クラリオン~時と業の永劫奇譚~
柒星天道
一章 最凶最悪の相棒《クソヤロウ》
第1話 最悪の出会い
「……不味ィ……腹減った……」
フラフラと生気のない目で、人気のない山道を歩く猫の獣人がいた。
その口に咥えられたバーガス草という、硬い繊維だらけの茎をガジガジと噛み続けている。
「……やべぇ……景色が歪む……」
雑草なのでどんなに噛んでも苦味しか出てこないが、空腹を紛わすための苦肉の策だった。
路銀はとっくに尽き果て、一週間近くほとんど口に物を入れていない。
まっすぐ歩いているかも怪しいが、とにかく道の先にある街を目指していた。
ふと、遠くから争う音か聞こえてくる。
「……あん? ……とうとう幻聴まで聞こえるようになったのか?」
虚ろな思考の中、独り言を呟きながら千鳥足で歩を進める。
しばらく進むと、騒がしい集団が目に映った。
数は三、四十人ぐらいだろうか。
剣や銃を持った物騒な連中が行商人の一団を取り囲んでいた。
商人らしきロバの獣人がオロオロしながら周りを見ている。
護衛らしい虎や牛などの屈強な獣人達が応戦しているが、圧倒的な数に圧され、痛手を負って追い詰められていた。
「どう見ても盗賊に襲われてる図だよな」
遠巻きに様子を伺っていた猫の獣人は舌なめずりをすると、盗賊達に近寄って行く。
その彼を目にした盗賊の一人が眼を飛ばしながら剣を突き出した。
「おい、てめぇ何なんだ?」
「……あん? ああ、俺の事か。俺を知らないのか?」
「……はぁん?」
盗賊はジロジロと身なりを見た。
黒い毛の猫の獣人で、手と口元だけが長い白の毛で覆われている。
特徴的な恰好なのは麦わら帽子を被っている事と、腰の辺りまで垂れ下がっている長いマフラーを巻いている事だけ。
後はすす汚れた、二束三文にもならなそうな服装。
フラフラとしている身体はやせ細っていて、鼻はカラカラに乾き、目も虚ろ。
どう見ても不健康な貧乏人にしか見えない。
「てめぇ、舐めてんのか? 怪我したくなけりゃ、大人しく金目の物を置いて失せろ」
盗賊はドスの効いた声で、猫の獣人の首元に剣を押しつける。
「そうだな。そうしてもらおうか」
笑顔で盗賊に返答した後、その体がフラーと力なく傾く。
間髪入れず、脅迫していた盗賊の体が弾かれるように宙に舞う。
頭から地面に落ちた盗賊はピクリとも動かなかった。
ざわりと周りの空気が変わる。
突然の乱入者に一同の視線が集まった。
猫の獣人はニヤリと笑みを浮かべる。
「ロバの旦那、大変お困りのようだな。この俺が賊を追い払ってやろう。三千リルでどうだ?」
「……あんたは一体?」
「ふふん! 俺は泣く子も黙る賞金稼ぎ、インク・レンディルさ――」
戸惑う商人にふんぞり返りながら、仰々しく自己紹介をしていると、
「先手必勝ーー!」
大きな声と共に、頭上から何物かが飛び降りてきた。
「――ばごぉっ!」
しかもインクの真上に落ちたため、直撃に巻き込まれて押し潰される。
飛び降りてきたのは、白銀色の毛並みに紺碧の瞳をしたネズミの獣人だった。
外見的に少年に見える彼は、立ち上がりながら偉そうな態度で周りを見渡す。
「ロバの旦那、賊の退治ならオレ様に任せな。三千リルでどうだ?」
どこかで聞いたことのある台詞を口にする。
「ヒトの仕事を横取りしてんじゃねぇよ!」
下敷きににされていたインクが勢いよく立ち上がる。
「ほー、頑丈な賊だな。脳天に踵入れておいたのに」
「賊じゃねえ、俺は賞金稼ぎだ! てめえ踵落とし食らわせやがったのか! 意識が数秒飛んでたんだぞ!」
「知るか。貧弱なくせに、ヒトの獲物横取りするんじゃねえよ」
「んだと、クソガキ。俺のほうが先だったんたぞ。調子に乗ってると、てめえから潰すぞ、コラ」
「やれるもんならやってみろよ、駄猫」
盗賊そっちのけで火花を散らし始める二人。
「……お二方は知り合いなのでしょうか?」
場違いな雰囲気に耐えかねたロバの商人が二人の間に入ってくる。
「「こんなクソヤロウが知り合いなわけあるか!」」
同時に同じ台詞を吐いて、商人を睨みつける。
「よく分からんが、仲間割れしている内にやってしまえ!」
二人の雰囲気に流されて立ち尽くしていた盗賊たちが、リーダーの声にハッとして色めき立つ。
「「仲間じゃねぇって言ってるだろ!」」
今度は盗賊達に声を荒げると、襲い来る集団に向かって飛び込んでいく。
降り下ろされ、突き出される四方八方からの剣戟を、インクは風になびく布のようにかわしていく。
それと同時に死角に回り込みながら、無造作に繰り出す肘や拳でカウンターを打ちこむ。
その衝撃で盗賊達の体が浮き上がり、一撃の元に地面に沈んでいく。
一方、ネズミの獣人の方は盗賊達を次々と宙に舞い上げていた。
一回り小さな少年だと舐めてかかった彼等は、見た目からは信じられないパワーに驚愕する間もなくねじ伏せられていた。
構えた剣を降り下ろす暇も与えず凄まじさ速度で懐に飛び込み、繰り出される拳は土嚢袋を放り投げるように盗賊の巨躯を打ち上げる。
数で圧倒的に有利だった盗賊達は、子供に踏み潰される蟻の群れのように、あっという間に制圧されてしまった。
「……チッ、シケてんな」
ネズミの獣人は地面に転がった盗賊の懐を漁りながら苦い顔をしていた。
「何も持ってねぇ……これが盗賊狩りの醍醐味ってのに、クソつまんねぇな」
腹いせに、気絶している無一文な盗賊を蹴っ飛ばす。
「……何やってんだ?」
次から次へと盗賊の傍でしゃがんでは何かを探しているネズミの獣人に、インクは眉をひそめる。
「……ま、どうでもいいか。ロバの旦那、御覧の通り盗賊は蹴散らしてやったぞ。まずは三千リルから話をしようか」
「……はぁ、あちらの方はいいのですか?」
商人はせわしく何かをしているネズミの獣人をチラリと見た。
「あんなの放っておいていい」
「お仲間じゃないのですか?」
「違うって言ってるだろ。あんなクソガキの相棒なんて、頭を下げられてもお断りだ」
「……はぁ。えーと、報酬の話ですよね。急に三千リルというのは厳しいです。千リルで勘弁して欲しいです」
「旦那の商品が守られたのを考えれば安いだろ? 仕方ない、じゃあ二千七百リルでどうだ?」
「……きついです。千百リルで」
商人の値切り話には乗らず、金額の引き下げをなるべくしないように話を進めるインク。
やがて、商人が折れた。
「……分かりました。二千二百リルを支払いましょう」
「オッケー、交渉成立だ」
インクは笑顔で商人と握手をする。
そして、早々に報酬額を受け取ると、
「じゃ、旅先の安全を祈ってるぞ」
そそくさとその場を後にしようとしたその時。
「勝手に話を進めてんじゃねぇーーーー!」
怒声と共に、ネズミの獣人がインクの横面に盛大な飛び蹴りをかました。
インクの手から離れて空に舞った金の入った袋を、ネズミの獣人が宙で掴みながら着地する。
「ったく、油断も隙もねぇ。じゃ、旦那、こいつはいただいていくぞ」
「……ま、待て」
踵を返したネズミの獣人に、インクは弱々しい声で呼び止める。
ネズミが獣人が振り返ると、インクは這いつくばったまま震える手を伸ばすだけだった。
先ほどの戦闘でエネルギーを使い果たし、飛び蹴りで止めを刺されてしまったため、立ち上がることも出来なくなっていた。
「――ふん、まぁ、てめぇもオレ様の手助けになってたからな。少しばかり恵んでやろう。受け取りな」
ネズミの獣人が指先でコインを弾く。
放物線を描いたコインはインクの頭に当たると、地面をコロコロと転がった。
「――てめぇ、今度会った時覚えてろぉーーー! 絶対にぶっ殺す!」
インクはコインを見失わないように慌てて掴むと、高笑いをしながら去っていくネズミの獣人に悪態をぶちまけた。
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