第23話 よく似た二人



 ドナウ王国内の植生調査から帰還して早二ヶ月。アラタが統合宇宙軍から離れて丁度半年が過ぎようとしていた頃、ドナウ王国は直轄軍の地方街道整備に区切りを付けて、砦建設の演習への移行を予定していた。

 各地に散らばっている地方軍を一か所に集めて、平地に砦を建設。同時に攻城兵器の取り扱いの習熟訓練を兼ねる軍事演習だ。演習予定地はドナウ国内の西側、東側のホランドからかなり離れた王家の直轄領が選ばれた。

 可能な限り緘口令を敷いて情報封鎖に勤めたが、一万人もの人間を一か所に集めるのだ。物資の動き、特に食糧の動きから悟られる危険性は大いにあったが、最早ここまで事が動いた以上どうにもならないと、アラタは半ば諦めていた。実の所、アラタが提言した対ホランド戦略の最大不安材料はそこにあったのだ。



 一万人の直轄軍が忽然と消えたら、どの国でも不審に思う。それを隠し通せるかが、アラタにとっては賭けに近かった。一応、欺瞞情報として、街道整備計画の中に国内の西側の予定を混ぜ、一部の軍の部隊に実際に街道整備を行わせつつ、引き抜かれた直轄領の治安維持を地方領主軍の兵士に代行させて、可能な限り国内の混乱を発生させないように苦心していた。

 ついでに、地方領主たちがホランド戦で、除け者にされていないというポーズの為でもある。指揮権の統一や情報封鎖の為には、これ以上の不確定要素は入り込んで欲しくないと言う宰相や軍司令の方針により、当たり障りのない役割が与えられた。

 この判断にはアラタも率先して同意した。秘密とは抱える人間が少なければ少ない程、発覚の危険性が低くなるからだ。欲を言えば諜報機関でもあれば、全力稼働させて情報封鎖を徹底させたかったが、残念ながらこの西方にはそのような情報を専門に取り扱う組織は無いらしい。精々、行商人から情報を買い取ったり、正規外交で外交官や駐在武官を派遣して情報収集にあたらせる程度の粗末なものでしかない。

 あるいは独自の情報ネットワークを構築する集団でもいるのではと疑い、V-3Eに王都内をくまなく探させたが、まったくと言っていい程、痕跡が見当たらずアラタを唖然とさせていた。不用心にもほどがあると。

 これが地球なら、一国の首都には百を超える国の諜報員がひしめいて、さながらスパイ市場とでも言うべき熱気に満ちていると言うのに。今のドナウやアラタからすれば、その稚拙さが救いになっていると言える。

 ホランドも弱小であるドナウにそこまでするより、武力で叩きのめした方が金と手間が掛からないと思っているのかもしれない。ある意味ではその通りなのだが、アラタからすれば過信のし過ぎである。優れた武力も使う人間が馬鹿なら、幾らでもやりようがある。

 現在のホランド王は将として優れているが、王としては落第点なのだとアラタは評価している。勝利という結果を出している間は誰も咎める事は無いが、いざ負けたとなれば状況がどう転ぶやら分からない。アラタとしては、その部分を徹底的に付いて利用してドナウに勝利をもたらさねばならない。

 ドナウもホランドも互いに失態を演じつつ、時は無情に流れていく。



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 アラタは今日も今日とて仕事と時間に追われて、忙しく動き回っている。調査から持ち帰った鎮痛薬の原材料の検分から始まって、農務官僚や学務官僚との協議。ドナウ国内では薬の材料として流通していない植物故、その生態も詳しく調べるとなると、時間と人が膨大に掛かってしまうからだ。

 農務官僚はともかく、研究者や薬師出身者の多い学務官僚は、自らの知らない知識を持つアラタに酷く自尊心を傷付けられたと憤慨したが、それ以上にアラタの知識を欲していた。この辺りの価値観は、彼らの長であるデーニッツによく似ていると分析している。それと同時に、地球のイカレた技術者や研究者の同類が居ると認識してしまい、陰鬱にさせていた。



 そんな尊い犠牲も有り、二つの省から人員の都合を付けて、国内調査と生態の観察、栽培の為の土地の確保が決定された。現状はサンプルと同じ物を見つけて確保した後、栽培して種を量産する事になる。それなりの時間の掛かる仕事になるが、鎮痛薬が大きな利益になる事は確かであり、新しい利権ともなれば食い付きは非常に良い物だった。誰しも空腹では生きていけないのだ。

 よそ者のアラタにとって既得権など、どうでも良い物でも彼らにとっては死活問題なので、欲しければくれてやればいいという物でしかない。それで足の引っ張り合いに付き合わずに済むならば、儲け物と言える。

 ただ、単なる足の引っ張り合い以外にも有益な情報をもたらしてくれる以上、無碍にも出来ない。学務官僚から纏まった数のナフサを用意できたと言う知らせは、アラタ以外にも喜ばしい事だ。

 ナフサは揮発性の高い油の為、作り置きが困難であり、現在保有している分は訓練用に回して、順次ホランドの戦まで生産を続けるとの事だ。

 西方でも蒸留という行為は広く知られており、酒からアルコール分だけを摘出する以外の方法こそ知られていなかったが、原理さえ詳しく教えれば学のある者ならば、簡単に応用を考えつく。現にナフサを作る片手間で、多種の花から匂いの成分だけを蒸留、摘出して香水を製造する事も少し示唆すれば、自力で辿り着いたのだ。品質こそまだまだ低い品だが、十分に誇るべき成果である。

 アラタも試作品として幾らか譲られたので、今度女性への贈り物にするつもりだ。



 実入りの乏しい協議が終わってもアラタの仕事が減る事は無く、今度は近衛騎士や一部の軍士官の講義や訓練が待っている。騎士達も直轄軍の集団演習に伴い、領主軍と同様治安維持に派遣されて三分の一程度は不在だ。それでも定期的にアラタの教導を求める声は後を絶たない。軍士官も軍士官で街道整備の合間を縫って、交替で講義に参加して戦術論に耳を傾けている。

 地球統合軍とドナウ王国軍、あるいは西方地域の軍とは前提となるドクトリンが随分と異なるが、ある程度の共有は可能である。



 その地球統合軍が特に重視しているのが兵站と情報だ。ライブとの生存競争めいた絶滅戦争では生身の肉体など大した価値もなく、装備が無ければただ、エサとして狩られる運命でしか無い。兵器の充実は文字通りの死活問題であり、ミサイル一発とて軽視すべき物ではないのだ。

 その為、宇宙軍の艦艇の殆どが自前の兵器生産工廠を備えており、長期間の遠征にも十分耐える事が出来る。その原材料は宇宙空間に漂っている小惑星などを採集し、ライブを用いた原子変換機構を使って手に入れている。この究極の現地調達手段も、敵対生命たるライブから齎される恩恵なのは甚だ皮肉な結果なのだが、極めて有用であり導入初期は相当な葛藤を抱えながらも、運営していたそうだ。どんな物質でも捕食してエネルギーに変換出来るという特性は、裏を返せばエネルギーさえあればどんな物質でも生成可能という、天才なのか気が狂っているのかよくわからない理論から成り立っている。



 尤もライブとの闘争が百年を超えたアラタの世代になると、それも霧散して当たり前のように受け入れられており、地球人類の精神の変容ではないかと警鐘を鳴らす歴史学者も度々現れている。言ってる事は間違いではないが、人類が滅亡するか否かの瀬戸際で平静を保っていられる人間の方がどうかしていると、まるで相手にされていない。人間誰だって、むざむざと死にたくはないのだ。

 そんな理由もあって、ある程度兵站の問題は解決されているが、戦乱の長期化と激化による消費がそれを上回り、地球軍は劣勢に立たされていた。



 地球と違ってドナウには、そんな敵は居ないが同時に便利な道具も無いので、食糧や武器の確保も戦争前にあらかじめ済ませておかなけばならない。食糧に関しては現地調達という手段もあるが、実際には徴収するか略奪になるので出来れば取りたくない手段だ。

 幸いドナウは補給や兵站を軽視する風潮は無く、輜重隊もある程度充実しているのでアラタは特別指導する事は無かった。むしろ問題だと判断したのはホランド側だった。

 ホランドは騎兵を重視する思想があり、その騎兵の長所を殺す足の遅い部隊を嫌っていた。その為、騎兵に随伴する歩兵も軽さを重視した軽装歩兵の類なのだ。最初から城攻めをするつもりならば攻城兵器も連れて行くらしいが、好き好んで足の遅い兵科を連れて行く事はない。

 その為、過去の戦争で滅ぼされた三国は兵糧確保という名の徹底的な略奪にあっており、ホランド軍の侵攻上の都市や村々は殆ど根絶やしにされたとの事だ。ドナウも戦争になればかつての三国と同じ目に合うのが目に見えており、今回の戦でも戦場になる国境までの進路上の村や都市は、元来のホランドの土地以外は略奪される憂き目にあうだろう。



 アラタからすれば非戦闘員は虐げる対象ではないのだが、西方ではこれが当たり前なのだ。ドナウも征服した都市は略奪対象であって、自国内や行軍中で無ければ軍規違反ではないのだ。そこは積み重ねた歴史の有無の違いだと理解しているが、同意しかねる行為である。

 アラタにとって人道云々より、自国に組み入れた以上、自分から生産力を落とす行動や現地民の恨みを買うのは、短絡的行動だと教えられているからだ。略奪すればそれだけ破壊した都市の再建に時間も掛かり、人員も少なくなり、税収も少なくなる。何よりも住民が恨みを忘れず、反乱を企てると鎮圧の為の労力が掛かり、長い目で見ると損をするのだ。

 ただし、その事を講義で話しても、賛同はされなかった。特に軍の士官からは露骨に不満を漏らされた。征服地の略奪は彼ら軍人にとっては所謂ボーナスタイムであり、軍規でも保障された立派な権利なのだ。それをいくら長期的目線で見て非効率的だと言われても、納得は出来ないと言われてしまった。いや、貴族出身の士官本人はある程度理解していたが、軍の大部分を構成する平民の兵士が納得しないのだという。

 これ以上は議論を重ねても解決しないと判断したため、そこで一時棚上げすることにした。事は軍規にも関わる事であり、勝手に判断を下すべき懸案ではないのだ。

 取り敢えず講義に参加していた騎士や士官に、戦地での略奪に対する国家的損害と兵士個人の利益との損益をどう擦り合わせるかを考えさせる課題とした。



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「という訳で、あまり楽しい話でなく申し訳ない。女性に話す話題では無かったのですが…」


「そんなことありません。アラタ様が普段どんな事をしているのか、ずっと興味があったのです。私には政治や戦争の事はよく分かりませんが、貴方がこの国の事を真剣に考えてお勤めなさっている事はよく分かりました」


 忙しい日々の中、少し時間が取れたので、アラタは出来たばかりの香水を土産にしてアンナに会いにベッカー邸を訪れていた。今回は祖父のミハエルも自宅におり、笑顔で歓迎を受けたが、目だけは全く笑っていなかった。相変わらず孫娘大好きだなー、とのほほんと構えていたアラタとは対照的な姿勢を見た奥方のリザも、その態度には少々呆れ気味だった。

 今回はエリィも付いてきており、別室で待機している。最初にアンナやリザと対面した時は緊張していたが、二人の穏やかな気性から身分差はあるものの気を許している。特にリザはエリィを可愛がっており、アラタがアンナと過ごす時間は刺繍などの手ほどきを直々に受けている。

 ミハエルもミハエルで、エリィが神術の使い手だと知っているので、時折神術の教練を施しているあたり、リザほど可愛がってはいないが、何だかんだで気に入っているのだろう。


「一時の感情で行動せず、利と理をもって動くべきだと語ってもなかなか理解を得られ―――失礼、愚痴になってしまいました」


「気にしないでください。私も男の人のお仕事の上手く行かない話を聞くのは慣れています。お爺様や、お父様、兄様も時々難しいお仕事の話をしていました。悩み事がおありでしたら、私で良ければいつでもおっしゃってください。知恵をお出しできるわけではありませんが、アラタ様の気晴らしになるのでしたら、喜んでお聞きします」


 そうアラタに微笑みかけると、アラタも口元を少しだけ緩ませ息を吐く。アンナのこうした気遣いに、アラタは自身が彼女に甘えていると、内心複雑な思いをしていた。アンナとこうして過ごしていると、心の休まる思いを感じたのは頻繁にあり、何故自身がそう感じるのか良く分らなかった。



 アラタは孤児院で育ち、自分より幼い子供の面倒を当たり前のように見てきた。アラタも同じように面倒を見てもらっているが、次々に新しい孤児が入って来ると、すぐに自分より下の子の面倒を見る事が多くなった。自分が甘えるよりも相手を甘やかす事のほうが多く、それ以上にライブと戦う為の準備に躍起になって誰かに甘える事が少なかった。無論、幼い子供が一人で生きていけるはずもないので相応に助けを必要としたが、精神的な自立はかなり早かった。

 二十年の人生のほぼ全てを戦いに費やし精神が歪に成長してしまったアラタには、アンナとの交流で芽生えた安らぎの正体が最初は理解できなかったが、段々とこの国の人間と交流を重ねる事で、年相応の精神が表に出てきているのだ。それと同時に、自身が何故だか分からないがアンナへ無意識に母性を感じて甘えていると、ごく最近自覚するようになると、愕然としてしまった。

 年下の女性に母性を感じて甘えるなど、自分が恥ずかしくて情けなく思えてきたのだ。ただし、情けないと思う反面、抗えない魅力を隣の女性に感じてしまい、こうして度々ベッカー邸を訪れてしまっている。まるっきりヘタレである。



 エリィぐらいに年下の子供なら容易に扱えるのだが、こと年頃の女性となると経験が無く、てんで勝手が分からずに自己嫌悪に陥ってしまう。宇宙軍時代の同僚には女性も多かったが、あくまで仕事仲間であってプライベートでの付き合いは無い。何より軍人は感情抑制剤を打ち込まれ、軍人同士の恋愛感情を可能な限り禁じられている。色恋沙汰で戦力の低下を招くなど馬鹿げた事だからだ。

 そんな恋愛初心者であるアラタも、女性に限らず人が求める物を適切に与えてやれば好感を抱かれる事は理解しているので、こうして度々アンナに手土産を持って会いに来ている。当のアンナも、アラタの事を嫌っていないのはこうして顔を合わせれば察しが付くのだが、アラタ自身がアンナの事を女性として好意を抱いているのか、単に身近な女性に母性を求めているのか判断がつかず、なかなか踏み込めないでいる。

 結果、屋敷を訪れてはお茶を飲みつつ、他愛も無い話に花を咲かせる日々が続いている。アンナも体が強いとは言えず、外出を控えているので、アラタの珍しい話を聞けて満足しているが、年頃の女性らしい欲求は相応に持っている。アラタに求められたら喜んで抱かれたいと内心妄想にふけってしまい、同じように自己嫌悪に陥ってしまうのだから、ある意味お似合いの二人なのだが、お互いにそれを表に出さないので、いつまでも仲が進展しないのだった。



 ドナウの倫理観や貞操観念でも、結婚するまで女性は処女である必要は無い。流石に王族ともなれば、誰の子か分からないなどと言う事態は避けたいので、結婚するまで処女とするのが原則だが、貴族にはそこまで求められる事は少ない。勿論、処女の方が望ましい事は確かだが、不貞を働かなければ結婚前の性交渉は特別批判される行為ではないのだ。

 そのため、アラタがアンナと逢引している事を知っている者は、当然二人が肉体関係にあると思っているのだが、実情を知っている者からすると、なぜ手を出さないのか疑問に思っている。より事情に詳しい者がいれば、ミハエルが目を光らせているので手を出せないと思っている。一部間違っていないのだが、正解ではないのだ。

 それでもお互いに心休まる時間を過ごし、少しづつ仲を深めていった。男女の仲は人それぞれなのだ。



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