第19話 吊るされた少女



 アラタ達4名が王都を立ってから、既に二ヶ月が経過していた。ドナウ国内の東半分はある程度検分しており、アラタの求める薬の原料に使えそうな植物も少量だが手に入っており、一旦王都に戻ろうかという意見も出ている。

 手に入れた植物の中には地球のケシに似た物も含まれており、V-3Eの解析でも多量のアルカロイドが含まれているのを確認している。ただ、群生地はなく少数が自生していたのを採集したに過ぎず、軍需物資として量産するにはまだまだ数が足りない。

 植物はサンプルとして手元にあるので、これを人に探させるか、栽培して増やす事をアラタは考えている。アラタは植物を育てたことが無いので、農務官僚か学務官僚に手を借りる事になるだろう。

 大々的に栽培するとなれば、人も土地も用意しなければならない。働かせる人間に給料を与え面倒を見るのは、直接的権限の無いアラタには出来ないからだ。

 それに、現在流通している鎮痛薬に取って代わる可能性のある薬を世に出すと、割を食う人間もいる。幾ら原料が貴重で、限定的な流通しかしていない薬でも既得権と言う物がある限り、新参者は恨まれる物だ。

 その辺りも国の有力者と話し合って取扱いを決めねば、要らぬ恨みを買う事になる。アラタは自らの利には、それほど興味が無いが、他の人間もそうだとは全く考えていない。どこで恨まれるか分からないから、慎重に事を運ばなければ足を引かれる。

 しかしながらある程度は欲を見せなければ、何を考えているか分からない男と思われ、無用の警戒心を抱かせてしまうのが、痛し痒しと言える。内心面倒だと思っているが、蔑ろにすると後から碌な事にならないと分かっているので手は抜きたくない。

 まあそれは王都に戻ってから考えるか、と一時棚上げして今後の予定をユリアンとイザークの三人で話し合うことにした。



「さて、ここ二月付き合ってくれた事に感謝のしようも無い。満足のいく結果とは言えないが、ある程度は成果が見込めたので王都へ帰還を考えている。二人がもっと国内を回りたいと言うなら、それに付き合うが、正直に話してほしい」


「私は帰る事を希望します。手ぶらで無い以上は、役目を果たせたと認識しており、一度出直すべきだと思います」


「俺も帰還すべきだと思います。正直に言うと、いい加減良い酒にありつきたいです。途中の村々で歓迎されるのも悪くないですけど、そろそろ自分のベッドで眠りたいですね」


 ユリアンは貴族らしく、本心はあまり見せずに建前を重視した回答を。イザークはやや直接的だが、その分本心をアラタに語ってくれた。

 二ヶ月も一緒に寝食を共に行動していれば、およその人柄は把握できる。どちらもゴマ摺りや追従で物を語っているわけではないのは、アラタにも分かる。


「二人の意見はよく分かった。では、これより我々は王都に帰還する。ここからなら四日もあれば着くだろう」


 その言葉にユリアンは顔を綻ばせ、イザークはよっしぁー、と握り拳を作って喜びを露わにする。二人とも二月の行軍で、随分と疲れやストレスが溜まっていたのだろう。これぐらいならばアラタが、特に何も言わないのを知っているので本心を語っている。それだけこの二ヶ月で親交を深めたのだ。



 休憩を取りつつ最寄りの村へ向かう足取りは今までよりも軽い。帰還すると決めた途端に元気が出てくるとは現金な物だと、アラタは少し呆れるが、二ヶ月付き合わせたのだから、仕方ないかと黙っておいた。

 日が少し傾く頃には小規模の村に着き、この旅が始まってから恒例になったイザークの交渉によって、村長が快く泊めてくれることになった。

 この光景ももはや見慣れたもので、村長は近衛騎士に粗相が無いようにと村人達を言い聞かせていた。さらには歓迎の宴を開くようにと、あれこれと指示を下し始める。どこの村でも似たような物だ。



 ただ、村人が村長に『あの娘はどうする?』と聞いていたのがアラタには気になったので聞いてみると、最初は言葉を濁していた村人がポツポツと話し始めた。


「いえ、騎士様に聞かせるほどじゃないんですが、この村に盗みを働いた子が居まして。今は仕置きの為に木に吊るしているんです。その子の扱いを村長に決めてもらおうかと」


 盗みというのは穏やかではない。アラタも眉を顰めて、村人の話を黙って聞いている。


「その子の両親は少し前に死んでまして、今は親無しなんで飢えない程度に村で面倒見ようって決めたんですが、何度か盗み食いしてるんです。子供だからって大事な食糧を盗み食いされるのは、勘弁ならないので棒打ちした後に木に吊るしてるんでさあ」


「レオーネ教官、罪を犯した以上、罰則は必要です。刑罰の裁量は村の村長に委ねられるので、我々が口を出す件ではありません」


 一緒に話を聞いていたユリアンが、アラタに説明と名の釘差しをする。ユリアンも貴族である以上、法を遵守する姿勢を崩す事は無い。イザークも基本的に法は遵守するが、ユリアンと違う点は、そこに利があればバレない様に破る事があるのが両者の違いだ。


「この村の掟なら、特別何も言わんよ。所で、何度か盗みをしたという事は、その都度罰を与えているのか?」


「いえ、今回初めて罰を与えまして、今までは犯人が誰か分からなかったんですが、ようやく罠を張って捕まえたんです。それで前から盗み食いしてたのを白状したんでさあ。今まで散々手を焼かせてくれた礼を込めて、村のはずれの木に吊るしてあります」


 アラタも法治国家で生まれ育った以上、犯罪には厳しい目を向けている。この国には裁判所は無いが、独自の裁量で刑罰を与える事は、余程常識から逸脱した罰則でなければアラタも肯定的だ。その点では、この村の盗み食いの犯人に対する棒打ちの罰則は妥当な判断ではないかと言える。


「まったく、あの娘は親無しになってから面倒見てやってるってのにそれを仇で返しやがって。折角の神術を悪さにしか使えないなら最初から無けりゃいいのに」


 神術と聞いてアラタや他の二人が俄かに騒ぎ出す。神術は血筋や身分に左右されない、完全に偶然でしか手に入らない神から与えられた一種の才能だ。だから、この小さな村にだって居てもおかしくない。


「その話、詳しく聞かせてほしい。出来れば、その子に会わせてくれないか?」


 アラタがかなり真剣な様子で村長に頼むと、村長は慌てて一緒に居た村人にアラタを案内させる。



 村のはずれにそびえ立つ巨木には、村人の言葉通り少女が縄で縛られた上、吊り下げられていた。少女は眠っていたわけではないので村人とアラタにすぐに気が付いたが、見慣れないアラタに警戒心を抱く。


「エリィ、盗み食いは反省したか?」


「してるしてるよー、だからほどいてよー、もうしないから、ほどいてよー」


 言葉とは裏腹に、まるで反省している態度ではない少女に村人のマルコは憤慨し、アラタは苦笑する。栗色の長い髪を三つ編みにして束ねており、土で顔を汚しているが醜面ではなく、身綺麗にしておけば十年後は男が盛んにすり寄る美女になると予想できる顔立ちの少女だった。


「ちゃんと反省してるからほどいてよ。ねえねえ、隣のお兄さんも見てないで可哀想なエリィちゃんを助けてよー」


「こ、こら!この人はお城の騎士さまなんだぞ!そんな口の利き方があるか!!」


 エリィは物怖じする事なくアラタにお願いすると、マルコから叱咤の声があがる。この村では貴族や、騎士は滅多に見ないのだろう。アラタの服装は簡素な旅装束だが、平民が着るような粗末な物ではなく、丈夫で上等な作りになっており、多少見る目のある者ならば一目で違うと分かる物だ。

 この村は王家の直轄領で、代官が年貢の徴収以外にも時々やって来るが、あくまで本人ではなく下っ端の役人程度しか来ないので貴族や近衛騎士を知らないのも無理はないし、この年頃の村娘に貴族との会話が出来る訳が無い。

 そう思ってアラタはマルコを宥める。マルコはアラタの顔を立てて引き下がるが、苦々しい顔でエリィを見ている。王宮騎士に無礼な振る舞いをすれば村全体に迷惑が掛かる事を考えると、気が気でないのだろう。


「なかなか、元気な事だ。俺はアラタ・レオーネ、城で王に仕えている。エリィだったな?腹は減っても盗み食いはいかんな。ましてやるなら、ばれない様にするべきじゃないのか?」


「う、うるさいな。お腹減ったんだから仕方ないの!少しぐらいなら大丈夫だと思ったんだもん。あたしには幻を見せる力があるんだから、使わないと損だもん」


 まるで反省していないエリィの態度にマルコは憤慨を通り越して呆れてしまう。両親が死んでから、それなりに面倒を見てきたと自負のある大人達にとって、これでは恩を仇で返されたと感じてしまう。

 子供ゆえの無知とも取れるが、単なるイタズラなら笑って過ごせても、食糧の盗み食いは村にとって命にかかわる事もある懸案だ。黙って見過ごす事は出来ない。


「エリィ、お前がそんな態度を取るなら我々はお前を村から追い出さなければならない。村の掟に従えない者を住まわせる程、この村には余裕が無い」


「え、じゃ、じゃああたしは―――」


「そんな事は俺達は知らん。申し訳ありません騎士様、このような分別の無い娘は話す価値も無いでしょう。ささ、戻りましょう」


 マルコは強引にアラタの手を引っ張って、村の中央へと戻って行ってしまう。吊るされたまま取り残されたエリィは泣き出してしまい、ワンワンと泣く声が村のはずれに響くが、誰の耳にも入らなかった。



「あの騎士様…あれで良かったのですか?確かに盗み食いの反省はしていないのは、我々も腹が立ちますが、追放処分までは考えていないのですが」


「だが何度も盗みを働いては他の村人が納得しないし、あの調子では二度と盗みをしないと言えないな。忘れた頃に同じことを繰り返すんじゃないのか?」


「それは、その通りかと。そうなったら本当にエリィを追放しなければ、村の秩序は保てないでしょう。可哀想な事ですが、村の為と思って最後は見捨てるでしょうな。騎士様はそれを望んでいるのですか?」


 マルコの厳しい言葉はアラタがあらかじめマルコに頼んで口にしてもらった言葉なのだ。村人もなにもエリィを放逐する気は無い。盗みを働いた事への罰則はきっちり受けてもらうが、彼女もまだ10歳の子供なのだ。両親が死んだ以上、村の庇護下で育てる責任を放棄する気は無い。

 ただし、それはエリィが反省して二度と盗みをしないのが前提の話だ。誰だって手癖の悪い者を近くに置きたいとは思わない。だが、先ほどの態度では再犯が無いとは言い切れない。


「既にこの村では、あの子の信用は無いに等しいのだろう?仮に二度と盗みをしなくても、一度でも盗みを働いた娘に厳しい目を向けるのは必至」


 それに、と一度言葉を切って村の広場で宴の指揮をしている村長の傍まで近づく。


「こちらの都合になるが、神術の使い手は希少でね。出来れば一人でも多く確保しておきたいというのが本音だ。この村で持て余していると言うのならば、俺に引き取らせて欲しい」


 村長もある程度予想していた言葉だったが、いざ聞くとなると躊躇いを覚える。エリィへは両親を亡くして不憫に思う気持ちもあるが、掟は掟。それを破った以上、エリィに向ける村人の気持ちは厳しい物も含まれる。自業自得とは言え、これから先エリィはその厳しい視線の中で生きるのだ。

 この騎士の言う通り、貴重な神術の使い手としてこの騎士に引き取られた方が、こんな田舎の村で一生過ごすより幸せなのかもしれないと村長は内心思っていた。


「エリィが承諾するなら、私は構いません。後はエリィの心次第です」


「分かった。あとはこちらであの娘に話してみる」


 それだけ言うと、アラタはその場を離れて行った。村の外れに向かったわけではないが、村人の邪魔をする気は無いとの意志表示なのだろう。村長たちは、そのまま宴の準備に戻っていった。


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