殺者③】


ギー少佐vs甲冑の女


割れた兜から覗く顔はギー少佐のよく知る女であった。


エリシャ・プランテル。

ロリューの元軍人である。

ギー少佐とは同じ拳法の師を持つ。

大戦中は、第七特務部隊に所属し数多の敵将を葬ってきた。

終戦後は引退し主婦としての人生を歩んでいるはずであったが…


ギー少佐は首をかしげた。

軍を引退したこの女が今、自分の首を取りにきたという

不可解な事実。


そして自分がこの女に遅れを取ったことを納得していた。

彼女は元第七特務部隊所属の超常の身体能力を持つ猛者であり

拳法道場では姉弟子としてギー少佐を指導、自由組手では

ついに一本も取ることができなかったほどの拳法の達人で

あったからだ。


話しかけるヒマもなく再びギー少佐の周囲を旋回する女。

女の眼は正気の目ではない。


死極といわれる精神統一法である。

各種薬物や自己暗示により

感情を抑制し、人をただ任務を達成するための

機械と化させる外法。


この状態になった人間に言葉は通じない。

ギー少佐は仕方なく、再び折れた刀を構えた。


そして呼吸を整える。

ギー少佐の切り札である呼砲のためだ。


呼砲。

中国拳法の呼吸法から派生した

呼気を使った攻撃法の総称である。


主に威嚇や鼓膜破りに使われる小技であるが

ギー少佐は特殊な鍛錬とある科学技術の導入により

それを大砲並の威力にまで高めることに成功していた。


さきほどギー少佐が虚を突かれ絶体絶命の

窮地に立たされた時を救ったのがこの呼砲であった。

以前、戦車からの砲撃を弾くことができたのも

この技である。


ギー流呼砲の最大の利点は、顔さえ相手の方を向いていれば

攻撃可能な所である。

そして、放つのは音の振動のみのため見切られることはない。


つまりこれから女がどんな攻撃を仕掛けてこようとも

必ずカウンターが取れるということだが

一抹の不安があった。


さきほど確実に女の体を捕らえたはずの呼砲が

わずかに反れていたのだ。


それは呼砲を撃つ直前に女が回避行動を取ったことに

起因している。ギー流呼砲は誰にも知られていない彼の

オリジナルである。女が知るはずもない。


彼女は天性のカンで危機を察知しとっさに回避行動を

取っていたのだ。さらに兜の損傷具合からギー少佐の攻撃法を

看破までしていた。


それらの事実を違和感として感じていたギー少佐の額に

汗が噴出す。


刹那、背後から再び奇襲を仕掛けてくる女。

攻撃の気配を読んで振り向くギー少佐。


そこでギー少佐は異様な光景を目にする。


二人いたのだ。背後から仕掛けてきたのは二人。

いや、そうではない。


地上から迫ってくるのは強化外骨格の甲冑のみ。

空中からは、それを脱ぎ捨てた女が迫っていた。


攻撃の瞬間に甲冑を脱ぎ、跳躍したのだ。

月光をバックに女の裸体が妖しく煌く。


ギー少佐の顔は引きつった。

呼砲を完全に読まれていたのだ。


そして連続では打てないことも看破されていた。

それゆえの同時攻撃。


甲冑の高速チャージを撃って止めれば空から。

女を撃って止めれば甲冑の突進をまともに喰らう。


女の図抜けた脚力からの蹴りは頭蓋を砕くだろう。

甲冑の突撃を受ければ全身の骨を砕かれるだろう。

かわす余裕もないほどの絶妙な仕掛け。


つまり、どちらを撃ってもギー少佐の死は確定していた。

瞬間ギー少佐の頭は少年時代へと戻っていく。

走馬灯である。


死せる者が最後に見るというそれは

ギー少佐の心を落ち着かせ。

ある行動を取らせた。


ギー少佐、正念場の時。

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