第113話 増える同居人



 年末まであと二十日となり雪が降り始めた寒い日、アラタは仕事中にカリウスから呼び出しを受けていた。呼ばれる理由は仕事とプライベート問わず色々と考えられるので特定は出来なかったが、まあ直接聞けばいいかと素直に従い、謁見の間ではなく私室の一つにやって来た。


「よく来たな、アラタ。まあ、座って一杯付き合え」


 手に持った杯を軽く掲げ、傍に居た使用人が座ったアラタに杯を差し出す。中身は温めた果実酒で、匂いから果実の皮とハチミツが入っているのが分かる。

 アラタが酒を一口含んだのを見計らい、カリウスが用件を切り出す。


「実はそなたにやってもらいたい事がある。と言ってもこれは仕事と言うより、私的な頼みになるな。なに、そなたからすればそこまで難しい件では無いので、構えずともよい」


「私に出来る事であれば嫌とは申しませんが、以前のマリアのような政治目的の結婚は金輪際御免被りますよ。

 陛下の顔を見れば以前の様にザルツブルグの一件のような困り事でもないのは分かりますが」


 マリアとは良い夫婦として過ごしているので不満には感じないが、政略結婚にはどうにも忌諱感が付き纏っていた。例え政治的に有効な手段と分かっていても割り切れないものは割り切れない。

 そんなアラタにカリウスは首を横に振って、心配するなと否定した。


「そのような事は強要せぬから安心しろ。――――実はな、サピンからやって来た三人の娘達だが、どうにも城に馴染めないようでな。一番年上のロベルタは気丈に振る舞っているが、それでも毎日不安そうに過ごしている。真ん中のクロエはなまじ知恵もあるので、自分の置かれている状況が理解出来てしまい、精神的に追い詰められているらしい。どうにもあの娘達が不憫で、何とかしてやりたいのだ。

 そこで、同じ孤児であるそなたなら、娘たちの心を汲んでくれるのではと考えた。どうだ、不憫な娘たちの為にそなたの屋敷で世話をしてやってはくれぬか?」


 カリウスの頼みに、アラタは思考を巡らす。ここ十日ほど、サピンの娘達の事で良い話は聞かない。何か悪さをしたというのではなく、毎日脅えていたり泣いているといった、親を亡くした孤児によく見られる話ばかりで、アラタも幼少期の孤児院で当たり前のように見かけていた。

 ドナウ貴族に孤児と言うのはほぼいない。誰かしら親族がいるし、居なくともその友人や縁の深い家が引き取るので彼等が支えてくれる。だが、サピンからの亡命者の三人にはそのような者は居らず、身の回りの世話をする使用人が数名付いて来ただけで、頼る事も出来ない。

 だからこそ同じ孤児でありサピン人への偏見もないアラタに白羽の矢が立った。


「分かりました。義父の頼みですし、お受け致しましょう。家にはセシルも居ますし、二~三人増えた所で少々賑やかになるだけです。マリアもアンナも途方に暮れる子供を見て嫌とは言わんでしょう」


「うむ、助かったぞ義息よ。そうそう、知っていると思うが、一番年上のロベルタはまだ15歳だが、絶世の美貌を持っている。精々、見惚れてアンナに泣かれぬよう気を付ける事だ」


「余計なお世話だクソ親父。では、失礼します。ああ、言い忘れる所でしたがマリアとの子供の名前、ちゃんと考えておいてくださいよ。年を越す前には生まれるでしょうから」


 断る理由が無いので義父の頼みを快諾したのは良いものの、その義父の余計な一言に憤慨したアラタは、悪態を吐いて部屋を出て行った。

 ただし、子供の名前をきちんと頼んだ様子を見るに心底怒っている訳では無い事がカリウスには透けて見えており、口元には笑みが張り付いていた。



      □□□□□□□□□



 翌日、アラタはロベルタ達に宛がわれた城の客間に通される。実はこの部屋はアラタがドナウにやって来てから今の屋敷に移るまで使用にしていた客間であり、少し懐かしいと感じていた。

 三人は前日に部屋を移ると聞かされていたのでアラタの姿を見ても驚く事は無かった。


「初めまして、今日から君達の身の回りの一切を預かるアラタ=レオーネだ。ドナウの客人である君達に不自由はさせないので、希望があれば遠慮せずに申し出てくれ」


「初めましてレオーネ様。従姉妹たちは幼い故、代表して私、ロベルタ=バルレラが応対を務めさせていただきます。過分なお言葉、感謝に絶えませんが、身の程を弁えておりますので、どうかお気遣いなく。さあ、クロエ、ラケル、レオーネ様にご挨拶なさい。今日からこの方が私達のお世話をしてくださるのですよ」


 アラタの社交辞令に自分達がドナウにとって招かれざる客だと薄々気づいているロベルタが、その気遣いを無用だと固辞する。随分気を病んでいるとロベルタを分析し、続いて挨拶をするクロエにも同様の精神的圧迫が確認できた。唯一異なるのが一番年下のラケルなのだが、単に自らの置かれている状況が理解出来ないのだろう。恐らく彼女の両親に遠くに遊びに行って来いとでも言われたのを疑わずに信じているのだ。親戚のロベルタやクロエが一緒に居るのがそれに拍車をかけているのだろう。

 一応の挨拶を済ませた四人は、早速屋敷へ行くと外に控えさせていた使用人に伝えて、部屋を出て行った。



 城を出た四人は歩いて屋敷へと向かっている。竜車を使わないのは、アラタが三人に少し気分転換させてやりたかったからだ。ここ十日碌に城から出る事無く、殆どを部屋で過ごしていたようで、一番年下のラケルは楽しそうに故郷とは違う街並みをアラタの頭上から眺めていた。

 真ん中のクロエは、自分達とは異なる容姿のドナウ人が視線を向けてきているのに、ややビクビクしながら歩き、隣で歩いているロベルタの裾を掴んでいる行為が彼女の精神を端的に現していた。

 そして最後に年長のロベルタなのだが、彼女自身は平常を装っているが問題は彼女に突き刺さる視線の多さだった。その視線を送る人間は大部分が男であり、ロベルタの美貌に心を奪われていた。その男達は単純にロベルタの美しさに呆気に取られている以外にも、口にするのを憚る様な下種な感情を乗せて見ていたり、女性はその容姿に激しい嫉妬心を掻き立てられて、有らん限りの憎悪の視線をぶつけていた。

 一行が注目を受ける大半の理由がロベルタの容姿であり、カリウスがアラタに冗談とは言え警告をするだけの事はあると、感心すると同時に厄介さを感じていた。一応先頭にアラタが立ち、彼女達の後ろに護衛として近衛騎士のラルゴに控えてもらっているので、血迷った行為をする輩はいないだろうが、今後は色々と警戒をせねばならぬと対応を考えていた。



 屋敷に着いた四人は早速マリアとアンナに対面すると、真っ先にラケルが身重のマリアに興味を示し、足元にすり寄って行く。


「マリアさまはおなかがおおきいね、どうして?」


 まだ四歳かつ身内に妊婦が居なかったのか、臨月を迎えて不自然に大きな腹部のマリアに問いかける。嫁いだとはいえ王女であるマリアに無礼な態度を取ったラケルをロベルタは叱ろうとしたが、それを当のマリアが笑顔で留める。


「このお腹にはね、赤ちゃんが入っているの。あなたも昔はあなたのお母様のお腹にいたのよ」


「ラケルしってる!あかちゃんって、とうさまとかあさまがいっしょになってつくるんだよね。でもラケルがかあさまたちに弟がほしいっておねがいしても、『また今度ね』ってつくってくれなかったの。こんど、とおさまとかあさまにあったら、またおねがいするの」


 一切の憂いや悲しみも無く、満面の笑みを浮かべてもう居ない両親に弟をねだるラケルをロベルタは不憫に思い、あるいは自身も永遠に両親とは会えない事を理解していたクロエは、悲しみのあまり顔を背け、血がにじむほど唇を噛みしめていた。

 そんな親を失った三人をどうにかして温かく迎え入れてあげたいと、マリアとアンナは心に誓い、アラタは今後どうやって接するのが彼女達の精神に負担を掛けず、ケアできるのかを自身の孤児院での経験とドーラからの孤児への対応マニュアルによって組み立てつつ、どうにかこの淀んだ空気を払しょくしようと、話題の転換を図った。


「そうそう、言い忘れていたが屋敷にはもう一人同居人が居る。今は城でカール殿下と勉強中だから、夕食の時にでも紹介しよう」


 悲しみを癒せた訳では無かったが、その言葉に重い場の空気が少し和らいだのを見計らい、使用人達が娘達を客室に案内して、残された三人はどうすべきかを話し合う。


「話には聞いていましたが悲しい事です。少しでもあの三人が幸せに過ごせるように、手を尽してあげたいのですが」


 アンナが孤児となった三人と孤児院で面倒を見ていた孤児達を重ね合わせて不憫に思い、何かしてあげたいと残りの二人に同意を求める。マリアもそれに同調し、アラタも特に反論せずに頷いた。


「ラケルに関しては今の所問題は無い。現状を把握していないから、両親が亡くなった事も暫く伏せて置ける。ロベルタも年長者としての責務から、ある程度感情を誤魔化せる。まあ、あまり長く続くようだと溜め込みすぎて危険だが、少しぐらいなら対応を後回しにも出来る。

 問題は真ん中のクロエだな。7歳となると死も理解出来るし、親も恋しい。親しい者をほとんど失って、住み慣れた土地には二度と帰れない事も理解出来るから、却って感情を持て余すだろうな。すぐに対処しないと拙い」


「むしろ私にはラケルの無邪気さが辛かったです。あの子の中ではまだご両親が生きていますが、その認識がいつ崩れてしまうのかと思うと、胸が張り裂けそうでした」


 マリアが夫の言葉と異なる意見を口にする。以前から孤児達との触れ合いで、母性が芽生えていたのは知っているが、お腹の子が大きくなるにつれて、それに比例して母性もまた強くなっている。

 アラタとしてもラケルに真実を教えるのは非常に気が重くなる懸案なので、妻の意見には大いに同意出来るが、幾つか小細工を弄して先延ばしにする事を考えれば優先順位は比較的低い。


「取り敢えず今日明日ぐらいは経過観察をして、最善の対応を選択する。君達は可能な限り三人に気を配っておいてくれ、男の俺より警戒心は弱いだろう」


 今すぐ行動を起こすのも不適切なので、情報収集と称して時間を置く事を選択し、妻達に三人を任せてアラタは仕事の為に城へと戻った。

 城に戻る途中、ドーラから通信が入る。


(幾ら大尉が経験者だからとは言え、難しい仕事を任されましたね)


(まったくだ。孤児への対応は慣れているが、好きになれんし、良い気はしない。だが、誰かがやらないと困る人間がいるから、出来る人間が対処するのが道理だ。あの娘達も放ってはおけんからな)


(私には過去の事例から対応マニュアルを提供する事しか出来ませんが、お力添えは致します)


 人ですらない機械の言葉だったが、今だけはアラタも頼もしいと感じ、無駄と分かっても道具を労った。

 アラタは世の中とはままならないものだと溜息を付いたが、ふとドナウがサピンに援軍を出していれば彼女達の両親や多くのサピン人も死なずに済んだのではと、仮の未来を考えて、すぐにそのIFを切って捨てた。今更そんな仮説は無意味であり、自身を含めてドナウと言う国がサピンの面倒を抱える道理などどこにも無いからだ。彼等は彼等の意志で滅亡する未来を選択したのだから、その結果を粛々と受け入れる義務がある。

 そう自らを納得させるが、親を失い悲しみに暮れる子供を見ると、どうにも心が揺らいでしまう。せめてもうすぐ生まれる自分の子供にはそのような想いをさせない様に自分達が力を尽くさねばと、アラタは自身の戦場へと戻って行った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る