第118話 パラレル・パラレル・パラレル・パラレル・パラレル・パラレル


博士「遂に完成したぞ! これが、並行世界を観測できる双眼鏡だ!」


助手「流石ですね、博士! これで全ての化学賞を総なめです!」


博士「嬉しいことを言ってくれるが、少々落ち着きたまえ。まずは、本当に観測できるかどうかを試してみなければ。……では、助手君」


助手「は、はい!」


博士「君に最初の観測者になってもらおう」


助手「有り余る光栄でございます。では、こちらを使って博士の姿を……」


博士「待て待て待て。観測の結果、並行世界の私がとんでもない姿になっていたらどうするのかね」


助手「ああ、そうですね……。迂闊でした、すみません」


博士「気を付けたまえ。しかし、この双眼鏡では、生物の並行世界の姿を見ることが出来ないのだよ」


助手「どういうことですか?」


博士「生物は、些細な選択によって、無限に並行世界を生み出すことが出来るからね。現代の技術では、それを観測できないが、建物に対してならばそれが可能だ」


助手「分かりました。では、ここの窓から見える……あの焼き鳥屋さんを覗いてみましょう」


博士「ふむ。『焼き鳥・鳥家族』……。均一価格による、焼き鳥を中心とした旨い料理と酒、客のことを家族のようにもてなすことで人気を博す、居酒屋チェーン店か」


助手「博士、詳しいですね……って、ネットの情報ですか」


博士「こういう前情報が重要なのだよ」


助手「家族焼きっていう、特別メニューがおいしいんですよ。むね肉やもも肉があるんですけどね、どちらも選びきれないくらいにおいしんです。タレと塩の他に、スパイスもありまして、そちらも絶品です。僕個人的には、つくねのチーズ焼きも好きなんですよ」


博士「君の方が詳しいじゃないか。さて、右側のあるつまみを一つ回すと、ここから一つ隣の世界が覗ける。このつまみは、最大で千個分の隣りの世界を見れる。左側のボタンを推すと、写真を取ることが出来る。必ず押すように」


助手「分かりました。では、まずは隣の世界を……。むむ、ぼんやりしていますね……。あ、見えてきました。看板の色が全然違いますね。僕の知る、鳥家は、黄色に赤い文字の看板ですが、双眼鏡で見えるのは、それとは逆の配色になっています」


博士「なるほど。隣の世界の違いは、このような形か。この周辺は、恐らく間違い探しのようなささやかな変化であろうから、思い切って五十個分をずらしてみよう」


助手「はい。……見えました。ん? 店頭に人形が置いてありますね。マスコットキャラでしょうか? でも、どこかで見たことあるような……。ああ、あれ、テンタッキーのターネル人形ですね。テンタッキーのとは違って、店員のようなエプロン姿に、焼き鳥を持っています」


博士「これまた興味深い変化だ。その世界の鳥家族は、テンタッキーに買収されたということだろうか? 日本よりもアメリカの企業の方が景気が良いのだろうか? どうやら経済状況も映し出されているようだ」


助手「ええと、また五十個分、ずらしてみます。この世界から、百個ずれた世界ですね……。うわ、すごい。僕らの世界の鳥家はビルの一階ですが、あそこはお城のような豪華な建物丸々鳥家ですよ。メニューが外に出ていないので、断言出来ませんが、こっちのよりも値段が高そうです」


博士「ふーむ。高級料理の店として成功した鳥家族か。高級品としての焼き鳥というのは想像できんが、もしかすると、北京ダックなど、他の鳥料理を出しているのかもしれん。君、今度はさらに二百個分ずらしてみたまえ」


助手「はい。……あれ? こっちのとは、あまり変わりがないような……」


博士「本当かね? よく観察したまえ」


助手「ええと……ちょっと、さびれた印象がありますね……。お店、というよりもビル自体が黒ずんでいます……。あ、窓ガラスにヒビが入っていますが、何もされていません。スタッフ募集のチラシが出ていますね……。時給がとても高いです。ここの二倍あります」


博士「鳥家族が栄えていない世界なのかと思ったが、高い時給とは解せないな……。考えられる可能性は、人口が少なく、人の価値が上がっているということだろう」


助手「今更なのですが、鳥家が存在しない世界は観測されないのですか?」


博士「それを含めると、さらに膨大な数となり、観測自体も不安定なる。例えば、今回のように鳥家族を対象とした場合、この企業が存在可能な文明と歴史を辿った世界を観測できるようにしているのだ」


助手「そこまで絞り込むのも大変そうですね」


博士「その通り! まず、人類が誕生し、この瞬間まで存在している世界を絞り、また、この土地に国が勃興し、さらに、我々と同じ言語を用いている社会を見つけ出す……その他にも、様々なルールに基づき、観測可能な世界を見つけ出すためには、私の発明したソシエティア・アルゴリズム、加えて、先人たちが発見したピーロンド・システムと……」


助手「博士、今度は、五百個分ずれた世界を見ても良いですか?」


博士「……いいだろう。私の話はあとでゆっくり聞かせようか」


助手「見えましたね。でも、今度の鳥家族は、魚家族という名前になっていますね。焼き鳥ではなく、魚の切り身を串刺しにして焼いた料理を出しているみたいです。僕はさほど詳しくないので、魚の種類までは分からないですが、メニューにも説明は載っていません」


博士「そこは、焼き鳥ではなく、焼き魚がポピュラーな世界だな。食文化の違いか、はたまた、魚の養殖方法に革命が起きたのか。我々の世界では食用の『鶏』を『鳥』と総称するように、その世界では『魚』がある特定の一種を指すのかもしれぬ」


助手「この世界から遠く離れると、ここまで大きく違うのですね。一度、一番遠い千個分ずれた世界を覗いてみても良いでしょうか?」


博士「君も中々なチャレンジャーだな。いいだろう。最初の実験だが、思い切ってやってみたまえ」


助手「ありがとうございます! ……まだ、見えませんね……時間がかかっているようです……。あ! 見えました! 見えました、が……」


博士「どうしたのだね?」


助手「はあ、あの、正直に言いますと、全然違いがありません。唯一、名前が鳥貴族となっているだけでして……」


博士「そんな顔をしないでくれ。どんな結果でも、真摯に受け止めるのが科学者だ。名前というものが、物事の本質を表しているため、名前の変化が最大の変化となるのか……或いは、並行世界は円を描くような形で並んでおり、一番遠くに見えた世界は、我々のすぐそばにあったのか……」


助手「どうでもいいですけど、鳥貴族って名前、フィクション作品に鳥家族をモデルとしたお店を出すときに名付ける者みたいですね」


博士「そのような見方も、存外、本質をついているのかもしれん。さて、無事に並行世界の観測は成功した。学会発表用の論文をまとめよう」


助手「その前に、鳥家で焼き鳥を買ってきても良いですか? ずっと覗いていたら、食べたくなっちゃって……」


博士「……まあ、いいだろう。領収書をもらってくるのだよ」


助手「博士も中々ケチですね。じゃあ、いってきます」
























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