第136話 ちくわ激撮
「
昼休み。校舎の屋上で昼食を食べていると、俺の目の前に座る
焼きそばパンを齧っていた俺は、それを止めて、眉間に皺を寄せる。
「何だ、いきなり」
「まあ、焦るな。順を追って説明してやる」
「誰も急かしていないが」
「昨日の夜、動画サイトをぼうっと眺めている時だった……」
差唐は、俺の言葉を無視して続ける。こういうことは、もはや何度あったか分からないくらい繰り返された出来事なので、俺も言い返すのを諦めて、パックの野菜ジュースを飲む。
母親からの弁当を、脇において、差唐は自分のスマホを取り出す。そう言えば、こいつはスマホを見ながら、食事をしないタイプだった。自由度は高いくせに、こういう所はきっちりしている。
「特に見たいものもないけれど、ホーム画面をずっとスクロールしているとな、変な動画が出てきたんだ。真っ黒なサムネに、端の方に数字が書いていて、タイトルは『無題』って奴」
「よくそんなの、夜中に見ようと思ったな」
「眠かったらからかな? 判断力が低下していて、怪しいとは思わなかった」
俺だったら、そんなの見ないけど。そう言おうとしたが、まるで自分がビビりのようなので、黙っていた。
スマホを操作していた差唐は、「これだこれ」と言って、自分が見つけた画像をこちらに見せようとする。俺は一度、片手でそれを制した。
「待て。それって、グロのじゃないよな? 食事中は、勘弁してほしいけど」
「大丈夫大丈夫。むしろ、食欲が湧く系だから」
差唐の返答の意味が分からずに、眉を顰める。そんな俺すら意に介さずに、差唐は自分のスマホを押し付けるように、動画を見せてきた。
全画面になっていた動画は、真っ暗だった。その右端には、撮影日と時間が刻まれていて、秒数がカウントアップされている。その撮影日は、現在からたったの半年前だ。
一見真っ暗のようだが、時々、カメラの前で白い小さな粒が、縦横無尽に動き回っている。雪に似ているが、動きがあまりに不規則なので、これはマリンスノーって奴じゃないかと気が付く。
「これ、深海の映像?」
「そう。ここに、衝撃的なのが映るぞ。瞬き厳禁だ」
新種の深海生物が現れるかもしれない。そんな期待に胸が高鳴って、「瞬き厳禁」という差唐の胡散臭い言い回しも、どうでもよくなってしまった。
その直後、画面の右側から何かが入って来た。それは、細長くも、掌に収まるほどの大きさで、茶色と白の模様をしている、深海ではありえないもの――。
ちくわ。
スーパーで売っているような、切れ込みを入れていないそのままのちくわが、まるで魚の一種のように、画面の右から左へと横切り、消えた。
「……今の、何?」
「すごいだろ! なんと、生きて泳ぐちくわだぜ!」
スマホを自分の手元に戻す差唐の目は、眩しく輝いている。この動画のことを、微塵も疑っていない。
頭痛がし始めた俺は、頭を抱えつつ、サンタクロースの正体は親だと教えるくらいに残酷なことを、差唐に告げようと口を開く。
「……差唐」
「何?」
「あれは、フェイク動画だ」
「はあ⁉ そんなわけがないだろ!」
輝かせていた目を一転、剝いてきた差唐を、どうどうと落ち着かせながら俺は続ける。
「最近のフェイク動画はものすごいんだ。アマチュアのレベルでも、海の中を泳ぐちくわのリアルな動画ぐらい、いくらでも作れる」
「いやいやいや。そんなちくわの泳ぐ動画なんて馬鹿げたもの、誰が作るんだよ」
「おまえみたいのを騙すためだよ」
はっきりと言われても、差唐は不機嫌そうな顔をするだけで、納得はしていない。
「ちょっと考えてみろよ。あんな形の魚がいるわけないだろ。目も口もない魚なんて」
「目なんて、退化して消えたんだろ。そんな生き物は、いくらでもいる。口はな、いつも開いている形にして、深海の少ない餌を効率よく喰うために進化したんだ」
「エラは? ヒレは? 尻尾は?」
「それも、滅茶苦茶退化しているけれど、確かに存在しているはずだ。一瞬過ぎて、よく見えなかっただけで」
「そんな魚が、あんなに速く泳げるか?」
「あ、分かった。エラと尻尾はない。口から入った水は、そのまま尻から出す。そんな風に、ジェットみたいに泳いでるから、必要が無くなったんだな」
「たったあれだけの動画で、そこまで想像を広げられるなんて、お前はすごいな」
呆れ顔で繰り出した、分かりやすい皮肉にも、差唐は「へへん」と胸を張る。
こいつ、変な陰謀論に引っかかるんじゃないか? そんな心配な気持ちが出てきたので、俺は差唐へのアプローチを変えることにした。
「じゃあ、百歩譲って、このちくわ動画が、本物だとしよう。それが、今まで全く知られていないのは、どうしてだ?」
「そりゃあ、政府が隠しているからだよ」
「イエティとかネッシーとかは、まあ、世界がひっくり返りそうだから、隠そうとするのは何か分かるよ。けど、お前、よく考えろ。ちくわだぞ?」
「ちくわを馬鹿にすんなよ。今まで自分が食べていたものは、加工品ではなくて、生の状態でしたって言われたら、みんなパニックだろうが」
「それも可笑しんだよ。実は、ちくわは漁で獲っていました。俺たちが知っているちくわの作り方は、実は嘘でしたって言うのは、無茶苦茶だろ。その嘘を付き通すのに、どんだけコストがかかるんだ」
「全てのちくわが、漁で獲っているわけじゃないと思うぞ。泳ぐちくわは、滅茶苦茶貴重だから、ほんのわずかしか市場に出ない。ほら、天然物のわたあめみたいに」
「ああ、わたあめか」
祭りの時に作られる、屋台のわたあめと、何かの番組で見たことがある、山肌に生えた小さなわたあめの姿を思い出していた。確か、天然のわたあめは、風に乗って空に飛ばす形になった植物の実だと説明されていた。
差唐の例えに、一瞬納得しそうになったが、慌てて取り消す。わたあめの例は事実だが、ちくわ動画の怪しさは募るばかりだ。
「差唐。この動画、拡散するのか?」
「しないよ。俺が広げたって分かったら、消されるかもしれないから」
「俺には教えた癖に?」
俺の呆れ顔を見て、差唐は白米を箸でつまんだまま、声を挙げて笑う。それは冗談だったらしい。
泳ぐちくわが本物だと思っていたとしても、それをむやみやたらと広めるつもりは差唐にはなさそうで、ほっとした。俺は遠慮なくツッコむが、友人が見ず知らずのやつにいじられて、傷つくのは嫌だったから。
「結局、次上はこの動画は偽物だと思っているんだな」
「そりゃあな」
「この動画の真偽を、俺達では確かめられないし、話はずっと平行線か」
「そうだな……ところで、お前が食っているそれは?」
差唐は、箸でつまんだ輪切りのそれと、俺の顔を見比べた。
「ちくわだけど」
「あの動画を見ても、普通に食べられるんだな」
「ちくわに罪はないからな」
そういう問題かと、首を傾げる俺をよそに、差唐は旨そうにちくわを頬張る。
泳ぐちくわを無邪気に信じつつ、普通にちくわも食べている差唐を見ていると、呆れる気持ちよりも、安堵の気持ちの方が強く出てきた。
「たとえ世界がひっくり返っても、お前はそのまんまでいそうだな」
「それって、褒め言葉?」
「さあ?」
さすがに怪訝そうにこちらを見る差唐に、俺は肩を竦めて、苦笑してみせた。
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