第130話 追う者、追われる者



 謁見の間でユリウスへの祝辞を述べたアラタは宛がわれた客室へと案内される。与えられた客室は上等な造りと評しても誇張無く、床の全てにホランド産の赤い敷物が敷き詰められ、サピン産の寝台が置かれていた。テーブルには数多くの酒類が置かれ、その多くはドナウ産の酒だ。今回泊まるアラタへの気遣いかと思ったが、ホランド産の乳酒は癖が強いので客人に出すのは不適切なのだろう。自国の文化の低さを理解した上で客人に最大限のもてなしをするホランドの精神が顕れていた。


「あ、お帰りなさいアラタ様。あたしがアラタ様の使用人だって言ったら、隣の部屋を薦められました」


 戻って来たアラタをエリィが出迎える。聞けば他の使用人は別室を与えられてそこに纏めて放り込まれているが、エリィだけはアラタの隣の部屋を割り当てられたそうだ。ただ、かなり小さい部屋らしく、居心地はそこまで良くは無いらしい。


「まあ、寝れるだけ良いと割り切る事だ。他の使用人の嫉妬も怖いから気を付けろよ」


 わざわざ一使用人を特別扱いするような不可解な部屋割りに警戒度を上げるアラタに対して、エリィからすれば主人の使用する大きな寝台に興味をそそられる物の、流石に一緒に寝たいとは言いだせない。あくまでアラタと寝たいのではなく、三人は余裕で寝そべる大きな寝台で思いっきり寝転がりたいという願望が先行していた。この辺りの精神がアラタからすれば、まだまだ子供なのだと言われる要因なのだ。


「そういえば先ほどシュターデ様とウォラフ様がやって来て、これからの事を話し合いたいと言伝を預かっておきました。今から私が呼びに行きましょうか?」


「いや、ここは他所の城だから、余計な事はしなくていい。そこに呼び鈴があるから、ここの使用人に呼んで来て貰え」


 テーブルに置かれていた取っ手の付いた銅製の鈴をエリィに渡して鳴らさせる。金属特有の甲高い音が部屋に鳴り響くと、隣の部屋から使用人が入って来て、アラタの前に来て膝を着いて頭を下げる。まだ若い少年の使用人に使節団のエドガーとウォラフを呼んで来て貰いたいと頼むと、すぐさま呼んで来ると駆けて行った。

 エリィに割り当てられた部屋と反対の部屋に使用人が控えているとなると、四六時中見張られていると見て良い。おまけにこの部屋は二階かつ、窓側が中庭に向いて、周囲から丸見えの構造だったので、無断で部屋を抜け出すのは容易ではない。

 元々敵対国家の城の中なのだ。警戒心から見張りを付けられるのは覚悟の上。例え祝い客であろうとも、他国人である以上、本質的に敵である事に変わりはないのだと、あの使用人の配置がそれを如実に語っていた。

 エリィにその事をそれとなく伝えると、昨年サピンで似たような状況下で一月あまり過ごした経験から、すぐに察して頷いた。



 アラタ達ドナウの使節団が話し合いの場を設けていた同時刻、城の主であるホランド王以下数名も祝い客と同様、今後の交渉をどう進めていくかを話し合うために集まっていた。


「さて、ドナウの申し出、どう判断する?言葉通り我が国との戦いを避けたいが為に、本気でユゴスを見捨ててでも友好を結ぼうとしているのか、はたまた別の狙いがあるのか?あのレオーネと言う男、どうにも腹の内が読めん」


 まず最初に口を開いたのがドミニクだ。彼はドナウの主張が筋が通ったものだと判断しながらも、完全には信用していなかった。そして、ドナウとはいずれ雌雄を決しなければ、自身の生涯は完成しないと確信していた。

 さらに初めて対面したアラタの器量を判断し切れていないのが、更なる疑惑となって決断を先送りさせていた。ドミニクの言葉に宰相のカーレルも同意し、謁見の間での振る舞いから、一癖も二癖もある男だとアラタを判断して、若干渋い顔をしている。


「陛下の仰る通りですな。あの男、若いながらも食えない性格をしているようで。我々を強国と立てつつも、ドナウが風下に着くなど有り得ない。並び立つ対等な国家だと認めさせようとしていましたな。さらにはレゴスがユゴスとの戦に参加しようものなら、止めに入ると、こちらを牽制していました。

 あの言葉がドナウの何者かの入れ知恵である可能性は否定出来ませんが、ドナウの扱いには今後も梃子摺りそうですな」


 以前からドナウで配下を使い情報収集に当たらせていたので、アラタの人となりはある程度把握していたが、実際に対面してみると、配下の報告書通り面倒な相手だと感じている。おまけにその部下からの報告が数か月前から途絶えており、探りを入れた連絡役から、逮捕されて処刑されたと聞いた時は相当憤慨させられた。


「ドナウが油断ならない相手だというのは少し前から分かっているから今更だよ。問題はその油断のならないドナウが我々と仲良くしようと見せかけつつ、何を望んでいるかだ。

 私個人の考えでは昨年のサピンと同様に、表向きは友好を謳いつつ直接戦わずにユゴスへ物資や兵器を援助して、ホランドに要らぬ出血を強いる気じゃないかと思う。さらにレゴスのユゴス戦への参加に待ったを掛けて、戦力を温存させる腹積もりだと見ているよ」


「となると、既にドナウとレゴスではある程度話が纏まっていると判断しても良さそうですな。私がレゴスに共同戦線の話を持ち掛けた時、軍や貴族達は大分乗り気でしたが、ここ最近は反応が鈍くなっています。どうやら、軍の主力の留守中に我々がレゴスに攻め入るのではと、疑われています。そんな噂がレゴス中で聞こえていますので、余程我々が安全を保障してやらねば、レゴスは動いてはくれないかもしれません」


 自分の仕事を邪魔されたカーレルが心底忌々しそうにドナウとレゴスに悪態を吐く。ホランド人からすれば、そんな盗みを働くような恥ずかしい行為などするまでもなく、真っ向から武力を用いて攻め滅ぼせるのだから、見当違いの心配でしかない。だが、西方の人間からすれば、二か国を相手取れる兵力を有する、碌に安全保障のない隣国に背中を預ける行為など到底出来ない。それこそ裏切らない保障として、人質でも差し出していればまた違った話だろうが、そんな事を格下の国にするなどホランド自身の強者としての誇りが許さなかった。いや、ドミニク自身は人質も已む無しと考えていたが、民がそれを許してくれない。なまじ強い王を二十年にわたり見せ続けた弊害がここに来て表面化を見せており、硬軟合わせた外交が出来ずに手段の硬直化を招いていた。


「その話はとうに却下したはずですよ宰相。人質など差し出すのはこちらが頭を下げているとしか国内の貴族や民は見なしませんし、そのような弱腰を許してはくれません。

 何より今人質として出せるのは、妹のタチアナしか居ないでしょう?そのような真似は私も兄上も反対です。つまらない小細工をせずとも私がユゴスを屈服させれば良いのです!」


 暗にレゴスに譲歩して人質を差し出しては、と進言するカーレルをユリウスはけん制する。彼にとって溺愛する妹に人質などという不自由な生活を送らせたくなどないし、ホランドの民から弱腰だと非難される事は可能な限り避けたかった。

 そんな国政に私情を混ぜる弟を、やや冷ややかな目でバルトロメイは見つめていたが、内心では弟の言葉に同調しているし、民への影響を考えると、人質を出すというのは悪手に思えた。


「確かに兵力はこちらが圧倒的に上、優位に立っているのは純然たる事実。元より最初は我々が単独でユゴスを叩いた後、後詰としてレゴスをぶつける方針だった。後続部隊が来なくなるだけで、戦力的には大きな影響はないと言えるか。

 ―――――ならいっそユゴスの兵力を何割か削った段階で、和睦も視野に入れて動いてはどうでしょう?勿論こちらが優位な条件での交渉が前提だが、人質を出させるなり属国化するなりして、レゴスを見張る役目でも負わせるのが現実的です」


 当初の戦略を幾らか修正して、ユゴスからホランドへ歯向かう軍事力を削りつつ、レゴスを牽制する役割を担わせようと、バルトロメイは案を出す。

 話を聞いていた三人は、悪い意見では無いと判断していた。元々ユゴスと戦うのは既定路線でもあるし、仮に属国にしておけば、レゴスは警戒用の戦力を張り付けなければ安心出来ない。いずれドナウと戦う時に東側を大人しくさせておけばそれで事足りる。


「良いだろう、バルトロメイの案を採用する。攻め滅ぼさなくとも、子分にすれば誰も文句は言うまい。

 だが、東はそれでいいとしてドナウはどうする?交易の件は数日は時間があるが、帰るまでに返答はせねばならぬ。祝いの席での友好を退けるのは気が進まんが、意図が読み切れない以上は止むを得ん」


 ドミニクにとってドナウはひどく不気味な国へと変貌を遂げ、友好を謳いつつも何をしてくるか分からない不快感が込み上げる存在になっていた。仮にユゴスやレゴスならば、このような懸念など微塵も感じず二つ返事で了承するが、例え器量が小さいと言われようとも、ドナウ相手ではいささか及び腰になる。

 そんな主君の姿にカーレルは僅かな失望を感じていた物の、家臣としては軽はずみな判断で動かなくてくれて助かるとも感じている。そして、そんな時こそ自分のような忠臣が支えてやらねばと、義務感が湧いてくる。


「そちらはお受けしても宜しいかと。ただし、条件を付けておきましょう。

 まず、両国が交易を結ぶにあたり、今後ユゴスへの軍事援助や交易の一切を取りやめる事。さらにホランドへのナパームの供給を許可する事を前提条件に組み込みます。それ以外の細かい取り決めは後日で構いませんが、この二つの条件は外せませんな」


「交易の禁止は兎も角、ナパームまで?確かにあの油は高い殺傷力を見込めるが、今から輸入しても我々が効果的に使用するには取扱いの練度が足りない――――そうか、ドナウが我々と手を組んだという事実こそが重要。使いこなせるかは二の次か。

 ドナウが敵に回ったとユゴスに目に見える形で見せつけて士気を挫くのが宰相の狙いという訳だ」


 カーレルの狙いをすぐさま読み取ったバルトロメイは合点がいき、ナパームによる戦果よりも、ドナウがユゴスに味方しないと分かりやすい形で見せつける心理効果を期待していると見抜いた。

 バルトロメイの察しの良さにカーレルは満足そうにしている。カーレルにとってはユリウスも悪くは無いのだが、失態を犯して自ら王座から身を引いたとはいえ、やはり内政重視のバルトロメイのほうが気が合う。勿論ユリウスが王座を継ぐのに反対しないが、個人的な好みまでは否定出来ない。


「どの道ドナウが何を望んでいるかが分からん以上は、あれこれ考えるより最低限こちらの利となるよう取り決めをした方が得策という訳ですか。

 あの油はあまり好きではありませんが、私も無駄に兵を殺させない様に策を練るのは賛同します」


 ユリウスにとってナパームは初陣での苦い経験を呼び起こす道具だったので、あまり手元に置いておきたくはないのだが、兵の損害を軽くするのと、自身への戒めも兼ねていると思えば我慢出来ない事も無い。それに小細工は不要と言っても、それは謀略の類であり、戦場で軍略を練るのは大歓迎だ。



 およそ今後の戦略を纏めた四人は各々の仕事分担の確認に入る。

 まずユゴス攻略の総大将になるユリウスは軍備と編成を。兄のバルトロメイが戦の兵站を担当し、カーレルは引き続き外交とドナウとの交易の交渉を担当する。そして最後にドミニクが全ての統括役となる。


「では、お主らも抜かるなよ。儂等ホランドもここで更なる失態を犯せば後が無くなる。それを肝に命じて動け」


 ホランドを大国へと押し上げたドミニク王でも、これ以上の敗け戦を続ければ国内の貴族や他の有力部族が王位を簒奪しかねないし、ここ最近の併合地の反乱分子を勢い付かせたくはない。そして何より、周辺国がこちらを弱体化したと侮り、囲んで殴りかかるのは絶対に避けたかった。

 常に強い王を魅せ続けて家臣達を従わせても、いざ勝てなくなれば王でも平気で切り捨てかねないのが遊牧民を起源とするホランドの気質と言える。

 突出した軍事力を有し、次々と周辺国を併合し続けて覇権国家へとのし上がったホランドだったが、既にかつての余裕は無くなりつつあった。



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