第6話 ドナウ軍の実態



  国家を運営する上で理解しておかなければいけない事がある。国の中を知っている事だ。

 当然と言えば当然だが歴史を紐解けば、為政者の中には自らの国の内情を全く知らない者も多くいる。それが大国であればあるほど顕著になっていく。単純に広すぎて、王の目が届かない場合。家臣となった者が、都合の悪い話を意図的に遠ざけてしまう場合。王自らが政治を放棄して、家臣に丸投げする場合。古今東西、色々なケースがある。



 西暦26世紀の地球統合政府の首班も全てを知っているわけではなかった。太陽系他、別恒星の移民惑星も人類の生存圏になっており、距離的に直接統治には限界がある。

 そのため他星系では自治政府を立ち上げ、管理運営するのが認められている。尤も、中央政府から役人を派遣しているので連絡は密に行っている。いくら自治政府を立ち上げても独立独歩では立ち行かないからだ。



 この国と言うか、西方地域では王が国の全ての領地を治めていない。直轄領地以外は領主が居り、独自の自治権をもって領地を運営している。かつての地球での封建的王制に近い統治制度である。

 独自の自治権とは言っても、何でも好き勝手できるわけではない。例えば税収権はあっても、領民から集めた税を全て領主が使って良いわけは無く、自らの生活を維持する為の税以外は国に納める義務がある。

 その為の納税報告書も王城の資料室に保管されており、現在目を通しているのだが、随分と杜撰なものである。流石にコンピュータで管理された地球と比較するのは酷な事だが、書類の殆どは収支が合っていない。

 小さな数字なら誤差の範囲で済ませているのだろうが、それが長年続くと無視できない額になる。あまり締め上げすぎても管理する側の負担が大きくなるのは理解できるが、故意に誤魔化しているのか、誤差なのか判断がつかないのは管理者として捨て置いて良い問題ではない。



 領地の農民から税を小麦として集めてから領地内の小麦商人に売って換金しているようだが、その商人の納税記録が国に資料として提出されていないのも、脱税の温床になりかねない。商人の税を徴収する納税官がいるらしいが、明確な基準が無く、利益からどれだけを税として納めるのかは納税官の判断に委ねると言う、公正さに喧嘩を売る徴税方法だ。



 観測機器を使って資料を全てスキャニングさせ、全ての記録を精査し終えているので肉眼で資料を確認する必要は無いのだが、見てもいない資料の内容を把握しているのは不審に思われるので、ポーズではあるが目を通している。

 資料室には監視の為なのか説明役なのか、複数の財務官僚が詰めている。時折、計算の違う書類を指摘して突き出すとソロバンを使って計算をし直している。ソロバン自体資料でしか見たことが無く、何気に貴重な体験だなあ、と呑気に見ていると、間違いを見つけた官僚が悔しげにこちらを見ている。いくら王家の顧問とはいえ他国の平民に間違いを指摘されるのは恥だと思ったのだろう。

 それならばきちんと書類を精査しておけと言うのに、妙なプライドを持っているものだ。

 戸籍が無く、村単位で税を徴収する方法は楽だろうが確実性に欠ける管理体制だと指摘すると、


「一人一人税を徴収していたら、人がどれだけいても足りないのです!徴税官も地方領主の財務担当も貴重な人材なのですよ!」


 などと反論していた。やはり読み書きが出来る人口が少なすぎるのが問題なのだろう。一年でどうにかなる問題でもないから暫くは放置するしかあるまい。



 取り敢えず今回は、ドナウ王国の財力の確認だ。経済とは国家の血脈、貨幣とは血液なのだ。まずは軍事より優先して分析しなければならない。

 流石に港を多く抱える国であり、交易で儲けている。主要な港を王家が抑えて直轄領にしているので、交易の利益によって王家は金を持っている。経済的には恵まれた土地と言える。総人口は約200万人、大半は農民と漁師に職人。海に面した国土の都合上、海軍力に秀でるが、その分陸の軍事力はお寒いものだ。

 これでは強大な騎兵軍団を抱えるホランド王国には対抗できないだろう。あるいはその海軍力を用いて、兵を輸送しホランドの首都を強襲し、頭を討ち取ってしまえばと考えるが、向こうもそれは予想しているのだろう。ある程度防衛用の兵を残しておき、手薄になったこちらの首都を落とすという戦略も執れるのだ。

 単純に兵力が5倍も違えば、軍を三つに分けても余裕だろう。これはカリウス王やエーリッヒ王子が、匙を投げるのも理解できる。だが、まだ甘い。ライブと地球人類の戦力比からすれば、5倍など大した差ではないのだ。

 それをこの国の人間に言ってもまず理解されないので、今しばらくはこの国の情報を分析する振りでもしておく。しかしながら、雑な計算である。



        □□□□□□□□□



 財務の資料を一日ほどで調べ終え、現在は軍司令に面会するためにアラタは城の一室へ案内されている。

 司令官の名はオリバー=ツヴァイクという。代々軍人の家系であり、過去に何人も軍司令官や近衛騎士団長を輩出したドナウ王国の名家らしい。

 王家の顧問という事もあり、すぐに面会できた。これがただの平民ならば何も言わずに追い返されている所だ。案内した兵卒は司令官は接客中だと言うが、そのまま連れてくるように言われたらしい。

 前日に面会を希望していたが、急な来客なのかと聞いたが、若い兵卒は言葉を濁していた。取り敢えず司令官に会って頂きたいと、言われアラタはそれ以上追及はしなかった。どの道、ドーラを通じて知っているのだから。



 案内された応接室には二人の男が座り、談笑していた。一人は中年、もう一人はアラタと同じ年頃の青年だった。


「失礼します閣下、王家技術顧問のレオーネ様をお連れしました」


「ご苦労、下がってよい。初めましてレオーネ殿、私がオリバー=ツヴァイクだ。非才の身だが、陛下より軍を預かる身だ。これからよろしく頼む」


 案内役の従卒を下がらせて、敬礼をする。この国の貴族の挨拶ではなく、軍の敬礼のような挨拶だ。アラタも同様に、地球統合軍式の敬礼で返す。


「こちらこそよろしくお願いします閣下。今日はお忙しい中時間を割いていただいて、感謝致します」


「成程、良い面構えだ。軍将校出身というのは事実のようだな。そう畏まる必要も無い、貴殿は王家の顧問だ。まずは紹介しておきたい人がいる。そちらの若い騎士殿、ウォラフ=ベルツ卿だ」


 紹介された青年が、アラタに向かって貴族式の挨拶をする。


「ご紹介に与かりましたウォラフ=ベルツです、レオーネ殿。非才の身でありますが、近衛騎士団の秘書官を務めております。今回は私的な訪問でして、平服の身をお許しいただきたい」


 確かに彼の言う通り、騎士甲冑も付けておらず、貴族の装いだが平服だ。流石に帯剣はしているが、軍司令との会談に割り込む服装ではない。この時点で人によっては、非礼だと咎められる事もあるだろう。

 しかしながらここに居る事を、部屋の主が認めているという事は何らかの意図があるのだろうと、推測する。


「私の事はいないものとして扱って頂きたい。あくまでたまたま居合わせてしまって、帰る機会を失ってしまって、なし崩しにこの場にいるだけですから」


 申し訳なさそうに、しかし笑いながら謝罪の言葉をアラタに向ける。さてどういう意図でいるのやら。


「今回はツヴァイク閣下に、この国の軍について教授していただく予定だったのですが、そこに近衛騎士団のベルツ卿がいらっしゃるというのは妙な事です。ただ、閣下が出て行けと言わない以上は、私も何も言う事は無いでしょう。ところでベルツというと騎士団長の家名もベルツですが、親族ですか?」


「はい、父が騎士団長のベルツです。いやはや、ここでレオーネ殿に出て行けと言われないで良かったです。今回、私の独断でここに来てますから、抗議でもされたら始末書ものです」


「軍人のレオーネ殿にもある程度理解できるだろうが、派閥争いや面子の張り合い、縄張り意識はどこにでもあるものさ。軍と騎士団はあまり仲が良い方とは言えない。色々としがらみがあるのだよ。貴方がこの国の軍について知りたいと私に面会を申し出たことを、騎士団の一部が面白く無いと言ってきているのさ。初めに教えを乞うのは騎士団ではないのか、だそうだ。順番など大した問題ではないのにな」


「そこで私が非公式ながら、この場で騎士団の説明をするというわけです。後日、正式に顔を出して頂いた時に説明をしますが、多分に偏見の混じった説明は困りますから。可能な限り、この場で正確な情報を伝えておきたいのです。幸いツヴァイク閣下は理解のある方ですから、私の提案を快く受け入れてくださいました」


 どこの国でも時代でも似たような話を聞く。予算争いから縄張り意識、競争本能、人間と言うのは極限まで追い詰められないと互いに仲良く出来ないらしい。ライブの来襲で人類が、危うい一枚岩になったのも良いんだか悪いんだか、と内心溜息を付く。

 目の前の青年はデータでしか知らないが、人当たりの良い明るい人間なのだ。誰とでも仲良くなろうとして、自ら潤滑剤の役割を買って出る。こういった人物が一人でもいないと組織は簡単に壊れてしまう。


「私は一向に構いません。むしろ違う組織の人間と同時に話をすることで、偏りのない分析が出来る事は貴重です。ぜひ、ベルツ卿はここに居てください」


「そう言って頂けると、ほっとします。それから私の事はウォラフで結構。秘書官と言っても若年ですから」


「では、私の事もアラタと呼んで頂いて結構です。歳もあまり変わらないですから」


 公式の場ではお互い立場があるので、自重するだろうが今回はウォラフは居ない人間だ。アラタもそのあたりを理解して気さくに話かけることにした。



 先ほど案内役だった従卒が茶を持ってきたので一時、談笑を中断し三人で茶会を開く。ある程度、茶の味を楽しんだ所で、年長者のツヴァイクが話を切り出す。


「さて、レオーネ殿。今回は軍についての説明だが、どこまで聞きたいのです?」


「この国には王国直轄軍と地方領主軍、最後に近衛騎士団の三つが軍事組織として存在していると伺っております。まずは軍の総数と、指揮権の優先順位を教えて頂きたい」


 地方軍はその名の通り、それぞれの地方領主の抱える私兵だ。アメリカで言えば州軍に近いのだろう。常備兵以外は、普段は農村で畑を耕している農民だ。有事の際に招集されて戦いに参加する、一種の徴兵だ。主に領地内の巡回による治安維持と、他領地の諍いに駆り出されている。

 次に王国直轄軍。彼らは主に王都の治安維持と王家の直轄領の警備にあたっている。彼らは全て王家から金で雇われており、海軍もこの管轄になる。ある意味では彼らが王家の私兵とも言える。尤も常備兵と言う性質上、普段から訓練を重ねているので錬度が高く、いざ他国との戦争になれば主力となる集団だ。翼竜と言う空を飛べる大型爬虫類に乗って偵察任務に就く、翼竜隊という部隊も存在するらしい。王都にも少数だが翼竜は居る。

 最後に近衛騎士団。名前通り、王家の警護を主な目的とした集団。この国に来た時、礼拝堂を警護していた鎧を纏った騎士達。一人一人が近接戦闘の専門家であり、騎竜兵として戦場を駆ける花形だそうだ。人間の三倍の速度で戦場を縦横無尽に駆け抜けるのは圧巻と言える。

 基本的な軍組織の役割は、既にミハエルから聞いているので説明は不要と伝えておく。


「では、まず王国直轄軍から説明しよう。兵士たちは直轄領全体に散らばっている陸軍1万2千人、海軍が3千人。地方領主の軍は正確に把握できないが、領民の数からおよそ5千ほどは集められると予想している。最後に近衛騎士団の300名だ。編成は後で詳しく説明するが、先に指揮権の順位を話しておこう」


 ここまでは良いかね?そう目配りをする。アラタも構わないと頷き、話を先に進める。


「では、説明しよう。基本的に戦時に置いては最上位の軍団指揮権は、軍総司令の私に委ねられる。地方軍も同様に総司令の指揮下に入る。正確には、国王陛下から全権委任状を与えられる形でね。全ての権限は陛下より賜る、それがこの国の法だ。尤も、軍司令なのは慣例であって明文化されていないから、違える事もある」


 余程の事が無いとそれも無いのだがね、最後にそう付け加える。


「失礼ながら、それでは閣下が最上位の指揮者から外れる可能性もあるというわけですが。そういった前例は、過去にあったのですか?」


「無い。だから原則私が最上位者だ。分不相応な気もするがね。ああ、今の言葉は忘れてくれ。一軍の将がこれでは士気に関わる。兎に角、どんな大領主の軍でも指揮権は一人に集約される。王族でもこの指揮権を無視して軍の規律を乱す事は許されない。レオーネ殿の軍でも規律を乱す者は罰せられるだろう?この国でも同じだよ、規律や法は守ってこそ意味がある」


「仰る通りです。私の国でも階級や規律を乱す行為は、軍法に違反します。私は経験がありませんが、将校の中には王族出身者を部下に持つ平民もいますよ。生まれや育ちに関係なく軍人は命令を遂行します。それこそ、平民の上官が王族に向かって『死ね』と命令出来ます」


 王制を採用する国家では王族が戦いを義務とする風習もあり、地球統合軍が多国籍軍である以上、若い王族も軍に入隊することがある。大体は士官学校を出てくるので尉官から始まるが、士官では一番下っ端だ。

 王族出身だからと言って特別意識は持ち合わせない。人類と生存競争に明け暮れるライブにとって、人間の地位や階級など無意味でしかない。


「なかなか凄い所のようだね、アラタの居た軍隊は。けど、考えてみれば敵が戦場で相手の地位とか考慮してくれる訳が無いか。命の危険は皆一緒。人間、死ぬ時は死ぬものだよ。精々、身代金の額が違うだけかな?」


 ウォラフがおどけた様子で同意する。この地域では身代金制度が現役らしい。王族の身代金は一体幾らになるのだろうか、とアラタは考えてしまう。


「さて、戦時の軍の指揮権の説明はこれで良いかね?次に平時だが、これは少し面倒だ。基本的に管轄の違う兵や騎士に、命令権が無いからだ。一応、私の様な軍の司令官や隊の指揮官なら、領主軍の一兵卒や平の騎士程度なら命令できるが、好ましくない。これをどうにかしたいが、なかなか上手くいかない。誰だって他の縄張りの人間に勝手に人の土地に入って欲しくないからだ」


 そうも言っていられない気がするのだが、前例主義的と言うか、既得権益を守りたいのか。なあなあでは済まない部分なのだが。


「直轄軍なら陸と海の違いがあっても、指揮官ならば兵卒程度は命令できる。数が少ない順から、十人長、百人長、千人長とその上が軍司令官だ。海軍は一隻、およそ百人で一つの集団を作る。それが十隻で一つの艦隊。我が国は三つの艦隊を保有している計算だ。今はそれぞれ、別の海域で沿岸の治安維持に努めている。あと、指揮官は殆ど貴族出身者が占めているから、その中での優先順位は先任順に上下が出来る。だいたい、歳を見れば上下関係は分かるだろう」


 何か質問は?そう聞いてくると、幾つかありますと答える。


「まず、軍の最大規模が千人隊とありますが、彼らは直轄領に散らばって治安維持にあたっていると想定しますが、複数の隊の合同訓練などは行っていますか?また、隊長同士の交流などは行われていますか?」


「合同訓練などは時折しているよ。まあ、全ての隊を一斉に集めての集団訓練はしていないがね。どうしても普段の治安維持があるなら、全ての兵を動かす事は出来ない。それから千人長同士の交流はそれなりにある。年に一度は王都に集めて、交流会を開いている。まあ酒盛りでしかないが、それなりに結束力はあるとみている。領主軍は詳しく分らない。彼らは地方領主の兵だ、軍権が領主にある以上、必要以上に踏み込むのは軍司令の私でも、平時では越権行為と見なされる」


 アラタにとっておよそ予想通りの回答だが、率直に言ってよろしくない。いまだホランド王国と戦うかは未定だが、元から数の上で負けているのに、錬度と指揮系統に問題を残しているのは、大きな不安要素だ。


「ご返答ありがとうございます。では次に千人長を統括する役目の人間は閣下以外に居られますか?具体的には、閣下が不慮の事故などで指揮が取れなくなった場合の、次席司令官などは用意してあるのかお答え下さい」


「ここには居ないが、副司令と作戦参謀がいる。私に何かあった時は、副司令が指揮を執る事をあらかじめ公言している。これは陛下から賜った指揮権の中の権限に付随している。これで良いかね?」


 その後は、軍の細かい編成表の説明を受ける。歩兵、弓兵、騎竜兵、翼竜偵察兵、輜重兵、工兵、地球でも馴染みのある兵科が多い。ただし大半が歩兵で、軍総数でもホランド王国の騎兵軍団に数が届かない事をツヴァイクは嘆いていた。これでは平地での戦いは絶望しか無いと。


「本日は貴重な時間を割いていただいてありがとうございました。これでこの国の軍はおよそ把握できました。そう言えば神術を戦力化するような構想を閣下は考えておられますか?」


「いや、無いな。そもそも神術は使い手も少なく、使える能力も個人差がありすぎる。ある程度組織化するには、その差がかなり足を引っ張る。ただ、海軍の方では幾らか使い道があると報告が上がっている。例えば水を操る使い手に真水を確保させる方法や、風の使い手に風を帆に張らせたり、兎に角何らかの使い道はあると聞いている。レオーネ殿は彼らを戦力にするべきと見ているのかね?」


「まだ何とも言えないですね。私の国には神術そのものが無かったので、価値を測りかねているのが本音です。ベッカー相談役のような翻訳のいらない神術は便利だと思いますが。この国の言葉を理解するのに随分助けられました」


 やはり纏まった数でないと戦力化は難しいようだ。神術自体体系化された技術でないのも大きいな弱点だ。それに軍から見れば替えの効かない兵など、消耗品でしかない。


「確かに、あの翻訳は便利だね。そういえば神術には氷を操る使い手もいるんだ。季節の野菜や果実を氷漬けにして長期保存するのに役立てているとか。そんな使い手が沢山居れば、兵站も随分楽なものになると思うんだけど。保存食はあまり美味しいとは言い難いから」


 ウォラフも神術には一定の価値を見出しているようだが、やはり数が揃わない事を不満に思っている。こればかりは運の要素が強いのでどうしようもないのだが。


「騎士団にも神術の使い手は何名か居るけど、あくまで数人。個人としてはそれなりに戦力になるけど、戦況を覆すような働きは出来ないよ。あれば多少便利、それぐらいの認識さ」


「成程、お二人の見解は理解出来ました。神術については今は置いておきます。では次にウォラフに近衛騎士団の説明をお願いしたい」


「では説明するよ。近衛騎士団はその名の通り王家の側仕えの集団だ。ほぼ全員が近接戦闘の達人で、騎乗技術に優れている。これだけなら軍の騎兵隊とさほど変わらないけど、大きく違うのは出身者に貴族が多いということ。戦闘技術より、礼儀作法と言った教養の有無が大きいね。ただ、平民での騎士も少数だけどいる事はいる。先ほどツヴァイク閣下が300名と言ったが、実際にはその300名に2~3名の従卒が付く。彼らも一端の兵士だ、戦力に数えられる」


 近衛騎士団は千人程度の集団と計算しておくか。錬度も通常の直轄軍より上と考えておく。


「ただ、実戦経験には乏しいと言わざるおえない。訓練は日頃から行っているけど城勤めが多いから、直轄軍と比較しても盗賊などの討伐経験も無くてね。錬度は高いけど、戦になったらどこまで通用するかは正直未知数だ」


 自分の所属団体だというのに随分と辛口である。裏を返せば身贔屓せずに冷静に判断出来るといえる。


「こんな事、騎士団の詰め所では言えないよ。団員は皆、騎士としての矜持がかなり強いから、いくら騎士団長の息子でも唯じゃすまない。けど顧問役の君には騎士団の現状を知っておいてもらいたい」


「確かに実戦経験の乏しい軍集団は、不測の事態に容易く混乱しかねない。それが、特権意識を持った集団ならば尚更危険です。直轄軍と仲が悪いのも、それが理由ですか」


「その通り、私も軍と騎士団の確執には頭を痛めている。本来はそんなことしている場合ではないのだがね。もし他国との戦になれば形の上では軍の指揮下に入るが、内心不承不承といった所だろう。千人程度だが、戦力としては魅力を感じる。命令通り動いてくれるかが不安だがね」


 ツヴァイクが溜息を付きながら腹の内を露呈する。指揮官にとって、いくら優れた戦力でも命令に従えない集団は不要と言っていいだろう。むしろ独自に動く集団など、戦場では邪魔である。


「成程、現状のドナウ王国の戦力は把握できました。ツヴァイク閣下、ありがとうございました。今後も他国の軍事情報の分析の為に、お話を伺う事になります。ウォラフもありがとう、私は明日騎士団に伺うのでその時また顔を合わせよう」


 お茶のお代わりを飲みつつ、簡単な談笑に移る。やはり資料以外の当事者たちの生の声は貴重な物だと、思いつつお茶を飲む。

 その話の中でウォラフがアラタの軍について質問してきた。


「ところで、我々の国の軍については話したけど、アラタの軍について話せる部分は話してくれないかな?私も異郷の軍隊がどんな集団なのか気になるんだ。ツヴァイク閣下も気になりませんか?」


 ツヴァイクもウォラフの提案には心惹かれるものがあり、同意する。彼は初日の会議でアラタに強く興味を示していた。


「そうだな、私もレオーネ殿の軍にはとても興味がある。全て話してくれと言わないが、聞かせてくれ」


 アラタは少々迷っていた。あまり機密に関わる事は話したくないが、ここで一方的に情報を吸い上げたと思われて、今後の関係を悪くするのは悪手といえる。信じるかはわからないが、幾らかは情報を与えておくべきだ。


「分かりました、お話しします。まず、統合軍は三つの軍があります。陸軍、海軍、宇宙軍です。編成は偏っていて最大勢力は宇宙軍になります」


「話を折って済まない。陸と海は分かるが、うちゅうとは何の事かね?」


「失礼、宇宙軍とは海軍と空を飛ぶ航空戦力を組み合わせた軍と思って頂きたい。礼拝堂に残っている私の搭乗機も宇宙軍所属の兵器です。あの兵器と同系統の物を多数、艦に載せて長大な距離を航海する軍事集団と言えます」


「あれを多数保有ということは、その艦も相応に大きな物なんだろうね。しかも複数、ちょっと想像がつかないよ」


「そうだね、一個艦隊が約150隻に艦載機が3千機。乗組員は6万人が配属している。航空隊は5機を最小の集団として、小隊。その小隊を3つ集めて中隊。さらに中隊を3つ集めて大隊と数える。これは宇宙軍独特の考え方で、海軍や陸軍とは少し違う」


 ここまでは良いですか?そう聞くと、二人は構成人数の多さに驚きながらも頷く。


「宇宙軍は歩兵の数が少なく、精々艦内の保安要員しかいない。元々、空戦の為の艦載機と戦艦による砲撃戦に比重を置いているからで、白兵戦を想定していない。敵主力を艦隊が引きつけて、その隙に少数の艦載機が敵中枢を破壊する戦術が、最も効率が良いと百年の戦訓から学んだからです。元より我々と敵対生物とは物量が違い過ぎて、正面からの戦闘は負ける事が分かり切っていました」


「敵対生命ってことは、相手は人ではないと?ではどんな生き物なんだい?」


「それも気になるが、私にはあの大きな物が空を飛ぶことに驚くよ。一体どんな原理で飛ぶのやら。鳥の様に羽ばたくわけでもないのにな」


「我々はライブと呼んでいます。説明がし辛い生物ですが、強いて言えば形状はカビに近いです。雌雄関係なしに繁殖して、蟻や蜂のような女王を頂点とした社会構造を構築して、巣を形成します。あらゆる物をエサとして捕食し、繁殖の養分に変えます。生き物も、鉱石も金属でも奴らにとってエサでしかない。それでいて知性を有していて、戦略的優先度を理解しています。手当たり次第、喰らうのではなく、数の多い場所を優先して捕食する知性があっても、人類と対話できるわけではないのが厄介な所です。知性があっても精神構造が違い過ぎる」


 ツヴァイクとウォラフはあまりの予想外の敵対存在に絶句する。戦争とは人同士が行うものだ。武器も戦術もその為に作られたと言っていい。大型の獣や竜を狩るための道具はあっても、狩りに騎士や軍は不要なのだ。対話も出来ないという事は、和平など到底考えられない。エサとして捕食されるか相手を滅ぼすかの二択しかない。


「そのライブとやらの中枢を破壊すると、どうなるのかね。通常の軍隊の様に降伏をするわけではないのだろう?」


「降伏はしませんが、生命活動が著しく阻害されます。正確には巣の女王を排除すると、繁殖活動が停止します。そうして巣を潰していて、順々に数を減らしていきます。それでも百年間、戦い続けても滅ぼしきれなかったわけですが」


 滅ぼせないどころか、むしろ劣勢に立たされていたわけだが。そこまでは機密のためわざわざ口に出さない。どうせ自分がいなくとも最後は地球人類がライブを滅ぼしてくれると信じている。


「百年とは随分気の長い話だね。それだけ長い間戦い続けていたなら、相当な死者が出ているだろうね。尤も降伏も和平も出来ない相手じゃ、滅亡しない為には永遠と戦い続けるしかない。アラタの国に比べると、我々はまだ幸運かもしれない」


 ウォラフの言う通り、単なる国家間戦争ならば負けても、国民すべてを殺すわけではない。戦う前から降伏を選んでも、領地を取られても命までは取らない。だが、生存競争は全ての民をエサとして食い尽すまで終わらない。


「百年の戦いで人口は最盛期の半分以下にまで減少しています。戦乱によって経済活動も停滞し学術的、技術的には向上していますが活動規模そのものが縮小傾向にあります。明日滅ぶ心配は無くとも、十年後の未来に希望を持てない人間が大部分なのですよ。政府首脳部も軍上層部も、余力のある内に決着を着けておきたいと、軍の大半を動員しての最終作戦を決行しました」


「それでどうなったのかね?」


「不明です。私はその作戦に参加して、部隊が全滅した時にこの国にやってきました。私の部隊は敵中枢へ決死隊の本隊を送り届けるための、囮兼露払いを担当していました。故に自らの任務を果たせたと納得しています。後の結末は元より知る術が無いのです。生き残ったのは予想外ですが」


 元から死ぬ覚悟で決死隊に志願したのだ。後の事など、考慮していない。この自殺願望者と大差の無い精神性は、淡々と説明するアラタ以外の二人にはまるで理解出来なかった。


「その、失礼な質問かも知れないけど、君を待っている人は居なかったのかい?君はまるで死にたがりじゃないか」


「居ないですね。家族は私が五歳の時に戦乱で死んでいます。その後は孤児院で暮らして、十五歳で軍の士官学校に入学。卒業後に前線勤務だったので、親しい者は誰もいません。ただ、ライブとの戦いが心を沸き立たせる唯一の時間でした。それ以外には殆ど興味を抱かなかったです」


 ウォラフは憤る。自分には妻も生まれたばかりの子供もいる、帰る家だってある。しかし同じ年頃の目の前の青年には、己の命以外何一つ無いのかと。あげくに折角拾った命を故郷に持ち帰ることが出来ず、異郷で果てようとしている。

 ツヴァイクは不憫だと、目の前の青年を憐れむ。きっと彼の国にはこの青年と同じ境遇の若者が、山ほど居て戦い続けていたのだろう。終わりの無い闘争、彼の話ではそれもようやく終わる道筋が見えてきたというのに。この国はまだ幸運だったのだ。



 その後、三人は今後の予定を話し合い、解散する。アラタは明日騎士団に顔を出し、ウォラフはその相手。ツヴァイクも軍の仕事が山積みである。三人とも自分の出来る仕事をするだけなのだ。

 ツヴァイクはアラタの話を反芻する。アラタの語った言葉は、まだ断片的な事でしかない。しかし、嘘だとも思っていない。ライブと言う生き物と戦う事は無いと思うが、負ければ全てを失い食い散らかされるという点では国家の戦争も似たような物だ。

 特別珍しくもなく、ありふれた話でしかない。他国にはアラタ程ではないが、国を奪われ家畜のように虐げられる者が多くいる。祖国をそんな目にさせない為に、命を賭けなければならない。

 その決意を胸に、自分に出来る仕事をしなければならない。例えそれが重荷だったとしても、一度背負ったからには投げ出す事は許されないのだ。


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