ヒーローな姉

「はーっくしゅん!」




自分のくしゃみで目が覚めた。




ささささ、寒すぎ!特に背中と腕が寒い。空気に触れてる部分が寒い。無意識に腕の中の温もりにぎゅっと縋る。おまけで顔まで伏せたら、つ、冷た!何、毛!?濡れてる毛!?




そこであたしは覚醒した。




そうだった…。




一回空を仰いでから、腕に抱えてるものを見る。




ノエル。行方不明だったあたしの一つ年下の弟、だと、思う、多分…。




流石に5年前のことだから、男の子は成長が早いって言うし、あたしも確信が持てない。




でもあたしのカンが言っているのだ。この子はノエルだって。




「はっくしょーい!」




花の乙女とは思えないくしゃみをして、あたしはがたがたと震えた。とにかく寒い…。




ノエル(仮)を見つけた直後、ジャンに見つかりそうになり、焦ったあたしは足を滑らせて川に滑り落ちてしまった。




でも村育ち舐めて貰っちゃ困るわよ。川泳ぎならお手の物、溺れるなんてヘマするわけなく、適当に流れてからあたしは岸に上がった。溺れる者は藁をもつかむと言うが、慌てて流れに逆らおうとしちゃ駄目だ。大体パニックになっちゃってやたらに暴れたりするのよね。んでたっぷり水呑んだ挙句体力だけ消耗してドボン。そういう時は、慌てず騒がず、落ちついて水の流れを読むのだ。そうすれば自然はちっともあたしたちに厳しくない。ノエル(仮)が気を失っていてくれてよかった。下手に暴れられたら二人して御陀仏(おだぶつ)だっただろう。いくら慣れてるとはいえ、人間ひとりの命を抱えてるということを意識すると、あたしも緊張した。自然に「絶対」はない。自然に飲み込まれた時、人間は、まず自分が無力でちっぽけな存在だと言うことを理解したうえで、雄大な自然にすべてを任せるのだ。そうすれば自(おの)ずと道は開ける。




それにしても…ほっそい首。あたしのが強いんじゃないのこの子より。




「ノエル。起きなさい、ノエル!こんなとこで死にたいの!」




あたしは抱えてたノエル(仮)の胸倉を掴むと、気つけに一発ぱぱーんと頬を張ってやった。




「なっ?!あ!?」




はっと目を覚ましたノエル(仮)は、頬をおさえてうるうるとした目であたしを見た。あたしの指の先でもひっかけたのか、右目が充血している。




開かれたけぶる金の奥は、綺麗な綺麗なスカイブルー…。




やっぱり。




あたしは妙に落ち着いた気分で言った。




「あんたの名前をあててあげようか」




ノエル(仮)が怯えたように土に着いている手をぎゅっと握る。




「ノエル、あたりでしょ」




ノエル(仮)の瞳が大きく見開かれる。どうでもいいけど、目大きいわね。




「あたしのこと、わかんない?」




ノエル(仮)は答えなかった。警戒しているのか、驚いて怯えているのか。もう、そんなところも変わってないわね!




「サラ姉さんよ!もうこの薄情者!あたしは一発で分かったのに!」




あたしは一気に嬉しくなってしまって、ノエルに飛びつくと、いつも弟たちにやるように首に腕をまわして締めあげる。




「もう!あんたほんとどこいってたの!みんな心配してたんだからね!?兄さんたちも弟たちも母さんも!もうもう、久しぶりじゃないのホント!」




「く、くび、くび…」




「あ、あら?」




モチロン加減していたのだけれど、ひょろっこいノエルにはそれでも致命的なレベルだったみたい…そういえば昔も、やんちゃ盛りの飛びかかってくる弟たちにはやってたけど、隅っこで大人しくしてたノエルには、やったこと、なかった、かも…。




「ご、ごめんなさいノエル!姉さんはけっしてあんたの息の根を止めようとしてたわけじゃ…」




あたしがおろおろとノエルの背を摩ると、ノエルは大丈夫だと言うように片手を挙げた。




「だい、じょうぶ…それより、本当に姉さんなの…?」




「そうよ!あんたのサラ姉さんよ。もう、本当に…ボロボロじゃないの。とりあえず、どこか洞窟探して、体温めましょ。ごはんもあるわよ」




あたしは荷物を掲げてニッと笑った。それを見て、安心したようにノエルも笑う。




ノエルの瞳が、夜の空を映してキラキラと輝いた。




「綺麗ね」




起き上るノエルに手を貸しながら、あたしは思わず言ってしまった。




「何が?」




「ノエルの瞳。この世界を映せそうなぐらい大きい」




ノエルはそれを聞いて笑った。




「あら、本当よ。瞳の中で星空が輝いてる。とっても綺麗ね」




あたしはにっこりと笑った。




するとノエルはぱっと俯いてしまった。




「姉さんの瞳も…青い」




なにこの子、照れてるの?




可愛い!もう、本当に引っ込み思案なまま大きくなっちゃったのね。




「ブルーアイズ、いいでしょ。お揃いよ」




そう言うとあたしはノエルに背を向けてしゃがんだ。




「…姉さん?」




「早く乗りなさい。運んであげるから」




「え!?い、いいよ自分で歩ける…」




「いいから!遠慮するんじゃないの!ほら!」




あたしは強引にノエルを背におぶった。後ろで小さくノエルがありがとうと言う。どういたしましてと返しながら、あたしは内心で首を傾げた。




ヒロインって、ノエルだっけ?

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