第12話 お転婆姫の散歩




 どのような職種にも専門分野と言うものが存在する。地球統合宇宙軍においても、航海士、整備士、主計官、憲兵などがあるように、人間は専業を分ける事によって仕事の効率化を図って来た。仕事を効率的にこなせば、その分の時間短縮が見込め、より高度で大掛かりな仕事も出来るというものだ。

 軍人だからと言って、どのような兵科もこなせるわけではない。料理人だからと言って、分野の違う料理を簡単に作れるわけではない。

 それは地球でもドナウでも同じなのだ。いくら王宮付きの鍛冶屋でも何でも作れるわけではない。彼らにも専業があり、工房内では受け持つ担当がそれぞれある。

 鉄製品を作る者にも、日用品と剣や鎧を作る者に別れ、銅製品や貴金属製品を扱う者など様々だ。銀製品をとっても杯を作る者と装飾品を作る者が違うのだ。



 その金属製品を見てアラタが不審に思ったのは、あまりにも地球の環境に酷似した、この星の資源分布だった。

 V-3Eの観測結果では、この西方地域で最も埋蔵量の多い金属は鉄である。さらに金銀といった各種貴金属が少量眠っている鉱脈があり、錫や鉛といった地球でもおなじみの金属が採掘出来る。

 他にもこの文明では利用価値が無いと思われているクロムやニッケルなどの金属の僅かながらに採掘できるものの、データに無い物質は見つからなかった。

 まるで地球そのものを複製したような酷似したデータを見て、アラタは確実に地球人類以上の何ががこの宇宙に居るのだと確信に至った。そして自分が実験動物として放り込まれたのではないかという疑いを抱く事になり、己を含めた地球人類を良いように弄ぶ上位存在に最上級の憎悪を滾らせる事となった。



 と言ってもアラタもただ憎悪にかまけているわけではない。六日後のプレゼンの為の機材を王宮の鍛冶屋に頼んだが、専門ではない事から断られてしまい、仕方なく王都内の専門の鍛冶屋に頼む事になった。

 前もって召使いに頼んで発注を掛けておいたので、期日には余裕があり後は引き取りに行くだけなのだ。そのまま人を使って取りに行かせれば良いのだが、アラタも気分転換に街に出たくなったので、ついでに引き取りに鍛冶屋へ顔を出す事にしたのだ。



 アラタは召使いに竜車を用意させて、王宮の裏手にいた。裏手は使用人用の出入り口であり、食材や生活物資を搬入するための出入り口だ。

 今は午前中で、表通りも混んでいるので場所を取る竜車は裏口に待機させておいた。流石に平民だからと言って王家顧問役のアラタに雑用をさせるわけにはいかず、荷車を曳かせる脚竜は召使いが担当する。

 召使いの名はヨハンという、まだ16歳の少年で平民だ。アラタが平民という事もあり、貴族出身者の召使を付けることを避けたのだろう。王宮に出入りしている以上、身元はしっかりしているので問題無いが、どれだけ王家の後ろ盾があっても身分制度の壁は随分厚いと見える。

 ヨハンは気の利く少年で、あれこれといつもアラタの世話を焼く。士官学校や軍でも年下の者に世話をされるのは慣れているが、ヨハンはなかなか気配りの出来る男なのだ。

 父親が王宮の厨房で働いており、そのままヨハンも12歳から奉公に来ているという。残念な事に父親に似ず、料理人の適性は無かったので、給仕などを担当していたらしい。

 平民で気が利くという評価から、アラタ付きの召使に命じられ、今も雑用を買って出ている。



「本来ならレオーネ様が引き取りに行くほどの物ではないのですよ。僕だけでも事足りるのですが」


「そう言うな、俺とて半月も城に籠っていると色々気疲れが増える。書類を眺めるか閣僚や貴族との会談で、騎乗訓練以外は外出していないんだ。たまには外の空気に触れておきたい」


「でしたら、僕が受け取っておきますから、レオーネ様は遊びに行っても良いのですよ。僕はそれが仕事なんですから」


「鍛冶屋の方も少し見ておきたいんだよ。それ以外にも王宮以外の職人に何が作れるかも知っておきたい」


 街で出回っている物なら調べて終わりだが、一般に出回っていない物を新規に作れるかは実際に聞いてみなければ分からないのだ。王宮付きの職人に作れても、街の鍛冶屋で作れないとあまり意味は無い。

 特に大量生産を考えた場合、重要なのは平均的な技術力であって突出した技術ではない。一部の職人だけ優れていても、戦争には勝てないのだ。


「分かりました、差し出がましい事をして申し訳ありません」


「構わん、どちらかと言えば今回は俺が無理を通しているからな。では荷車は頼むぞ」


「はい、任せてください!」



 ヨハンが打てば響く、透き通った声で返事をして竜の手綱を引く。アラタも歩き出そうとした時、ドーラから警告が届く。


(レオーネ大尉、城の東側に回って下さい)


(何かあるか?)


(二階の窓から降りようとしている人間が一人います。捕まえてください)


(それは俺の仕事ではないのだが、お前が言うのなら何か重要な事だろう。取り敢えず、見に行ってやる)


 ヨハンを少し待たせておいて、ドーラの言う通り東側に回り込み城壁を見上げると、確かに窓から誰かが縄を使って降りるつもりらしい。

 ドーラが情報を送ってこないのが気になったが、すぐに誰が下りてくるのか理解できた。


「マリア殿下、何をなさっているんです?」


「うひゃ!ちょ、だれっ――――――」


 驚いて縄から手を離してしまい、3メートル程の高さから滑り落ちてしまった。アラタが丁度真下に移動していたので、そのまま両手でがっちりと受け止めて事無きを得たが、一歩間違えれば骨折などの重傷を負う破目になっていただろう。


「もっと安全に降りないと怪我をしますよ。今度、安全なロープの使い方を教えましょうか?」


「ちょ、レオーネ様!ち、近いです!!離してください!」


 がっちりと受け止めたという事は、がっちりと密着していると同義であって、アラタに後ろから抱かれたままの状態はマリアにとって凄く恥ずかしいのだ。


「駄目です、事情を説明してください。窓から出ようとするという事は、何か隠していますね?」


「話しますから、体を離してください!!お願いだから離して!」


「何を騒いでいるんですレオ……あのどういう事です?なぜ姫さまが?」


 騒がしいのを不審に思ったヨハンも後からアラタに付いて行って、この痴態を目撃する。全く理解が追い付かないが。


「と、とにかく離れてください。逃げませんから!」


 取り敢えず、マリアの言う通りに体を放す。白い顔を紅く染めながら、アラタを睨む。何故助けた俺が悪いのだろうと、疑問を持つがいくら優れた観測機器を使っても人の頭の中までは調べる事は出来ない。

 憎しみを込めた目では無く、恥じらいを隠すための仕草なのだが、アラタには伝わっていなかった。


(ドーラ、お前知ってて言わなかったな)


(はい、誰かは言う必要性を感じなかったので)


 最近、仮想人格の性格が悪くなってきた気がするのは間違いない。アラタとのコミュニケーションで育っているのだろうが、随分と良い性格になったものだ。


「それで、わざわざ窓から出て行く理由とは何なのですか?」


「そ、それはその……」


 まるで煮え切らない態度を見せるマリアを容赦なく追及する。それを見かねたヨハンがアラタに耳打ちする。


「あの、横から失礼します。姫様は、度々城を抜け出して遠乗りに出かけていまして、今日がその日だったのでしょう。我々としても見逃すのは色々と問題が……」


 それはそうだろう、わざわざ窓から抜け出しているのだ。護衛や世話役も出し抜いて外出するなど、王族として不用心だし、後から周りが叱責を受けるのだ。せめてお忍びの外出なら、言い訳も立つが無断外出は立派な違反行為と言える。

 アラタの士官学校時代にも、この手の脱走犯は少数いたが、全員が何らかの罰則を受けていたのだ。王族とて禁止された行為を行えばペナルティは必要と考えている。


「まあ、当然護衛に引き渡すべきだろうな。我々も仕事があるわけだし、このままここに居る気は無い」


「ちょ、ちょっと待ってください!確かに私は遠乗りを禁止されてますが、ずっと城の中にいるのは辛いのです!少しくらい息抜きをさせてくださいませ」


「それは陛下に直談判なさって許可を得てからにして頂きたい。どの道ここからまたロープを登られて、怪我をされては困ります。素直に護衛に話して、部屋に居てください」


「お願いです!見逃してください!」


 あーだこーだと押し問答が続いたが、次第に面倒になったアラタが折衷案を切り出す。


「分かりました、殿下が禁止されているのは竜に乗って遠出することですから、今日は諦めて街の中だけにしてください」


「え、それ有りなのですか?それなら―――」


「ただし、我々も一緒です。一人では歩かせません。ヨハンは今から殿下の護衛に、街の散歩だと伝えてくれ。俺は予定通り機材を受け取りに行く。後から護衛と一緒に荷車曳いて少し離れて付いてきてくれ」


「は、はい!あの鍛冶屋の場所は分かりますか?職人通りの込み入った場所ですけど」


「なら職人通りで落ち合えば良い。それまでのんびり散歩させてもらう」



 それだけ伝えると、マリアの手を引いて城の裏門をくぐる。裏手にも二人門番が居たが、アラタが銀貨を握らせてマリアの事は見逃してもらった。

 面倒になって連れ出したがこれも面倒事だよなあ、と後から気づいたが今更どうにもならないので諦めた。


「あの、手を放してくれませんか。恥ずかしいのですが」


「駄目です、手の届く範囲にいないと安心できません。あちこち歩き回って迷子になられても困ります」


「そんな、年ではありません。それに貴方の方がこの街は慣れていないでしょう!」


「初めてでも、地図を見たので迷いませんよ。将校にとって地形の把握は必須ですから。それから今の貴女はこの国の王女ではないので、別の名で呼びます。そうですね、マリィにしよう。今から君はマリィだ、俺はそのままアラタで良い」


 マリアの愛称でしかないが、そのままマリアと呼ばれるよりはマシだ。マリア自体かなり多い名前だから、隣の少女が王女だとはそうそうばれないだろう。着ている服もそれなりに上等だが、貴族の令嬢が着るようなドレスでは無く、ズボンを履いた騎乗用の動きやすい服装だ。


「ま、マリィですか?それは良いですが、貴方の事も呼び捨てにしろと?」


「そうなるね。俺は王宮勤めの軍人で、君は同じく王宮の女官だ。平民の振りは出来ないだろうから、下級貴族出身でも演じてくれ」


「わかりました、私は少しの間だけ女官のマリィです。それでアラタは私の何ですか?こうして手を繋いで歩く間柄は何です?」


「仲の良い友人の妹でいいんじゃないか?親しい女性を手を引くのはよくあることだ」


 そこまで突っ込んだ設定を作る気はない。どうせ、少しの間使う程度の関係なのだ。しかし、それがマリアには不満らしく、フンと鼻を鳴らしている。


「ま、良いでしょう。短い間ですが、お願いしますよアラタ。それでどちらまで?」


「この街の職人通りだ。頼んでおいた機材をヨハンと一緒に引き取りに行く予定だったんだ。あまり早く歩いても追いつけないから、ゆっくり歩いて、買い物でもするか?気になるものなら見ているといい」



 王都は城を中心に円状に広がる都市で、城の表は表通りになっており商業区や貴族の邸宅が多く立ち並ぶ、治安の良い場所が多い。

 逆に城の裏手は庶民が暮らす住宅地と職人が多く集まる職人通りが主な構成となっている。職人通りまでの裏通りは狭いが街の大部分の構成員である平民の生活圏で、多くの店が立ち並ぶ商店街もある。店を構えない出店も多く盛んに客を呼び込む活気に溢れている。

 通りは狭く、人ごみが多いので自然と二人は密着して歩かねばならず、マリアは手のひらから腕を組む歩きに変える。

 通行人はアラタの服装から貴族が女連れで歩いていると知って、ある程度道を譲って歩いているおかげで多少は歩きやすい。本当は女の方が王族だと知ったら、彼らはどんな顔をするだろうか?

 食料品以外にも、装飾品やら調度品、日用品を扱う露天商がゴザを引いて通行人の気を引いている。マリアは気を引かれた内の一人だった。



 アラタの手を引っ張って足を止めさせると、装飾品の露天商の前に座り込み、品定めをする。


「いらっしゃい素敵なお嬢さん、色々あるから見ていっておくれ」


 人の良さそうな笑みを張り付けた露天商の男が、マリアに愛想を振りまく。どうにも胡散臭さが滲み出る男で、二人の身なりから鴨が来たとでも内心思っているのだろう。

 ネックレスやブローチ、髪飾りもあれば指輪もある。銀製品が多いのは、貴族向けではなく、平民向けの露店だからだろう。金や宝石の類は非常に高価な為、手が出ない。平民でも手が届くのは銀製品までだ。

 王族のマリアからすれば普段身に付けるのは金が多く、銀の装飾品は馴染みが薄いのだろう。嬉しそうに品を手に取って、見比べている。


「いやあ随分綺麗なお嬢さんだ。貴族のお方が羨ましい、これほどの美しい女性を連れて歩けるとは。お二人は恋人ですか?」


「ええ、そう見えます?うふふ」


 何やら上機嫌でアラタをちらりと見て、笑みを浮かべる。アラタには、リップサービスで気をよくさせて沢山買わせようとする魂胆が見え見えだが、マリアは物の見事に引っかかってしまった。

 ぼったくられる前に釘は指しておかねばと思い、マリアに話しかける。


「これから買い物があるから、一つだけだ。じっくり選んで決めるといい」


「え、良いのですか?ありがとうございます!」


 アラタの言う通り、じっくりと手に取って多少迷いながらも、羽の飾りを一つ選ぶ。


「その羽飾りですね、いやあお目が高い。それは良い品ですよお嬢さん。お値段は銀貨10枚でございます」


 店主とマリアは揃ってアラタを見る。お前が代金を払えと、眼で訴えていた。

 この国では貨幣は小銅貨、銅貨、小銀貨、銀貨、金貨が採用されている。金貨は財産貨幣としてあまり庶民には出回らず、銀貨が日常生活に置いて実質の最上位貨幣となる。

 この商人を見ると、銀貨10枚の価値がこの羽飾りにあるとアラタは思えなかった。


(ドーラ、この羽飾りの銀の含有量と、これまで集めたデータから適正価格を割り出せ)


(しばしお待ちを……解析結果を伝えます。銀の含有量は65%程度、後は鉄が使われています。またこの作品の適正価格は銀貨で3枚が適正だと判断します)


 随分と吹っかけてくれる。相手が女連れの若い貴族だと知って、やりこめると思ったのだろう。舐めた真似をしてくれる。アラタは無意識ながら、こうした驕り高ぶる者をへこませてやろうと芝居を打つ。


「所で店主、この商品は良い物と口にしていたが、当然混ぜ物は入ってないだろうな。例えば鉄とか」


「も、もちろんでございます。この品は純銀で出来ておりますよ!」


 マリアの手から羽飾りを取り、露天商の眼の前に突き出す。


「商人が嘘を付いてはいかんな。この羽飾りは銀が6割程度、後は鉄が混ざっている。銀貨の光沢と異なっているが、それはどう説明してくれるのかな?」


「え、この人嘘を付いたのですか?」


「う、嘘だなんてそんな―――」


「いや、あんたは今純銀だと確かに言った。何より銀貨10枚は高すぎると思っていた。人の身なりから値段を吹っかけていたのは知っていたが、良い物ならそれでも構わなかった。だが、商人として嘘を付いて客に買わせるのは商人失格だ。本来の適正価格は銀貨で3枚程度じゃないのか?」


 銀貨3枚と言われて、内心舌打ちした。唯の貴族の若造では無かった、相当目が肥えていやがる。欲をかいてとんだ客に捕まってしまったと嘆く。


「本来なら誠実でない商人と取引するつもりは無いが、適正価格なら買ってやらない事も無い。一つ商品をおまけで付けるならな」


「で、ですがそれは――」


「なら、今ここで大声で叫んでも良いぞ。この露天商は混ぜ物を純銀だと偽って、若い女に買わせようとしたと。この街ではもう商売出来なくなるよな、何せ商人は信用が第一だ」


「ぐぐ、わ、分かりました。その羽飾りは銀貨で3枚お譲り致します。それから一つおまけもお付けします。何卒ここは穏便に」


「じゃあマリィ、一つどれでも好きなの選んで」


 完全に置いてけぼりにされていたマリアは、アラタの言葉にそのまま従って、指輪を一つ手に取る。


「じゃあ、二つで銀貨3枚だ。これからは真っ当に商売しろよ」


 恨めしそうな顔で銀貨を受け取るが、アラタにとってはどうでも良い。買い取った羽飾りをマリアの頭に付けて、指輪を指に嵌める。


「あ、ありがとう。大事にしますね」


 王女からすればそれほど値打ちのある物ではないのだろうが、非常に上機嫌にアラタに礼を述べる。まあ、喜んでくれるなら安い買い物だろう。

 悔しそうな露天商を尻目に、裏通りの商店街を再び腕を組んで歩いていると、マリアが話しかけてくる。


「でも良かったんですか?あれではあの商人が可哀想な気もしますけど」


「あの手の阿漕な商売してる奴には良い勉強だよ。それに君の事を知ったら、この国じゃもう商売は出来なくなるよ。あれぐらい安い安い」


「それはそうですけど……」


 口を尖らせて、小さな抗議を主張する。傍から見ればアラタの行為は、相手に難癖つけて商品を買い叩いたようにしか見えない。


「羽飾りは適正価格だよ。指輪と合わせて銀貨3枚でもギリギリ原価は割らないはず。こちらは迷惑料、向こうは授業料。釣り合いは取れてる」


「そうなんですか?でも見ただけで鉄の混ぜ物だってどうして分かったんです?」


「それは秘密だ。まあ、経験上知ってると思ってくれ」



 ドーラからの情報提供など理解できないだろうし、この手札は絶対に伏せておきたい。上手く誤魔化しながら職人通りまでやって来た。

 ヨハンの言う通り職人通りは狭く、人ごみでごった返しており、喧騒に包まれている。そこかしこで怒声や罵声、鍛冶屋の金属を加工する音が響き渡り、非常に五月蠅い。

 マリアにとっては初めての場所らしく、目を丸くして呆気にとられていた。



 暫く、街の入り口で待っているとヨハンが荷車を引いてやって来た。他に一人護衛の騎士らしき壮年の男が平服で付いてきおり、腰には剣を佩いている。騎士用の剣ではないので、目立たないお忍びの護衛で使うための物なのだろう。


「姫様また抜け出して一人で遊びに行かないでください、レオーネ殿が知らせてくれたから大事にならなかったのですよ。レオーネ殿、おかげで助かりました。ささ、十分楽しめましたな。私と一緒に城にお戻りになってください」


 この騎士もお転婆姫に相当手を焼かされているらしい。アラタは何だか親近感が湧いてきた。


「マリィ、散歩はここで終わりだ。今日は帰りなさい」


「……はい、分かりました。アラタ、今日はありがとう。とても楽しかったわ、この羽飾りも指輪も大切にしますね」


 アラタに礼を言い、護衛の騎士と一緒に来た道を戻っていった。こちらとしても息抜きにはなったのでそう悪くは無かったが、勝手な事はあまりすべきではないのだ。


「仕事を増やして済まんな、ヨハン。ようやく予定通りの行動が出来る」


「いえ、これも仕事の内ですよ。それにレオーネ様も何だかんだで楽しんでいたでしょう?」


「まあな」


 否定はしないが、好き勝手に動かれるのも困るのだ。なにせこの国の王族なのだから相応の自覚は持ってほしい。

 かなり狭いが、職人通りに竜と荷車を入れて目的の鍛冶屋へ向かう。銅製品を専門に扱う工房だと聞いており、ここなら目的の機材も作れると聞いている。

 工房にヨハンが入ると、鍛冶屋の一人が顔を覚えていたようで、すぐに目的の物を持ってきた。


「注文の蒸留器はこれで良かったかい?確認してくれ」


 下働きの少年が三人、ボイラー部と冷却漕と、ポットを分けて運んでくる。直流式蒸留器という、一番原始的な蒸留器だ。本来はもっと大型の物が欲しかったが、ここではスペースの大きさから作れないと断られてしまった。


「確認した、注文通りの品だ。急がせて済まないな」


「いえいえ、こっちは金貰えれば出来る事は何でも請け負いますよ。しかし、貴族の方がわざわざ酒造りですかい?凝っているというか何と言うか」


 酒好きの好事家にでも見られているのかも知れないが、否定する程度の事でもないので、適当に返事をして支払いを済ませる。狭い路地なので荷車も邪魔になるので、早々に立ち去って裏通りを戻っていく。

 帰り道にヨハンが、荷台に載せた蒸留器について質問してくる。


「レオーネ様は酒でも造るんですか?」


「いや、酒では無い。作るのは油だ」


「油ですか?わざわざ蒸留器を使うってことは、特別な物なんですね」


「そうなるな。明日お前に手伝ってもらう、捨てても良い服を用意しておいてくれ」


「畏まりました。それから、帰ったら会談が入っていますので、お召し物を用意しますね」


 カリウス王との約束の日まであと六日。束の間の休息は終わり、アラタは戦場へと戻る。砲撃も剣も交えない、言葉の戦場にだ。



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