第5話 晩餐会



 アラタとV-3Eがこの星に転移して既に五日が経過した。

 その間はひたすらに情報収集と、語学の勉強とこの国の常識の確認に費やしている。

 日の出から数えて翌日の日の出まで24時間掛かり、地球の自転とほぼ一致している事。月の満ち欠けがほぼ三十日周期であること。一年を360日で計算しており、太陽歴を使用している事も分かった。

 あまりにも地球に酷似している。これほど地球と相似性が確認されていると、人工天体の可能性すら考慮したくなる。26世紀地球でも、天体操作は不可能だ。精々が既存の、それも地球の環境に比較的近い惑星を探し出して、テラフォーミングを行うもので、一から天体を創造するなど不可能に近い。

 地球統合軍人は全て精神抑制訓練を受け、感情抑制剤を打ち込まれているのでこの程度の混乱で済んでいるが、それでも気が滅入ってくる。この惑星の状態も不審な点が多すぎる。



 さらに拍車を掛けるのが、この国の単位制度だ。度量衡から始まり、時間の数え方、アラビア数字、四則計算に用いる記号。地球と酷似し過ぎている。

 精度が甘いがメートルとグラムがドナウ王国の基準であり、他国には浸透していないが、国中が採用していると聞く。紙などの筆記具がそれなりに高価なので、平民までは習得に至らないが、貴族には読み書き以外に計算もできる者も多い。



 ミハエルにそれを尋ねると、初代国王フィルモの時代に制定されたそうだ。今から500年以上前のことらしい。

 数百年前に地球人が来ていた。そう考えるのが妥当と言える。分析を続けているドーラも同意見だ。これは偶然で片付けるには、否定材料が見当たらない。

 その初代国王フィルモの時代の文章でもあれば、直接見なくともV-3Eの解析機器を使って解析出来るのだが、残念ながら残っていないようだ。このぐらいの文明だと500年前は伝説の領域に入るのだろう。

 単位や数字、文字そのものは残っても、紙は500年の歳月を生き残れなかったようだ。



 無い物は仕方ないので、諦めて今出来る事をするまでだ。既に日常会話程度はこなせており、学習は文章の書きとりや王城内の作法に移行している。

 教師役のミハエルが舌を巻くほど、習得速度が速いと残念そうに口にしていた。どうやら教育にかこつけてアラタをいびるつもりだったようだ。最初にジジイ呼ばわりした事を根に持っているのだろう。残念だが、そんな物に付き合う義理は無い。

 電子化された脳の機能は飾りではないのだ。特に電子戦機を操るドライバーは脳神経を重点的に改造されて、反応速度と情報処理能力に特化されている。

 もとより多言語を操るノウハウがあれば、言語一つ追加で覚えるなど大して時間は掛からない。



 数学もこの国では四則計算が暗算で出来れば、財務官僚が務まるレベルなのだ。それ以上の知識は学者でも無ければ必要ないとの事だ。

 アラタが試しに立方体の体積の求め方や、簡単な関数グラフを描いて見せたら、今すぐでも官僚に欲しいなどと別の閣僚に言われた。客人と言う理由で丁重にお断りしたが。

 ドナウ語が話せるので徐々にだが、この国の人間とも交流を始めている。未だ客人という立場上、城の外には出れないので城内に出入りする貴族や閣僚が殆どだ。

 王家の客人である為、下にも置かない待遇だが、色々とよそよそしい。露骨に媚を売る態度の者もいれば、平民と侮る視線を向ける者もいる。

 騎士の一部は、警戒に近い態度を示しており、監視とも取れる姿勢を取っている。誰もが俺の立ち位置を図りかねているらしい。



 今のところ、例外は教師役を務めるミハエルと――――


「いやあ、レオーネ君の話は刺激に満ちているねえ。書類に埋もれる私の荒んだ心を癒してくれる貴重な時間だよ」


 この男ぐらいである。栗毛青眼の美丈夫、この国の第一王子であるエーリッヒ=ヨーン=ブランシュだ。


「それは何よりです。私も殿下と話をするのは格別の楽しみですよ」


 嘘は言っていない。食えないジジイと話しているよりは歳が近い分、話しやすい。王家の客人なのだから、王子である自身の客人である。そう周囲に喧伝しており、政務の合間に茶飲み話をする程度の仲である。


「あまり畏まらないでほしい。君は当家の客人だが、私は友好を結びたいと思っているのだよ」


「過分なご厚意です。しかしながらエーリッヒ殿下には王子と言う立場があります。貴族の爵位も無い者が馴れ馴れしくするのは他の者から要らぬ感情を招きます」


「ふむ、それは尤もな事だ。周りの目もある。些か性急な提案だったな。では、ただの客人として異郷の事を話してくれ」


 意見を翻さないのは諦めていない意志表示なのか。どうにも友好を築くより、勧誘をする気が強いように感じる。これも取り込みの一環なのだろう。




「では、昨日の続きの国家の統治制度などをお話ししましょう」


 次期国王であり、宰相の右腕として政務に参加しているので、自然と関心は異国の政治形態や統治システムの話になる。

 この国は王を頂点とした専制君主制を敷いている。国民投票による代表を選ぶ民主主義ではない。現在の地球では地球統合政府が首班となって、大まかな指針を打ち出し、地方自治体がそれぞれの土地に合った法律や経済制度を敷いている。多民族国家であり、ライブ来襲以前は戦争の絶えなかった惑星を一纒めにするのは、随分と骨が折れたと聞く。その為、連邦国家という形で一応の統合を達成し、人類の結束を目に見える形で示している。

 それゆえ自治区の中には統治権は無くとも、王家が現存している立憲君主制の自治区も残っている。




「専制君主による王制以外の統治制度というのは興味深い。このドナウ王国を含む、西方諸国は殆どが王制だ。一部は有力貴族による少数寡頭制政治を敷く国もあるが、議会制民主主義か…そんな政治形態があるとは思わなかった。君の故郷もこの民主制なんだね?」


「はい、私の故郷は議会制民主主義を敷いていました。色々と問題の多い制度ですが、それなりに上手く回っていましたよ。元より王も貴族もいない移民者が建国したので、最も合理的な政治形態でした」


「私の国では考えられないな。それでは統治に必要な、知識や経験を持つ者がいない。どんな国も初めは手探りで国を治めるが、代表となる者がいなければ、人の集団は容易く分解する。それが我々で言う王家なのだが、君の国にはそれが無い」


「そのために代表者となる大統領を国民の中から投票で選択するのです。投票制度そのものはかなり昔から使われていまして、ローマと言う国の政治形態を一部参考にして、国家運営にあたっていました。民衆の中から代表者たる議員と大統領を選ぶ。判断基準は血筋も年齢も出身地も関係ないのです。ただ、投票資格を持つ国民が選んだ者です。その結論に行きつくまでに相当な血が流れたものです」


「というと、やはり内乱や反乱者が出たと?」


「一度、国を真っ二つに分けての内乱を経験しています。その一度で済んでいるのは相当な幸運ですよ」




 アラタの故郷であるアメリカは南北戦争以降、国内戦を一度も行ってない。世界的に見ても幸運な部類だ。対外戦争は馬鹿馬鹿しいくらい行っている事を除けばの話だが。

 この国の歴史も大雑把に聞き及んでいるが、何度か地方貴族が反乱を起こしている。それ以外にも外国と戦争経験もあり、今も隣国のホランド王国から圧力を掛けられている。尤もホランド王国の件は、意図的に教えていないようだが。


「私は両親が別の国の人間です。母の国は今も王家が現存しています。その王家も、一度二つに分かれて血みどろの内乱を起していますし、地方貴族が反乱を起して勝手に王を名乗った事もあり、家臣同士の諍いから百年の争乱期に陥った事もあります。どのような国でも人が運営する以上、そういった危機に陥ることは珍しい事ではありません。重要なのは運営する側が、自分達は滅びないなどと根拠の無い自信を持たずに、統治することが肝要だと思います」


「……そうだね。人はいずれ死ぬ。人の作った物もいずれ朽ち果てていく。国もまた同じか」


 目を瞑り、ひどく疲れた様子で絞り出すように呟く。少々突き過ぎたようだ。ホランド王国の事はずっと耳にしているのだろう。王家の者が受ける心労は、他国人には想像できないほど重いということか。


「その命脈を伸ばすのも王の仕事と言えます。母の国は建国以来の王家が三千年、家と血を守り続けています。何度も断絶の危機を迎えても、どうにか生き永らえてきました。諦めこそが人を殺し、朽ち果てさせるのです」


 そう、絶望的な状況下でも絶対に諦めずに進み続ける者にしか、勝利の栄光は掴み取れない。地球人類がライブを滅ぼす為に百年を費やしたように、諦めこそが悪なのだ。


「三千年とは、我々と桁が違う歴史だね。そうだ、諦めてなどやるものか。最後まで抗ってやる」


 先ほどの疲れた顔と正反対に、ギラギラとした目に生気を溢れさせる容貌。何か吹っ切れたらしい。


「レオーネ君、君と話せて良かった。私にもやるべき事が今以上にある事が分かった」


「お役に立てたのならば幸いです」


「なら、一つ願いがあるだが聞いてくれるか?」


 聞きましょう。そう言うと、王子は嬉しそうに提案する。


「今夜の晩餐は私の家族と共に食べてほしい。元から父や妹、弟を紹介しようと思っていたが、言葉が分からないので一時、棚上げにしていたが、今の君なら問題無い。ぜひ頼む」


「断る理由はありません。ご一緒致します」


 アラタはここで断るのは拙いと判断する。客人である以上、挨拶は避けては通れない。ただ、確実に厄介ごとに巻き込まれそうだと、自身の立場の弱さを無理と分かっていても、どうにかしたかった。


「じゃあ私は執務に戻るよ。あまり宰相だけに仕事をさせるわけにはいかないからね」




 ここに入って来た時より幾分軽い足取りで、去って行った。色々と胸のつっかえが取れたようで喜ばしいが、あまり面倒ごとに付き合いたくはなのだが。まあ、こちらとしても衣食住を保証してもらい、勉強させてもらっている以上、家主の頼みは断れないと妥協した。


「お茶の替えをくれ」


「畏まりました」


 給仕にお茶の代わりを入れてもらう。地球のような茶葉を発酵させたものではなく、薬草や花ビラで匂いや味を付けた薬草茶を飲みながら、今後の展開に思考を割り振る。



 元よりこの国は隣国のホランドに併合の圧力を掛けられている。領土も軍事力も数倍差があり、素直に併合された方が犠牲が無く終わるのだが、既得権益を無償で投げ渡す者など居ない。それが命と引き換えになっても、固執する者がいるから戦争が起こるのだ。

 尤も今併合されても、十年後には今の貴族や王家もそのまま残っているとは考えにくい。旧来の勢力を適当な名目で弱体化させるのは普遍的手段だ。

 未来が無いという意味では、素直に併合されようが、戦で滅ぼされようが支配者層には違いは無いのだ。付き合わされる民衆はたまった物ではないが。

 こればかりはこの国の問題だ。わざわざ部外者であるアラタが首を突っ込む義理は無いのだが、あの王子の頭には己を何とかして有効活用したいという考えが確実に存在する。それがどこまでかが問題だ。



 単に知識だけを欲するなら、客人として提供するのは構わないと思っている。問題はV-3Eを戦力に組み込む場合だ。あれはこの文明には過剰戦力すぎる。あれ一機あれば、一日につき一つの国を余裕で滅ぼせる。あれを無理やり使わせる気ならこの国、いやこの西方から去るだけだ。

 あれはライブを滅ぼすための兵器だ。人を殺すための兵器ではない。そこが絶対に超えてはいけない境界線だ。いずれ人類同士が戦争に用いると分かった上で、否定しなければいけない。

 出来れば穏便に済ませてもらいたいが、この国を取り巻く情勢が許してくれない。そう決意しつつも今はただ、茶を飲む事に時間を割くとしよう。



 夕食までの時間はミハエルの授業に使われた。既にこの国の言葉は習得しており、ミハエルが教える必要は無いのだが、そのまま惰性で教師役を続けている。書き取りには翻訳の神術が作用しないので、他の人間と同じように覚えたそうだ。

 翻訳の神術一つで務まるほど、外交官は甘くないのだろう。当然と言えば当然だ。外国語を話せるだけで外交官が務まるなら、今日から通訳が外交官になれるのだから。



 書き取りには初代フィルモ王の生涯を書いた、建国記らしき書物が教材として使われた。書き取り用に粘土板を使う。紙は貴重なので、貴族の子息でも練習には粘土板を使うとの事だ。建国記の方は羊皮紙を使っているそうだ。

 植物から作る紙はあるが、重要書類は羊皮紙を使うらしい。しきたりやら格式の都合で決まっているのだろう。

 まだ序文程度だが、なかなか読み応えのある物語だ。元々このフィルモ王は農民だったらしい。圧政を敷く暴君を倒す為に立ち上がり、異郷より勇者を召喚して共に戦いながら、ついには暴君から無辜の民を解放し、ドナウ王国を建国したという。

 書き取りの前に、ざっと流し読みしたが王の事は書かれていても、勇者の記述は殆ど無い。王の友だという記述や、優れた知識を持ち、王にそれを授けたという物、王と共に肩を並べて戦場に立ったという事ぐらいで、どのような人物かは詳細に書かれていない。

 この建国物語も王の死後に書かれたものらしく、関係者の親族からの伝聞が元となっているそうだ。曖昧に語り継がれた口伝から作成したのだと言う。




「この異郷の勇者とはどのような人物だったのでしょう?何か当時の資料は残っていないのでしょうか」


「無い。儂らも知りたいが、無いものは無い」


 まあそうだろう。500年というのは言葉にするのは簡単だが、非常に長い。人の世代交代を20回行うのだ。余程余裕のある人間でなければ記録は残せない。建国初期ではそういった余裕は無かったのだろう。

 無い物は仕方ないので書き取りの練習を続ける。何度か注釈が入り、それに合わせて修正していく。日が暮れる頃になると、ミハエルも切り上げて帰って行った。元より一日で終わる量ではない。続きは明日に残しておく。



 日没を過ぎた頃に召使の男が部屋にやって来て、城の一室まで案内される。中はそれほど広くなく他の部屋と同じように石造りだが、調度品の質が大分違う。

 側に控える給仕を除けば、部屋にいるのは四人。みな、椅子に座っており、どうやらアラタが最後らしい。客人として招かれた以上は、ホストが迎えるのはどの国でも同じらしい。


「よく来てくれた、アラタ=レオーネ。まずは掛けてくれ」


 一番年上の中年男が椅子を勧めてくる。エーリッヒと同じ栗色の髪と顎髭を蓄えた、風格のある男だ。肉眼で見るのは初めてだが、彼がこの国の王なのは観測機で知っている。


「では失礼して、アラタ=レオーネです。本日はお招きいただき、ありがとうございます」


 この国の作法として教えられた通りの挨拶をし、席に着く。


「余がこの国の王、カリウス=オットー=ブランシュだ。そなたがこの城に来た時から、耳にしていたが、会うのは初めてだな」


「はい、お会いできて光栄です陛下。客人として迎えていただき、感謝いたします」


「そこは私や妹のマリアの独断だけどね」


 横から茶々を入れてくるのは、見知った顔のエーリッヒだった。こうして見るとエーリッヒと国王は親子だからか、よく似ている。


「私ももう一度お会いできて嬉しゅうございますレオーネ様。覚えていらっしゃいますか?マリア=クラウス=ブランシュです」


「勿論覚えています、マリア殿下。ただ、王族の方に『様』を付けられるほど私は高貴な身分ではありません。どうか呼び捨てていただいて結構です」


 礼拝堂で割って入った少女は前に比べて、大分着飾っているように見える。あの時は平服だったのか、装飾品あまり身に付けていなかったが、今日の晩餐では随分と装飾品の数が多い。

 長い金髪がランプの明かりに照らされて、輝いて見える。こちらをじっと見据える碧の目には、アラタはどのように見えているのだろう。


「あなたが姉上が話していた勇者様ですか?私はカール=トリスタ=ブランシュです。お会いできてうれしいです」


 最後の一人は三人より小さな男の子だった。まだ十歳程度の繊細そうな顔つきの、第二王子。髪の色は父親や兄と同じく栗色。目の色は碧色で、姉のマリアと御揃いだ。


「私は自らを勇者と名乗った事はありませんよカール殿下。ご期待に沿えず申し訳ない」


 えー、と子供らしい不満げな声を出して、マリア王女を見る。


「姉上はウソをついたのですか?この方はフィルモ王の話に出てくる勇者様だって姉上が教えてくれたのですよ」


「カールよ、マリアが嘘をついているわけでは無い。単にレオーネが勇者だったら良いと自らの望みを口にしているだけだ」


「そうだね、私もレオーネ君が勇者とは思っていない。ただ、この国にとって重要な人間になるとは思っている。だから失礼な事は言ってはいけないよ」


 年長者二人から窘められて『はーい』と小さく返事をしてそのまま黙っている。


「ごめんなさいカール。私もレオーネ様が、始祖フィルモが呼び出した異郷の勇者様じゃないかと思って話してしまったの。あなたを騙すつもりなんて無かったわ」


 姉が素直に頭を下げ、騙していないと分かったのでカールも機嫌を直す。

 その後、自己紹介の区切りが付いたので食事が始まる。流石に王族の食事は豪華に見える。客人用の食事は貴族用の食事だが、今回の食事はその上を行く。


「じゃあ、レオーネはどんな人なの?客人なら外国の貴族?」


 食べながらも会話は進み、興味を持ったカール王子が質問してくる。


「いえ、私は貴族ではありません。故郷では軍人でした。私の故郷には貴族やあなた方のような王族もいません」


 エーリッヒにも話したように、アメリカの成り立ちを簡単に説明する。幼いカールは良く分らないという顔をしていたが、マリアやカリウス王は興味深そうに聞いていた。そのついでに母の国の日本の事も簡単に話すと、王家の存続期間の長さに全員が驚いていた。

 流石に世界最年長の存続記録を更新し続ける皇室は伊達ではなかった。比較的歴史の浅いアメリカでさえ建国700年を数えるのだ。建国500年のドナウ王国には、想像できない長さなのだろう。


「しかし、民衆に国家の命運を委ねるなど、危険すぎるのではないのか?彼らに大局を見る知性は持ち合わせていないだろう?」


「はい、民主政治は時として愚かな選択をします。全ての国民がどれだけ教養を持ち合わせ、富と武力を有してもそれは変わらないのです。最大多数の人間が納得するか否か、民主政治の根底はそこにあります。正しい正しくない、合理的か否か、そこよりも一人一人が納得で来るかどうかが基準なのです。元より階級の上下が存在しない集団を纏めるには、そういう手段が適していました。ですからこの国には適さない政治形態ですね」


「ですが、レオーネ様はこの国の平民とはまるで違うように見えます。私には今まで見た、どの貴族や騎士よりも教養と知性に溢れています。数日前まで言葉すら話せなかったのに、今では私達と不自由なく話し、貴族の作法を見に付けています。私も外国語を話せますが、これほど早く習得は出来なかったのですよ」


 普通の人間は数日で言語一つを覚えて流暢に話せはしない。電子化された脳を説明しても良いのだが、あまり理解できるとは思えない。この国の文明では人体の仕組みもまだ未解明なのだから。


「私としてはレオーネは勇者と呼ぶより、異郷の知識をこの国にもたらしてくれるのだから賢者と呼びたいな。きっと有用な知識や技術を沢山持ってるだろうから」


 違うかい?エーリッヒが目を向けてくる。


「じゃあ、私はレオーネから芸術を学びたいです。貴族と同じぐらい教養があるなら、きっとすごい作品を作れるはずでしょ?」


「あの、私は軍人ですから芸術は関係ないですよ。個人的な趣味で彫刻は時折作りますけど」


 カール王子が彫刻と聞いて、目を輝かせる。その様子を見るにこの少年は芸術を好む気質らしい。趣味程度の作品で王族が満足するか甚だ疑問を感じるのだが、今さら無かった事にはできそうにない。まあ、好意を持たれるのはそこまで悪くは思わないので良いのだが。


「レオーネ様!私にも何か教えてくださいませ!た、例えば私は竜に乗って遠出をするのを好みますが、レオーネ様はそういったことはお好きでしょうか?」


「は、はあ。そもそも騎乗という行為自体が一度も経験が無いのですよ。私の国では生き物を労働力に使用したり、戦力とするのは随分長い事、行っていません。精々、競技用か娯楽の為に使用する程度です」


 何故か弟に対抗意識を持って話に乗ろうとする姉。女性が騎乗するのは、この国だと殆ど無かったのだが、随分と活発な王女様らしい。


「元々あれほど大型の家畜に適した爬虫類―――竜種の事ですが、存在していないのです。過去に居た記録はありますが、全て骨として残っているだけです」


「ではどんな生き物を家畜にして使役しているんだい?先ほど競技用に残していると聞いたけど」


「馬という四足の獣を使用していました。ここでは鹿が一番近い種になりますね。農耕用に、軍用、一部は食用にかなり長い間家畜として飼われていました」


「鹿か。乗れない事は無いが、試した事は無いな。まあ近い種と言うだけで大きさも違うだろうね。竜に興味があるなら、騎乗訓練をしてみるかい?」


 アラタもこれには悩むが、受けておいた方が良いのだろうと判断する。技術取得の機会は率先して活用するべきだ。


「興味はあります。ただ、語学に比べれば習得に時間が掛かりそうです。何分生き物に乗るという行為自体初めてでして」


「で、では私が教師役に就きましょう!これでも騎士団長のベルツから筋が良いと褒められたんです!私が立派な騎士に育てて差し上げます!」


「マリアよ、そなたは何を言っておるのだ?お前は王女なのだぞ。騎士を育てる王女など聞いた事が無い。お前が遠乗りで度々竜に乗っておるのは知っているが、いい加減控えないか」


 地球でも親しい女性は居なかったが、女性とはこういう生き物なのか?分からん、さっぱり分からないい。

 男と女は永遠に分かり合えない。アラタにとってもそれは例外ではなかったらしい。そんな様子が可笑しかったのか、エーリッヒが堪らずに噴き出していた。


「いやはや、我が妹はレオーネ君が気になるようだね。それで当のレオーネ君はマリアの事はどう思っているんだい?」


 妙な事を聞くとアラタは感じた。マリア王女が関心があるのは知っているはずだ。勇者としてこの国に逗留させるために、欲しい物を与えようとしているだけではないのか。


「どうと言われましても、よく分かりませんが。まあ王女自ら騎乗を教えると言うのは妙な事だと思います。活発なのは良い事だとは思いますが」


「え、あうん。そうだね、活発な事は良い事だね。と、とにかく騎乗の教師役なら騎士団から見繕っておくよ」


 エーリッヒまで顔を顰めて、適当な返事をする。どう返事をすれば良かったのだと首を捻る。

 何ともおかしな空気のまま、王家との晩餐は終わりへと向かう。




「さて楽しんでもらえたかレオーネ?余はそなたを高く買っている。望みがあれば何でも言ってみるがいい」


 社交辞令だろうが、一国の王にそう言われるのは悪いものではない。何でもと言われも本当に何でも言う馬鹿は居ないだろうが、丁度良い機会だ。そろそろこの国の総意を確認しておかねばならない。


「では、一つ質問に答えていただきたいのです」


「余に答えられる範囲ならばな」


 僅かだが、王やエーリッヒの態度が固まる。この辺りの雰囲気を嗅ぎ取る感性は天性の物か、長年政治に身を置く人間の経験が成せるものなのだろう。


「陛下は―――いえ、この国は私に何をさせたいのです?ただ、物珍しいから私を客人として迎え入れているわけではないのは分かっています。最初に礼拝堂で、マリア殿下が『異郷の勇者様、どうか我が国をお救いください』そうおっしゃいました。何からこの国を救うというのですか?そしてその方法は?」


 答えを知っている以上、茶番でしかない。だが、何をさせるかはこの際はっきりさせておきたい。

 カリウス王はじっとこちらを見ながら、どう答えるべきか思案している。この仕草とて演技の可能性もある。相手は国王、政治の怪物だ。いくらこちらが情報収集力と分析力に優れていても、油断していい相手ではない。


「そうだな、そろそろそなたの処遇を話しておかねばならぬ。マリア、カール、二人は下がりなさい。ここからは政治の話になる。お前達にはまだ早い」


 先ほどまでの家族の団欒を楽しむ父の顔ではなく、王の顔になる父を見て何も言わずに二人は部屋から出て行く。マリア王女が一度だけ、去り際に憂いの色を見せるが、声は掛けなかった。


「さてどこから話すべきか。まず、この国は隣国のホランド王国から併合の圧力を掛けられている。ここ20年、軍事力を背景に次々と国を滅ぼし、領土を拡大した強国だ。国土は四倍、兵力は五倍以上――――正直、勝ち目が無い。素直に併合されても、一時は生き永らえるが、それだけだ。何くれと名分を作って、家を取り潰し、改易して未開拓地に送られて、すり潰されるのが目に見えている」


「20年あったのですから、何か有効な対抗策は無かったのですか?あるいは他の国と連合を組んで囲んで戦うという手もあったはずですが」


「耳の痛い話だよ。当時の我々を含めた周辺国はみな怠慢だったのさ。ホランドの東は隣国同士で争っており、興味が無い。西は一つ目の国が滅びても、楽観視していた。二つ目の国が簡単に滅ぼされて、慌てて対策を講じようとしたが、国内の問題で本腰を入れる事が出来なかった。その隙を突かれて三つ目の国も滅んだ。その後暫く内政の為に外征は控えていたようだけど、最近になって併合の圧力を受けている。ホランドの隣国はこのドナウと南のサピン王国だけになってしまった。どうにかサピンと連携を取りたいのだがあまり上手くいってない。彼らもホランドの強欲さは分かっているだろうに」


 その言葉は既に滅ぼされた国の民も言いたかっただろうに。それで慌てて動いたところで手遅れにしかならないのだが。単なるあなた方の怠慢だろうに――――アラタはそう歯に衣を着せずに言いたかったが、流石にそれは不敬罪に問われそうなので黙っておいた。


「つまりこの国は存亡の危機にあると言うのですね。それでマリア殿下は救国の勇者を求めた」


「そうなるな。あれはこのところ毎日、礼拝堂で祈りを捧げていた。そこにそなたが突然やって来た。マリアにとっては始祖フィルモが遣わした伝説の勇者に見えただろうよ。少なくともレオーネ、そなたは異郷の者だ。マリアや他の者らが期待を持たないはずが無い。昔から向こう見ずでお転婆な娘だ。その場の勢いで深く考えずに行動したのだろう」


 頭の痛い事だ、そう言って溜息を付く。ここにマリア王女がもし残っていたら、きっと羞恥心で顔を赤くしていただろう。


「ですが父上、その行動がレオーネを引き留めたのです。そこは褒めても良いと思いますよ」


「ではお二人も私に、この国をホランド王国から救えとおっしゃるのですか?」


 ここまでは、初日の会議を盗み見ているので知っている。問題はどうやって救えというのか、そこが分水嶺だ。


「そこまでは言わぬ。そなたはこの国の民ではない。これはあくまでも国家間の問題だ。部外者のそなたに命を賭けさせるような事は王として決してしないと誓う。ただ、この国には無い知識を提供してもらいたい」


 技術、あるいは学術顧問という体裁をとって指導。実行者はこの国の人間の担当。縁の無い者に命を賭けさせて離反させないように配慮したか、アラタ一人ではどうにもならないと踏んだか。


「既にこの国は詰んでいる。ここから挽回するには既存の方法ではどうにもならん。ならばこの西方で誰も予想すらしない方法を取る事で常識を打ち崩す。その一助をそなたに託したい」


「私も部外者に頼るのは心苦しい物がある。自分が無能だと公言するようなものだからね。けど私達は王族で、この国の民を守る義務がある。無論、王の意地もあるが現状手段を選んでいられない。レオーネ、君が望む物は全て揃えよう。人も土地も金も望めばいくらでも用意する。だから私たちに知恵を授けてほしい。この通りだ」


 そう言って王家の二人は頭を下げる。アラタにとって王族というのは無縁の人間だ。アメリカに王は居ない。よしんば居ても関わりの無い存在だ。

 だが専制君主が主流の世界で他国人に、それも平民に頭を下げてでも助けを求めている。これをこの国の貴族が見たら、いったいどのような感情を抱くのだろう。王に呆れるのか、頭を下げさせた平民のアラタに怒りを感じるのか、祖国の現状に悲嘆に暮れるのか、幸いこの密室では三人だけだ。召使も退出させたのはこれを見られたくなかったのだろう。



 アラタにとってこの国には数日客として遇された程度の恩ぐらいしかない。義理も大してない。このまま面倒ごとに関わらないように立ち去っても良い。

 この西方地域から離れて、別の土地で珍しい物を見ながら適当に放浪しても良いのだが。なぜだろう、この心の中から沸き上がる高揚感。ライブとの戦いでも感じなかった躍動。不可思議な精神の揺らぎをアラタは持て余す。

 両親をライブに殺されてから、ライブ以外の事には殆ど興味も関心も無かった。精々気晴らしに母の趣味だった彫刻をする程度、その彫刻も大して感情を動かすことが無かった。

 唯一と言って良い例外は鍛錬を兼ねた登山ぐらいか。あれとて自身を痛めつける事で精神を高揚させたに過ぎないのだから、今回の件とは状況が異なる。

 だが、王族二人の提案に今まで感じたことない精神の揺らぎを覚えている。


(ドーラ、この感情は否定しない方が良いのだろうか。俺はこの提案を受けてみたいという欲求を止められん)


(人間でない私には分かりかねます。ですがレーオネ大尉、貴官がそう思うのであれば、その欲求のまま動くことは間違いとは申しません。軍法にも他国への技術指導は抵触致しません。統合軍から出向する派遣将校という形式になります。私は兵器です。貴官の判断を最優先します)


(わかった。この提案を受け入れ、技術顧問としてドナウ王国に雇われる。お前は引き続き備品として情報収集だ。人間相手にお前の武装は使わせん)


「分かりました、お二方。それでは軍事、経済、法律、政治あらゆる分野に私が口を出す事を容認するなら、技術顧問としてお受けいたします。他の貴族や閣僚、軍の方々の反発は相当な大きさになるでしょう。それを理解した上で押さえて頂く。いかがでしょう?」


「いいだろう。今よりそなたを王室技術顧問に任ずる。では、要望を聞こう、何を欲する」


「情報を集めて頂きたい。まずはこの国の全てを知る必要があります。そののち、ホランド王国を全ての情報を。さらに周辺国の情報を全て集め、分析し、今後の方針を決定いたします」


「城の資料を閲覧する許可を出そう、宰相には私から話しておく。閣僚達に軍や騎士団も同様だ。後は地方領主を説得しないと」


 頭が痛い、そう呟くが目は笑っている。負けて元々の状況が、僅かだが好転したのだ。問題は山積みでも、やる気に満ちている。


「ホランドへの回答は一年程度ならば引き延ばせる。その間にこの国を存続させる方法を考えてくれ。この国を残せるならば、金も人も幾らでも用意する。頼んだぞレオーネ」


「承知しました。全力で当たります」


 三人で頷き合い、今夜の晩餐は終わりを迎える。二人にとっては有意義な、アラタにとってはライブとの戦い以外に生まれて初めて高揚感を感じる会談となった。



 部屋に戻り、多少慣れてきた天然繊維のベッドに身を預ける。無駄に手間が掛かっており、軍艦の士官室のベッドとは広さも随分と違う。尤も眠るだけの場所だ、大して変わりはしない。

 いつもならば、すぐに眠ることが出来るが、今夜はどうにも寝付けない。原因の分からない高揚感が眠気を妨害している。新たな目的を見つけて、精神が高ぶっているのは理解している。だが、なぜこれほど心が沸き立つのかが理解出来ない。

 誰かに必要とされているから?一国の命運を握っているから?事が成った後の見返りを期待している?単に人助けがしたかったから?どれも違う気がする。

 しかし、この昂ぶりは悪くない、本当に悪くない。今夜はよく眠れそうだ。


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