第28話 PLAY


『四番、指名打者、坂口選手、背番号三十一番』


 女性アナウンスの声が、夜の球場内に響く。

 専用の応援歌を背に、俺はバッターボックスに立つ。


 現在は九回の裏、こちらの攻撃、四対四のツーアウト、塁に出ている走者はなく、俺が最後のチャンスを担っている。

 試合相手は山ノ手サンダーズ、俺のチーム・鎌倉ファルコンとは長年のライバル関係のチームだ。


 そして今、目の前のピッチャーマウンドで俺を睨むのは、俺の幼馴染である山本哲也だ。

 彼とは家が隣同士の同級生だったため、物心ついた頃から一緒に遊んできた。俺にとって一番の親友と言える相手である。


 しかし、一度マウンドとバッターボックスで、それぞれバットとグローブを持って対峙すれば、俺たちは敵意むき出しの強敵同士に変わる。

 哲也は目を闘志でぎらつかせ、それでも決して油断せずに、こちらを伺っていることが伝わる。


 あいつが警戒するのはよく分かる。俺たちは、いつも朝から晩まで野球で遊びまくった中だ。つまり俺はあいつの手の内を、全て知っている。

 もちろん、それは俺も同じ状況だということを、忘れてはならない。


 哲也が、両手を高く掲げる。もう、何を投げるのか決めたらしい。

 俺はバットを強く握る。早く仕留めようとするならば、ヤツは一番得意のカーブを投げてくるはずだ。


 バシュッ! と、鋭い音が、キャッチャーミットに吸い込まれていった。

 俺はバッドを振っていたが、予想していた軌道をボールは掠れていた。


「ストライク!」


 審判が叫ぶ。サンダーズ側のサポーターが、わあっと歓声を上げた。

 しまった。ストレートだった。俺は憎々しげにマウント上の、ドヤ顔をした哲也を睨んだ。


 まさか、変化球好きの哲也が、ただのストレートにここまで磨きをかけるとは、思いもよらなかった。

 こいつはまだ進化をするつもりか。そう考えると、悔しくもあるが、俺の気持ちはどうしようもなく昂っている。


 キャッチャーに投げ返されたボールを握り、哲也は振りかぶると、こちらに向けて剛速球を投げてきた。

 今度はすぐにバットを振らずに、ボールの軌道を見極める。再び、ストレートを投げたようだ。タイミングを見計らい、バッドで鋭く宙を切る。


「ストライク!」


 ……審判が、そう言うまで、俺は何が起きたのか分からなかった。

 振り返ると、キャッチャーミットに収まり、煙を上げているボールが確認できた。


 シンキング・ファストボールか! 哲也の投げた変化球の正体が分かり、俺はそのまま歯噛みする。ここでまた、新しい球が来るとは思わなかった。

 確かに、今日は久しぶりのサンダーズとの試合だった。その間に、哲也はストレートと新技を身に着けてきたのか……。


 俺はそのまま、がっくりと膝をつきたくなる。あいつがこのゲームにかけている熱量に、白旗を上げたい気分だった。

 しかし、ここで良しとしないプライドが、まだ俺にもくすぶっている。


 哲也が、三球目を構える。俺もバッドを握りしめる。もう後がない、この投球で、全てが決まる。

 先程までの二球で、哲也はストレートとシンキング・ファストボール、どちらにも確かな手応えを得ているのだろう。ならば、ここで彼が投げるのは、この二つの新しい決め球か、それとも……。


 哲也の手からボールが離れ、バッドの射程距離に届くまでの一瞬で、俺はそこまで考え、本能的にバッドを振った。

 バッドに伝わるのは、確かな感触。白球が、弓なりに上へ上へと伸びていくのが見える。


 ぽかんと口を開けている哲也は、沸き上がった歓声で我に返った。ボールの軌道を辿って後ろを見るが、もうそれは、観客席に吸い込まれた後だった。

 俺は右手でガッツポーズをしたまま、ゆっくりと塁を回った。


「……あー、逆転されたー!」


 真横で、哲也がそう叫んで、コントローラを乱暴に手放す。

 ずっとゲームの中に入っていたように集中していた俺は、眉を顰めて哲也に注意した。


「おい、乱暴にするなよ。俺のコントローラだぞ」

「なあ、なんであそこで、カーブが来るって思ったんだ?」


 俺の言葉を無視して、哲也は純粋な瞳でこちらに問いかける。

 俺は、ストレートで一本取られたお返しにと、にやにや笑いながら答えた。


「簡単だよ。お前の性格上、ここ一番ってときは、やっぱり勝負球のカーブを投げるって、分かってたんだ」

「ああー、そっかー」


 哲也は本当に悔しそうに、拳を膝に叩きつけている。

 俺は、正直三球目を投げる瞬間まで迷っていたとは言わなかった。


「けど、まさか新技覚えてくるなんてな。バイト始めて、忙しいとか言ってなかったか?」

「ああ、毎日へとへとだよ。けど、睡眠時間削って、練習した」

「そこまでするかよ」


 俺は膝を叩いて笑ったが、一方で、大学生になっても、ずっと同じシリーズの野球ゲームで一緒に遊べる親友のことが、誇らしくもあった。


「二試合目やろうぜ。このまま負けたままじゃあな」

「おう。受けて立つぜ」


 俺たちは再びコントローラを持つ。

 ちなみに、本物のバッドとグローブは、体育の授業以外に触ったことはない。


















































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