第20話 タンク

【概要:ギー少佐登場】


ロリュー南東部の空軍基地。

そこに異様な訓練に励む男がいた。


広大な敷地内の片隅に幾本も備え付けられた杭。

そこに向かって打撃を繰り出し続けている。


これだけであれば普通の拳法の稽古である。


しかし異様なのはその杭に縛り付けられた者たちがいる

ことであった。


女である。

その女たちの体に容赦なく自らの打拳を叩き込んでいるのだ。

しかもほぼ全力での打撃である。もはや正気の沙汰ではない。


これはこの狂気の男ギー少佐が考案した"肉打ち"という鍛錬法であった。


拳法の体は拳法でしか作れない。

拳法家に古くから伝わる戒めの言葉である。


ランニングやウェイトトレーニングに比重を置く

者たちを嗜めるために作られたであろう言葉だが

実際その指摘は的を得ていた。


不必要な筋肉が突きの威力を殺し、

不必要な鍛錬が蹴りの軌道を狂わせることもあるからだ。


ゆえにギー少佐は、実際に人体を打ち据えられる、

より実戦に近い感覚でのこの肉打ちを考案したのである。


しかも拳足を痛めぬよう

肉の柔らかい女の奴隷を集めさせるという徹底振り。


そこには一切の妥協や躊躇もなかった。

ただ己が拳を高める。それのみを追求し続ける男。

それがギーという狂気の男である。


肉打ちが一区切りつくと、ギーはタオルを受け取り

その場を離れた。


直後、脇から出てきた軍人が散々に打ち据えられて

失神している女奴隷たちを担架に乗せて運んでいく。

そんな女たちを尻目に滑走路の中央へと歩いていくギー少佐。


その横手にガスマスクをした軍人が連れ立って歩く。

軍人は手にアタッシュケースを持っている。


「ザケル中佐からお土産を預かっています」


そういって軍人は、ケースを開いた。


「ほう…スナイパーライフルか。それも新しい型だな。

 どうやらパレナ所有の鉱山帯は、我々所有の物とは違うようだ」


「はい、調査の結果我々の鉱山帯より一時代前の物であることが

 わかっています」


そこでギー少佐は薄く笑っていった。


「では、必要以上に警戒する必要はない。ということか?」


「はい、その通りでございます。真に警戒すべきは

 やはりあの勢力かと…」


「それは追々何とかなるだろう。近代兵器に勝てる者など

 いはしない。いや、旧代兵器か?ふふふ」


世界各地で発見されたメモリー鉱の鉱山帯。

メモリー鉱には、旧時代の遺物が結晶化されて

残されており、その遺物の恩恵を受け、人類の生活・技術レベルは

驚くほど飛躍していた。


「ザケル中佐によろしくいっておいてくれ。

 本来であればこのような使い走りなどさせていい男ではない。

 ましてや、階級では俺よりも上だ。俺が命令を受けて行くのが筋であったろう」


「な、何をおっしゃいます…王の血族たる、あなたに我々は忠誠を

 誓っております。ザケル中佐も同様です。そのあなた様に命令など…」


「ふふ、そうか。では俺から命令しよう。"動くな"」


「え…?」


ギー少佐はガスマスクの軍人にそう命令すると、

右手を上げて合図を送った。

軍人は、ポカンとした表情のままギー少佐が合図を送った

方向に目をやった。するとそこには…


「なッ!!?」


何とそこには、先月発見されたばかりの戦車M1 エイブラムスの姿があった。

しかも、その戦車の砲塔が、こちらへと向こうとしている。

今からギー少佐の合図通りに、こちらに砲撃を加えようというのである。


「ギッ!ギー様!!何を!!」


ガスマスクの男がそういい終わらない内に戦車は轟音をたて

砲弾をギー少佐とガスマスクの男に向かって撃ち込んだ。


それをギーは両手を開いて受けた。

いや、受けるというよりも直前で弾けたのだ。


爆風と衝撃で辺りのアスファルトの地面はこそげていた。

しかし、ギー少佐とガスマスクの男の周りだけは

ほぼ無傷であった。


「…ギー様。こ、これはいったい…何をされたのですか?」


ガスマスクの男は問うた。砲撃をしたことではない。

彼がここで特異な鍛錬をしているのは知っていたからだ。

恐らくこれもその内の一つであろう。


しかし、彼がわからなかったのは

砲撃が効かなかったことに対してである。


戦車の砲撃を受けて無傷という奇異。

これはもう人の技やテクノロジーを超えていた。


「知ってもお前には使えまい…それより、先日のテロのことだが…

 ずいぶん地味な結果になったそうじゃないか?ん?」


先日のテロ。

三人の女軍人が起こしたパレナの有力者に対する

暗殺未遂事件である。あの計画は、このガスマスクの男の手による

ものであったのだ。


「す、すみません。まだ、訓練を積み始めたばかりの

 新兵ゆえ思った結果が出せませんでした。そしてあの男…」


「アモンか…」


壊し屋アモン。彼のパレナでの武勇伝は遠く離れたこの地にさえ届くまでになっていた。

そしてテロ計画が未遂に終わった原因となった男でもある。


「ですが、ご安心下さい。近日中に銃火器の訓練を終了させる予定の男が

 おります。その者にアモンを殺らせることに致しましょう。

 巨獣も一撃で倒す男も近代兵器には無力という事実をパレナ国民に

 広く知らしめてやれるいい機会となるでしょう」


「よし、わかった。ではそれは、その男に渡してやれ。

 くれぐれもしくじるなよ」


「ハハッ…」


慇懃に礼をして去るガスマスクの男。


風雲急を告げる嵐の予感である。

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