第7話 近衛騎士団



 ドナウ王国の直轄軍騎竜兵と近衛騎士は、純粋な戦闘力に置いて大きな差は無い。強いて言えば戦闘訓練に割く時間の比率が異なるぐらいだろう。

 騎竜兵は槍による重装突撃を主体とした集団戦法を好む。あるいは戦場において伝令として駆け回り、司令官の声を届ける役目を負っている。



 では近衛騎士はというと、彼らの本分は王家の護衛である。騎乗よりも城勤めの為に降りている時間の方が長いのだ。無論、竜の騎乗訓練を欠かしていないが、どうしても護衛という性質上、近接戦闘の訓練時間のほうが長いのだ。特に、城という閉鎖空間での戦いには槍よりも短い剣の方が何かと使いやすい為、より剣の腕を磨く者が大半だ。

 彼ら騎士は貴族出身者が大半を占める。理由は簡単で、王の側仕えとなれば礼儀作法は必須なのだ。平民の騎兵はこの作法を知らぬ故、戦闘技術に優れても、騎士になれぬ者が多い。

 騎士が貴族である以上、世話役が付く事は珍しくない。世話役は騎士が自腹で雇うもので、必須ではないのだが慣例で二~三人が独りの騎士に付く事が多い。ただの雑用ではなく、戦場での護衛も務める戦闘技能者なのだ。

 彼ら従者は騎士個人に仕えるのではなく、家に仕える者が多い。代々騎士の家に仕える、家臣や召使の子息が選ばれるのだ。それ故に傭兵のような使い捨ての人間ではなく、騎士にとって幼い頃から共をする家臣として大切に扱われる事が多い。この従者制度が平民出の騎士を忌避する要因なのだ。

 従者の生活の面倒を見るために騎士は給金を自腹で払うのだが、騎士の給金はそれほど高給ではない。一般的な兵士と同等の給金を支払おうとすると、従者三人が限界なのだ。かと言って慣例に従わず、従者を持たない騎士は周りから疎まれ、嘲りの対象になる事が多い。



 その為、自然と騎士になる者は金銭的余裕があり、教養を持つ貴族出身者が大部分なのだ。まれに金銭的余裕のある裕福な商家出身の平民が騎士に志願する事はあるが、そんなものはごく一部の例外に過ぎない。

 となれば騎士団とは、貴族の武力集団といった体を成す政治的社交場の一面を有している。これでは平民主体の直轄軍とは折り合いが悪いのは当然である。直轄軍からは『お貴族様のお遊びチャンバラ集団』と誹られ、騎士団からは『教養の無い夜盗紛いの武装集団』と軽く見られる。ツヴァイク司令官や主だった千人長が、貴族出身者なのでまだこの程度で済んでおり、指揮権に異を唱えるほど仲違いしないのだ。



 ウォラフがアラタに私的な交流を持とうとしたのも、こういった確執から来る誤った情報を出来る限り、信じ込ませない配慮だったのだ。

 そのアラタは、現在騎士団の訓練場を王家顧問役として視察している。


「どうですかなレオーネ顧問役。我々、近衛騎士団の自慢の騎士達は。この西方一の勇士たちは国の守護者に足る存在そう思いませぬか?」


 アラタの隣で騎士甲冑を纏う壮年の男が、講釈を述べている。先ほどから、しきりに騎士達を褒め続けている。その言葉は周りの騎士達の耳にも届いており、皆自慢げな笑みを浮かべている。

 この場で同じ笑みを浮かべていないのは、説明を受けているアラタだけだ。解説役は騎士団の副団長を務めるライナー=スタインという男だ。ウォラフや騎士団長のゲルトに比べると地味な印象がある。

 アラタはこの男から騎士団の解説を受けているが、止めど無く流れる賛美に内心僻々としていた。アラタからすれば、戦力として編成や特性を知るために、表向き見学しているのに、大して欲しがりもしない知識を延々と垂れ流しているのだ。

 観測機器から情報を得ているアラタからすれば時間の無駄でしかないのだが、形式上一度は己の目で見る必要がある。ただ、彼ら騎士達の内面を知る事は必要とも認識はしている。いくら高性能な観測機器を用いても人の内面までは見通せないのだ。


「副団長殿の言う通り、錬度は高いものと認識しています。彼らの白兵戦能力の高さは流石と言うべきでしょう」


「おお、王家顧問役にそう言って頂ければ騎士達も励みとなるでしょう!」


 当たり障りのない部分を褒めておくのは有効である。アラタも士官学校での教育で幾らかは処世術を学んでいる為、露骨に礼を失する事はない。あくまでも無難に対応するレベルだが。

 事実、近接戦闘の技量は非情に高いので嘘ではないのだ。アラタの目から見ても、彼らの立ち振る舞いは洗礼されており、何人かはアラタでも勝つのが難しい騎士がいる。

 薬物投与とナノマシンによる人体改造で、常人より身体能力を向上させた地球統合軍兵士に引けを取らない生身の人間と言うのも、非常識だと思った。




「ところでレオーネ殿は軍人だと伺っておりますが、剣はお使いになるのですか?見た所帯剣はしておられませんが」 


「私の国では剣を使う軍人は皆無です。剣は実戦より儀礼的な役割が大きいですね。軍では近接戦闘は短槍と短剣、あとは無手の格闘戦を主体で教えます」


「なるほど、国が違えば装備も違うというわけですか。いやあ、世界は広いものですな。それから人伝で、竜の騎乗を習得したいと人伝に伺っていますが、レオーネ殿の国には竜はいないのですか?」


「はい、私の国では竜はおりません。馬と言う鹿に近い種の獣に騎乗するのが、騎兵の始まりです。尤も私の時代では礼拝堂に置かれている乗り物に乗るので騎兵を名乗っていますが。ですからこの国の騎乗技能を習得しておきたいのですよ」


「勿論構いません。今日は視察ですから難しいでしょうが、明日からでも教練の為に騎士をお付けいたしますよ」


 先日の王族との夜会で頼んでおいた騎乗訓練の話は既に伝わっているようだ。王家顧問役とはいえ相手は平民だ、貴族が教師役に付く事は無いだろうと踏んでいる。マリア王女が教師役を務めないだけマシだ。



 それからしばらく副団長の大げさな説明を受けながら視察を続けていると、若い騎士の一人がアラタに近づいてくる。歳の頃は17~8ぐらいか、アラタより若く細い。淡い金髪は長く、後ろで一まとめに結んである。頼りなさげな雰囲気だが、腰には細身の長剣が設えてあり、自らも一端の騎士だと声高に主張していた。


「初めまして、レオーネ顧問役!私はマルクス=シェルマンといいます。レオーネ殿にお願いがあるのですが!」


「シェルマン、顧問役に失礼だぞ!申し訳ない、レオーネ殿。この騎士は先日、見習いから昇格したばかりで教育が行き届いていないのです。あとで叱っておきますので気を悪くしないで頂きたい」


「まあ、構いませんよ。見た所、まだ若い。勢いのまま行動してしまうのはよくある事だと、聞きます。さてシェルマン卿、お願いとはどういった類のものですか?私に聞ける程度の願いなら聞きましょう」


 何となく想像できる類のお願いだ。宇宙軍の同僚や部下から、時々あったので次に彼の言うお願いの予想がつく。


「レオーネ殿は異国の軍将校だと人づてに聞いております。是非、私に異国の技術を教えて頂きたいのです!私はもっと強く、己を磨き上げたいのです!お願いします」



 何とも真っすぐなお願いである。何よりアラタが平民であることは、城の人間は皆知っているはずである。それ故、騎士の中にはアラタを侮るか、監視するような視線を向けてくるのだが、目の前の若い騎士はそういった感情とは無縁の目をアラタに向ける。騎士団と言う名の政治的社交場には相応しくない、純真さをマルクスは持っていた。


「あー、スタイン副団長。私としては彼に技術を教えるのは嫌ではないですが。どうでしょう、これから彼と手合わせでもして宜しいでしょうか?」


「いや、それは……」


 スタインは言葉に詰まる。この顧問役の願いは可能な限り叶えるように、騎士団長から良い含められているが、万一にも怪我をされたら責任問題だ。シェルマンはまだ見習いから卒業して日が浅い。ここで負けても騎士団の面子は潰れるわけではないが、前例を作ると非常に困る。

 顧問役の立ち振る舞いから、なかなかの強者だと予測できるのが厄介な点だ。貴族の集まりである騎士団とて武闘集団、強さには貪欲だ。異郷の技術を自らの身に取り込みたいという欲求は多くの者が持ち合わせている。一人を許せば次々に、手合わせを申し込む者が増えていく。

 シェルマンより弱ければ、問題ない。我々はドナウ一の戦闘集団であって、強いのが当たり前だと言い切れる。顧問役から興味を失って終わり、表向きの護衛に徹するだけだ。



 どうしてこう、面倒ごとを作るのかとシェルマンに怨みを込めた視線をぶつけるが、当のシェルマンはそれに気が付いていない。気が付くほど気が回れば、そもそもこんな事を言いだしたりはしない。


「分かりました、では訓練場の一つで立ち合いを許可します。それから、武器は木剣を使用して頂きたい。当ててもいけません、寸止めです!絶対に守っていただきたい!」


 スタインは全てを諦めて、許可を出した。せめて両者に怪我をさせないよう、ルールを決めるのが精一杯だった。

 とぼとぼと手合わせ用の訓練場に、二人を案内する背中はひどく力を失っていた。それに気づいたアラタは、可愛そうな事したなー、と少し自身の軽率さを反省した。

 その様子を伺っていた多くの騎士が訓練を中断して、彼らについていく。誰もがアラタに興味を持っていたのだ。それが好意的か、敵対的かの違いはあっても、戦闘技能者としての性には逆らえない。



 訓練場の奥に空いている場所があり、そこで模擬戦を行う事になった。剣以外にも槍や、メイス、短剣が纏めて置かれている。全て鉄製ではなく、木で出来ていた。どれも使い古しだが、使うに不足は無い。

 その中からシェルマンは長めの木剣を取り、アラタは短剣を手に取り、感触を確かめる。どこにでもありそうな木片と変わらない。軍では人工ゴムのナイフで訓練していたので、木剣は初めて触る。何度か握りを変えて、長さの感覚を調整する。

 その様子を不思議そうにシェルマンは眺める。騎士団でも短剣の訓練は必須だが、最初に手に取る武器ではない。自分が木剣を手に取った以上、同じく木剣か槍を手にするだろうと予想していたが、それに反して顧問役が手にしたのは短剣。


「シェルマン卿、こちらの準備は出来ている。いつでも始めて良い」


「分かりましたレオーネ殿。よろしくお願いします」




 互いに礼をし、相手を見据える。既に二人の顔は戦闘技能者に変わっている。アラタは右手に短剣を構え前傾姿勢、シェルマンは両手で剣を握り、左半身を突き出した中段の構え。

 五秒ほど対峙した後、先に動いたのはアラタだった。シェルマンの瞬きを逃さず、死角となるシェルマンの左側に一瞬で距離を詰め首筋に剣を突きつける。

 あまりの速さにシェルマンは微動だに出来ず、目の前の人間が一瞬で視界から消えた事に思考が追い付かない。周りの騎士も殆どが見えておらず、互いに『見えたか』としきりに確かめ合っていた。一部の騎士は見えていたようだが、自分にもそれが出来るのかと言われたら、言葉を濁す。それほどに異質な速さなのだ。


「シェルマン、相手から目を離すな。君は今一回死んだぞ」



 では二本目だ、そう言うと首から短剣を離し、元の位置に戻る。

 シェルマンはごくりと唾を飲み込む。目の前の異国の青年が自分と同じ人には見えなかった。騎士団長のゲルトほど威圧感を感じない。騎士団の指南役ほど身のこなしに無駄が無いようには見えない。自分が勝てるとは思っていないが速過ぎる。ほんの一度瞬きしただけで見失って距離を詰められた。人の所業に思えなかった。

 その後、二本手合わせをしたが剣を交えるどころか、アラタを目に捉える事すら出来なかった。

 実は当のアラタも、これは教練にならないと内心焦っていた。統合軍時代の感覚で模擬戦をした為、加減を忘れていた。

 人体改造によって限界まで反応速度と思考速度を強化された同僚相手の訓練しかしていなかったのだ。生身の人間相手の訓練など初めての経験で、手加減の仕方が分からなかった。

 取り敢えず相手は駆け出しという事もあり、速さを抜きにした幾つかの助言をする事で誤魔化そうとした。


「シェルマン、君に足りないのは経験だ。相手がどう動くかを予測するための経験が不足している。技術どうこうよりも、まずは経験を積むことを優先しなさい。重要なのは相手の動きを先読みする事だ、良いね」


 今回はシェルマンが未熟ゆえの結果だと、些か強引に模擬戦を終わらせた。シェルマン本人は気落ちしていたが、周りから慰められていた。観客に徹していた騎士たちの中には、アラタに勝てると公言できる者は一人も居ないからだ。数名の実力者は自身の力量から五分五分か、やや有利と予測しているが、楽に勝てると思う者は居なかった。あるいは騎士団長ならば確実に勝てるのではと、皆が期待を込めていた。



 喧騒の中、スタインはアラタを訓練場の外に連れ出していた。これ以上の面倒事は御免だと思い、騎士達からアラタを引き離していた。

 訓練場から離れて騎士団の応接室に連れていかれ、二人は騎士見習いと思われる少年からお茶を出された。薬草茶だが、軍司令の応接室で飲んだお茶と同じ物だ。スタインは身体に良さそうな薬草茶をいかにも旨そうに飲んでいる。今回の視察には相当胃を傷めたことだろう。



 二人は無言で茶を飲み続けたが、先に話し始めたのはアラタの方だった。


「スタイン副団長、今日はありがとうございました。幾らか騒ぎはありましたが、良い視察だったと思いますよ。私は、何も問題は無かったと見ています」


「そう言って頂けると、恐縮です。シェルマンは後日、叱責を与えておきます。若いからと言って彼は正式に騎士になったのです。その事を自覚してもらわないと困るのですが。レオーネ顧問役は構わないと仰いますが、増長されても問題です。懲罰までは致しませんが、反省はさせます」


 そのあたりが落としどころだろう。騒ぎを起こした手前、罰は受けなければならない。アラタは無縁だったが、反省文や始末書の一枚は書かされるかもしれない。


「私が言うのも何ですが、程々にお願いします。それから、騎乗訓練のほうも手配をお願いします。毎日は無理ですが、時間はなるべく割きますから、教官役の騎士殿によろしくと伝えてください」


「分かりました、こちらから教官役に相応しい者を見繕っておきます。あとは何か要望はございますか?」


「では一つ質問に答えて頂きたい」


 カップをテーブルに置き、一呼吸置く。こちらの雰囲気を察したらしく、スタインから和やかな笑みが消える。


「貴方達騎士団は、勝利の為なら誇りや矜持を捨てられますか?外道と罵られても、祖国の為に誇りを捨てられる選択を選ぶことが出来ますか?」


「質問の意図が分かりかねます。レオーネ顧問役、貴方は我々騎士団に何をさせたのです?答えてください」


「今はまだ手段を模索しているところですが、切れる手札は多い方が良いという事です。結果を出すためなら手段を選ばない人間は貴重です。騎士団はその貴重な人間に該当しますか?国が生き残るのは綺麗事ではない。畜生外道と罵られても、勝ちを望む事が誇りある騎士に出来るかどうか、私は知りたい」


「目的の為には手段を選ぶなと仰るのですか。私もホランド王国の要求は聞き及んでおります。そして我が国の戦力もおよそ把握しています。正攻法では負ける事は必至でしょうな。顧問役、貴方は勝つためならどんな汚い事も犠牲も厭わない、そう仰るのですね」


「そう受け取って頂いて結構、私にとって勝つことが全てです。犠牲を抑える為ならどんな手段も良しとします。ドナウは貴方がたの祖国です。その祖国の為に全てを捧げられますか?」


 国家という大の為に、誇りという小を投げ捨てる事が出来るか?そう問いかけるアラタにスタインは、一瞬の迷いもなく口を開く。


「レオーネ殿、貴殿は他国人の平民です。騎士団には素性の分からぬ平民と侮る者も居ります。しかし、あのシェルマンのように異郷の知識を積極的に学びたいと願う者も多くいるのです。何故なら騎士団は皆、ホランドの要求を知っています。そして今のドナウにはその要求を払い除ける力が無い。だからこそ素性の知れぬ貴方の王家顧問役の就任を認めたのです。我々とて形振り構っていられないのですよ。騎士達の中には躊躇する者も多いですが、最後は受け入れるでしょう。勝って生き残る事こそ全て、それ以外は些事だ」


「その言葉、信じましょう。これで選択の幅が広がりました、近衛騎士団には期待させてもらいます」


 この言葉を機にスタインは破顔する。アラタも使いやすい札が増えた事に満足げだ。互いに腹の内が知れた為、和やかな雰囲気でお茶を楽しみながら談笑を続け、騎士団の視察は大きな問題も無く終わったのだ。


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