日常キリトリ線

夢月七海

第1話 傘を差す予言者

   〇


「降るよ。これから降るよ」

 

 そいつは遠目から見ても、かなり目立った。


 こんな気持ちのいい快晴の日に、紳士用の巨大な蝙蝠傘を持って、歩道の真ん中でそう騒いでいるから、きっと頭のオカシイ奴だ。

 いつもなら無視するのだが、俺は通り道が塞がれたのと、そいつに言動にイライラして何か一言言ってやろうとそいつに近づいた。


「降るよ。降るよ降るよ」


 俺が目の前に来てもそいつはまだ繰り返している。遠くからだと気付かなかったが、両手で傘を握ったそいつは小さく揺れていた。

 こうして真ん前で見ると、そいつは俺と同い年、二十代前半ぐらいに思える。


「降るよ。今すぐ降るよ」


 そいつが焦った様子でそう言うので、俺は思わず空を見た。そびえ立ったビルの上は突き抜けるような青空で、雲は欠片も見当たらない。

 俺は上を指差しながら言った。


「見ろよ、こんなに晴れているじゃないか」


 しかしそいつは何度も瞬きをして、また口を開く。


「降るよ。降るよ。降るよ!」

「だから…」


 降るわけがないってと言いかけた瞬間、頭に衝撃が走った。

 なんだと思う前に、冷たい! と感じ、顔が強制的に、下に向かされた。


 それは水だった。遥か上から、滝のように大量の水が、降ってきたのだ。

 ありえない量の水の圧力に、俺は耐えきれなくてだんだんと体が沈んでいく。

 なんだか、バラエティの罰ゲームのように水を頭からかけられている自分を、イメージしていた。


 三十秒ぐらい放水が続いて、やっと止まった。

 髪の毛も服もびしょぬれで、水に押された後の中腰のまま、俺は予想外の出来事に、全く動けなかった。


「降った」


 そいつは水滴の光る傘を閉じて、満足そうにそう言った後、やっとマヌケ顔を上げた俺を残して、さっさと歩いて行った。





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