第20話 少女の契約



 夕刻になると、村の広場ではアラタ達四人を歓迎する宴が催された。こういった小規模な村では娯楽が乏しく、王都に多少近いとはいえ、時々商人がやって来る程度の村では村人も娯楽に飢えている。精々、収穫祭や新年の祝いに結婚式ぐらいが関の山であって客人のもてなしという理由で村人も騒ぎたいのだろう。

 主賓であるアラタ達四人の前には丸焼きにされた羊が一頭、大皿に載せられて置かれている。この二ヶ月、村に泊まると大抵こういった家畜の丸焼きでもてなされた。どの村でもご馳走と言えば家畜の丸焼きなのだ。

 この村は比較的海に近いが、商人が頻繁に立ち寄るわけではないので、王都の様に魚や海獣の肉などは手に入らない。彼等村人にとって家畜の肉が精一杯のもてなしと言える。

 酒もかなりの量が饗される。殆どは自家製の果実酒や麦酒だが、少量は商人から買った蒸留酒も見られる。アラタは酒を嗜まないが、まったく口を付けないも村人の心情を害するので、ほどほどに飲んでいる。

 ユリアンとイザークも、この後に村の女とお楽しみがあるので、あまり酒は飲まない。四人の中で一番の酒飲みは御者のアントンなのだ。彼はかなりの酒豪で、どれだけ飲んでも朝にはけろりとしており、この旅で一番得をしているのが、村の先々で酒をたらふく飲める自分だと冗談を飛ばしていた。

 食事以外にも村人達は踊り、歌い、飲み比べをして四人を楽しませつつ、自らも楽しんでいた。ただ、その中にはエリィの姿は無く、アラタも村人には聞かなかったが、おそらくそのまま村の外れで縛られたままなのだろう。

 きっとこの宴の喧騒も彼女の耳に入っているが、盗みを働いた者に参加資格は無い。明日の朝まで縄で縛られて、反省させるのだろう。



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 大勢の笑い声や楽し気な話声がここまで聞こえてくる。夕方にやってきた騎士様の歓迎の宴なのだろうと、空腹が堪える中でぼんやりと考える。どうして盗み食いなどしてしまったのだろうと、縄で縛られた時から何度も自分の中で自答する。

 初めは単なる出来心だった。お母さんは小さい頃に亡くなってよく覚えていない。お父さんが死んで直ぐ、村の人に助けられながらも何とか今まで過ごしてきた。けど、いつもお腹は空いてた。

 お父さんと一緒に過ごしてた時はもう少しごはんを食べる事が出来たけど、お父さんが死んでからは用意してもらえたごはんの量が少なくなった。子供ながらにも親が死んだから仕方ないと思ってたけど、頭で分かっててもお腹は空く。

 だから悪い事だと知っていても、村の食糧庫に黙って入って食べ物を持っていった。初めはそれがばれないかとビクビクしていたが、誰も気づかなかった。それがおかしくて仕方なくて、二回目もやった。

 あたしには他の人には無い特別な力があった。この村では誰も持っていない神様がくれた力――――村長は神術と呼んでいた。この力はとても役に立った。人に幻を見せたり、すぐ目の前に居ても気づかれないように姿を隠してくれた。おかげでちょっとした悪戯をしてもあたしの仕業だと気づかれなかった。

 ただ、今から考えると、村の人は私の仕業だって気づいていたのかもしれない。説明できない不思議な事があったら、出来る人間を疑えばいい。とても簡単な事だった。

 だから、食糧が少なくなっている事に気づいた大人が、食糧庫に罠を張ったのだと、縄で縛られてから今更ながらに気づいた。そうとは知らず、満腹感と楽しさから三度、四度と味を占めたあたしは食糧を盗み食いして、罠にはまって捕まった。

 縄で縛られて身動きが取れない私を、村の大人は叱り付けた。その時は自分でも悪い事をしていたと分かっていたので黙ってお説教を聞いていた。

 けど、あたしを縛り付けて気に吊るした辺りから、だんだん腹が立ってきた。確かに盗み食いをしたのは悪い事だと思って反省したが、ここまでされるとは予想しなかった。身動きも出来ず、水も飲めずに喉が渇いてしまう。おしっこだって我慢してる。

 何よりお腹が空いて辛い。だから、あの騎士様がやって来た時に、隣のマルコおじさんに憎まれ口を叩いてしまった。何かとあたし面倒見てくれたおじさんは呆れた目で見ていた。それに食べ物を盗んだあたしを村から追い出すと聞かされて、すごく悲しくなった。

 自分でも止める事が出来ないぐらい、涙があふれてワンワン泣いた。お父さんが病気で死んだ時と同じぐらい悲しくてワンワン泣いた。

 全部自分が悪いと思っても、もう遅い。明日にはきっと縄を解かれるだろうけど、その時は、村を出て行かなければならない。幾ら神術があっても、村の外で一人で生きていけるとは思っていない。きっと狼に食べられるか、飢えて死ぬのだろうと、ぼんやりとした想像が、涙を溢れさせてしまう。

 村の広場から聞こえてくる笑い声が、どうしようもなく心をかき乱し、悲しくさせてしまう。あの笑いの中に何故、自分は入っていないのかと、何故こんな木の下に吊るされていなければいけないのかと。



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 ぐすぐすと嗚咽が聞こえる中、アラタは羊肉を手にエリィの吊るされた村の外れに来ていた。村人には用足しをすると言って抜け出しており、宴の喧騒はあまり聞こえてこない。

 既に日も落ち暗がりだが、月明かりがあるので歩き回るには困らない。何より嗚咽の元を辿って行けば、目的の相手に辿りつける。案の定、放って置かれたのが悲しくて、べそをかいているエリィが居た。


「やあ元気そうだな」


 これ見よがしに羊肉に齧り付きながら、エリィに話しかける。それに気づいたエリィが泣くのを止め、アラタを睨みつける。


「騎士様にはこれが元気に見えるの!?一度目をお医者さんに見てもらったら!」


「泣けるだけ元気があるって事だ。本当に死に掛けなら、泣く所か言葉一つ紡げない。医者の世話は必要ないさ」


 モゴモゴと焼けた肉を齧りながら、エリィをからかう。空腹のエリィはアラタの齧っている肉に意識が固定され、アラタのからかいに気が付いていない。

 ごくりと生唾を飲む音がアラタにも聞こえたが、構わず咀嚼していく。


「この肉が欲しいのか?だが、宴に参加させてもらえない以上、この肉はやれないな。村人の中で決めた以上、部外者の俺が勝手な事は出来ん」


 アラタの言葉にエリィは項垂れるが、アラタはお構いなしに肉を平らげる。そんなアラタを睨みつけながらエリィは唸る。


「じゃあ、わざわざ美味しそうな肉を目の前であたしに見せつける為に、ここに来たの!騎士様ってずいぶん暇なのね!」


「暇ではないよ。これを持ってきたからな」


 そう言うと、腰の袋から黒いパンを取り出して、エリィの顔の前に差し出す。きょとんとした顔のエリィに構わず、一口大に手で千切って口に放り込む。

 うぐぅ、と情けない声を出しながらも、ゆっくりと咀嚼して飲み込む。朝に食べて以来、何も口にしてなかったので、硬い黒パンでもとても美味しく感じられた。

 黒パン以外にも、干した果物を数切れ口に入れてもらい、水を飲ませてもらった。村の外れの暗闇にモグモグという咀嚼音が漏れ出すが、気にする者は誰も居ない。

 手持ちの食料を全て食べさせたアラタが、満足かと尋ねると、エリィは困惑しながらも頷く。


「あの、お兄さんはどうしてあたしに食べ物をくれるの?村の人は食べさせちゃダメだって言ってたんでしょ?」


「駄目と言われてはいない。ただ、宴に参加させていない以上、宴の食べ物を食べさせなかっただけだ。君が食べた食糧は、この村に来る前に手に入れた物だ。元々俺達の食糧を食べさせただけだよ」


「じゃあどうしてあたしに食べさせてくれたのさ?あたしが可哀想だから?」


「いや、可哀想とは思わない。盗みを働いた以上、罰則は当然受ける義務がある。君がここに吊るされていても、助けないのがその証拠だ。まあ、空腹で気が立っている子供を落ち着けるには、何か食べさせた方が話もしやすいと思ったからだ」


 バッサリと自業自得だと言われても、自身もある程度納得していたので気にならなかったが、話をしに来たと言われて首をかしげる。こんな小さな村にお城に騎士がやってきたのも不思議に思ったが、自分のような農家の娘に何の話があるのだと思ったが、エリィには一つだけ心当たりがあった。


「もしかして、神術の事?」


「ああ、そうだ。村長から聞いたが、なかなか愉快な使い方をしていると思ってな。盗みや悪戯目的でも、もっと上手く使えないのか?」


「う、うるさいな。お兄さんには関係ないでしょ!それともあたしにもっと上手い使い方を教えてくれるって言うの!?」


「教えても良いが、俺達は都の城に勤めているから君も一緒に来る事になるぞ。そうなったらこの村には何年も帰ってこれなくなる。それでも良いなら教えるが」


 エリィはアラタの言葉に呆気にとられる。どうせ悪さをした子供に、偉そうにお説教の一つでもしに来たのだと、勝手に思っていたら、この騎士は上手な盗みのやり方を教えると言っているのだ。


「騎士様が盗みの事を知ってるなんて変。本当に知ってるの?出まかせなんじゃないの」


「そうでもない。例えば、何故君が気に吊るされているかは分かる。村長に聞いたが、食糧庫に罠を張られて身動きが取れなくなった所を発見されたそうだね」


「う、しょうがないでしょ!そんな所に罠を張るなんて思わなかったんだし!」


「だからだよ。何度も同じ場所に盗みに入るのは、どうぞ捕まえてくださいと言ってるようなものだ。どうせ何度盗んでも気づかれていないと、味を占めて油断したんじゃないのかい?もしくは腹を満たす事より、大人を出し抜いた事への優越感に浸りたかったのか?ばれない様に盗みをするなら、各家から少しづつ盗めば足が付かなかったのに」


 そうだ、確かに何度も盗みに入れば、同じ場所に罠を仕掛けられる。そして目の前の青年に腹の内を見透かされて、バツが悪そうに顔を背ける。そうだ、青年の言う通り、空腹を満たす事以上に大人をからかうのが楽しかったのだ。


「自覚はあったようだな。大人への反発心――――これみよがしに自分は凄いのだと見せつけたかったのなら、盗みなどせずとも、別の方法があるんだがな」


 聞きたいか?そう聞かれ、思わず頷きそうになるが、ぐっと我慢する。あまりにも話が出来過ぎていて、子供ながらも警戒心を抱いてしまう。神術があるとはいえ、自分のような村娘に騎士が構うのがおかしいと警鐘を鳴らす。


「ねえ、何であたしに構うの?神術があるから?」


「そうだ。神術は貴重でね、一人でも多く確保しておきたいからエリィ、君を手元に置いておきたいと思っている。あとは、両親を亡くして腹を空かせている子供に、満足できる食事を用意してやりたいからかな?」


「何それ、同情のつもり?貴族だからって馬鹿にしないでよ」


 最初の動機は納得出来るものだったが、幾ら貴族でも上から施しを投げつけるような真似をしてもらいたくはない。子供ゆえの反発心から、憎まれ口を叩いてしまう。


「俺は貴族じゃないぞ。元はこの国の人間でも無い平民だ。今は王から顧問役を与えられて、助言しているだけだ。それに貴族で無くても近衛騎士にはなれるぞ、連れの騎士の一人が商人の出だからな。それに俺も孤児なんだよ、五歳の時に両親を戦災で亡くして、孤児院で育った」


 エリィの憎まれ口には特に反応せず、淡々と自らの生い立ちを語るアラタに、出まかせかと勘ぐったが、エリィには嘘か本当か見分けがつかなかったが、取り敢えずこの青年を信じることにした。


「じゃあ、お兄さんはあたし以外の親無しがいたらどうするの?神術が無くても助けてくれるの?」


「俺の母の国の言葉に『情けは人の為ならず』という言葉がある。人に恩を売っておけば巡り巡って、自分の利益になるという意味だ。だから多分助けるんじゃないかな。人間、困っている時に助けられたら、余程の性悪でもない限り恩を忘れないだろうし。特に命に関わる恩なら一生忘れないだろうから、何かと都合が良い」


「お兄さんはあたしに恩を売るって事?いつか返してもらうために?」


「そうだ、だから変に気にする必要は無い。後で回収するから施しでもお情けでも何でもない。食事を腹いっぱいに食べさせる代わりに何年かしたら相応に働いてもらうだけだ」


 歯に衣を着せない物言いだが、単なるお情けよりは納得出来る言い分だ。ただし、どんな仕事内容かを話していないのが不安だが、この村に残れない事を考えると、選択肢はほぼ無いに等しい。


「分かった、お兄さんに着いてく」


「よし、これからよろしくなエリィ。何か欲しい物はあるか?縄を解く以外なら出来る限りはするが」


 縄を解いてほしいと言おうと思ったのに。エリィは出鼻を挫かれて、詰まってしまった。というかこの男は、自分をこのまま吊るしておくのを何とも思わないのか。だが、このまま吊るされるのは非常に不味い。どうにかして解放してもらわないと、限界が近い。


「えっと、その……おしっこ行きたいんだけど」


 消え入りそうな声で要求を告げると、アラタはうーんと首を捻ると、何か閃いたらしい。


「なら縄を解かずに、用を足すとしよう」


「は?ちょ、ちょっとどういうこと?」


 エリィが訳の分からないと言う顔をするが、アラタはお構いなしだ。

 これ以上は乙女の尊厳の為に記す事は憚れる。が、その夜エリィの尊厳が粉々に砕かれた事は確実だった。



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