第二章 第二王女の価値

 朝の光が、部屋の中に射し込んでくる。この部屋で迎える最後の朝だと思うと感慨深い。安物のベッドとはいえ、一年は世話になった。ウィルはシーツの上をひと撫でして、その手触りを今一度確認した。

 今日からは、王城勤め。ウィルの部屋は城内に用意され、生活の場は基本的に全て城の中に移る。今まで住んでいた義勇兵団のための宿舎は、今日限りで引き払うことになっていた。

 この部屋は、ウィルにとっては記念すべき、王都での初めての生活の場所だった。先の戦争の間、ここを根城として訓練をおこない、戦場におもむき。その後は、貴族の屋敷に警護として雇われていた。

 英雄としてもてはやされてはいたが、実情は飼い殺しのようなものだった。戦争のない時、兵士にできることはほとんどない。それでも、王都の護りを任されているということは、メリアの住む場所を護っているのだと誇りに思うことができた。

 それが、いよいよ王城に入り、メリア王女付きの警護役だ。

 少ない荷物を肩にかけると、ウィルはベッドと収納だけの狭い部屋の扉を閉じた。さようなら、昨日までの自分。今日からは、メリアの近くで、全く新しい生活が始まる。

 外に出ると、朝日の方向に王城の尖塔が見えた。メリアのいるあの場所が、今日からウィルの居場所になる。そう思っただけで、心がはやってくる。

 左掌を太陽にかざすと、手首に巻いたブレスレットがきらきらと光輝いた。



 アークライトの城内に通されて、最初に案内されたのは自分の部屋だった。前の部屋と、広さ的にはあまり変化はない。ベットのシーツがシルクになったくらいだろうか。第一印象があまりにも似通っていたので、ウィルは思わず苦笑いした。

 ベッドの上に荷物を投げ出してクローゼットを開くと、第二王女付き警備兵の制服が入っていた。早速をそでを通して、姿見に映してみる。白地に青とピンクのライン、アークライト王家の紋章。衛兵たちと基本は同じだが、そでえりのデザインの違いで所属が判るようになっている。

 採寸は事前に済ませておいたので、きちんとしつらえてある。義勇兵団の時には決まった制服などなかったので、新鮮な感じだった。この服を着ることは、メリアを護る役割を持つということ。そう考えると、とても大事なものに思えてくる。鏡の中で、背の高い黒髪の男が目を細める。メリアの横に立って、恥ずかしくない男だろうか。自然と身体中に力が入った。

「ウィル殿、よろしいでしょうか?」

 突然扉がノックされて、ウィルは慌てふためいた。使いの兵が、訓練場まで案内するように、と命じられてきたという。騎士団ではない、通常の城の衛兵だ。「いいですね、似合ってますよ」などと言われて、ウィルは照れて軽く咳払いした。

 訓練場は、石造りの広間になっていた。闘技場といったところか。天井は吹き抜けになっていて、遥か上方に青空が見える。誰もいないな、と周囲を見回すと。

「やぁ、ウィル。ごめんね、いきなりこんなところに呼び出して」

 軽いノリで、メリアが入ってきた。

 先日見た時は、いかにもお姫様といういでたちであったが、今日のメリアは萌木色の長いスカートに、白いブラウスと、上品ではあるが普通の服装だった。普段着、ということなのだろう。それでも、一つにまとめた金髪がきらきらと光って、十分に美しい。

 その後ろから、衛兵が二人現れた。ウィルと同じ、第二王女付き警備兵の制服。一人は顔合わせの際に控えていた金髪の男。もう一人は。

 美しい赤毛を丁寧に一本に編み込んで、顔の横から垂らしている。厳しい眼をしてはいるが、何処か柔らかさを感じる顔付き。視線を下げて、ウィルはようやくその理由を察した。女性だ。恐らくまだ二十に届かない程度の、若い女の警備兵だった。

「君の同僚になる、先任者のカリム・ファーガソンと」

 金髪の男が、仰々ぎょうぎょうしく頭を下げた。聞くまでもなく騎士団だろう。

「その従士、ルイザ・レインハートだ」

 赤毛の女性が頭を下げた。従士、ということは騎士見習みならい、部下ということか。であればこの赤毛の女性も騎士団だ。確かに背筋はぴんと伸びて真っ直ぐだし、余計な所作しょさなど一つもない。

 そして何より、ウィルのことを仇敵きゅうてきのように敵視しているのを感じる。ウィルは失礼のないように、気を付けして深々と頭を下げた。

「ウィル・クラウドです。ご指導ご鞭撻べんたつのほど、よろしくお願いいたします」

 ウィルの様子を見て、騎士の二人は顔を見合わせた。それから小さくうなずきあう。嫌な予感がしたところで、メリアが口を開いた。

「えーと、早速で申し訳ないんだけど、ウィルの警護役としての実力を測りたいと、そういうことなんだよね」

 はぁ、と言おうとしたところで、木剣が放られた。手に取って構えると、ルイザが一歩前に進み出た。

「ウィル・クラウド殿、義勇兵団の英雄と聞いているが、その力を我々は直接見たわけではない」

 カリムが後ろに下がり、腕を組んで話しかけてきた。メリアがその横に並んで、にっこりと微笑んだ。

「まずは実力を見せてもらおうか」

 カリムの言葉を合図に、ルイザが木剣を向けてきた。

 ルイザは女性であるし、体格もウィルよりも一回りは小さい。どうあしらうべきかと思い悩んでいる隙に。

 鋭い突きが、ウィルの咽喉元に迫っていた。意識よりも早く感覚が察知して、身体が勝手に動く。ウィルは攻撃を間一髪で避けて、後方に飛び退いた。貴族の屋敷の警護などしているせいで、完全になまりきっている。

 この相手、ルイザは並の使い手ではない。

「今の一撃を避けただけで大したものだ」

 カリムは不敵な笑みを浮かべた。ルイザはすぐに体勢を切り換えて、次の斬撃を繰り出してきた。

 ウィルは咄嗟とっさにそれを木剣で受けた。ガッ、と激しい音がして、足が滑る。重い攻撃だ。ウェイト差など少しも感じさせない。

「暗殺者が常にいかつい男だとは思わないことだ」

 カリムの言葉に、なるほど、とウィルは納得した。

 確かにウィルの判断ミスだった。年端もいかない少女に見えても、ルイザは騎士団の一員であり、メリアの警護役を担っている。手練てだれでないわけがない。

 油断が命取りになる。戦場できたえた勘がなければ、最初の一撃で喉笛を砕かれて、一日目にして城から退場の憂き目に遭うところだった。

 ルイザの剣筋は鋭い。素早く、正確にウィルの急所を狙ってくる。

 だが、ウィルからすればその攻撃はあまりにも直線的で、予想がしやすいものだった。

 こちらが向こうの力量を見誤ったのと同様、向こうもこちらを舐めてかかっているのなら。

 わざと作った構えの隙間に、ルイザは予想通り突っ込んできた。素早くていい判断だ。相手がそれを望んでいなければ。

 ウィルは木剣を瞬時に逆手に持ち替えて、ルイザの手元に見えない方向からの一撃を浴びせた。

「あ!」

 ルイザの口から、初めて声が漏れた。同時に、木剣がくるくると回りながら宙を舞う。カリムの顔から笑みが消えて。

「よしっ」

 メリアが小さくガッツポーズを決めた。

 若いのに大した使い手だ。ウィルは自分のことを棚に上げて感心した。右手首を抑えて、ルイザはその場に膝をついた。直接打ち込んではいないので、しばらくしびれる程度で済むだろう。ウィルが歩み寄ると、ルイザは憎々しげに見上げてきた。

「そんな目で見ないでくれ。これからは仕事仲間なんだ」

 ウィルはにこやかに笑いかけて手を差し出したが、ルイザはそれを無視して無言で立ち上がった。そして、振り返ろうともせずにカリムの下に去って行った。



 訓練場で一戦を交えた後、ウィルのそばにパメラ・リースと名乗る侍女が近寄ってきた。早速汗とほこりにまみれたウィルの姿を怪訝な顔で眺めまわして、パメラは、はぁ、とため息をいた。

「いきなり災難でしたね」

「まあ、騎士団は俺のことを面白くは思ってないんでしょう」

「それだけではないですよ」

 ちらり、とパメラはカリムたちの方に目を向けた。カリムとルイザが何やらやり取りをしている。メリアはその横で、ひらひらとウィルに向かって手を振っていた。

 本当に、災難だ。

「ウィル様に城内の案内をするように申し付けられております。どうされますか? 今すぐでも構いませんし、少し休まれてからでも構いません」

「なるべく早く仕事に取り掛かりたい。すぐにでも案内してくれ」

「ではそのように」

 優雅に一礼して、パメラはメリアの方に歩いて行った。二言三言何か言葉を交わして、ウィルのところに戻ってくる。メリアはカリムたちと共に訓練場を出て行った。

「さあ、参りましょう」

 パメラはいかにもな作り笑いを浮かべてみせた。


 パメラの後について、ウィルは城内を一通り見て回った。公務で特に関係がありそうな場所、毎日の生活で必要になりそうな場所、普段間違えて立ち入ることがないように気を付ける場所。迷路のように入り組んでいて、なおかつ途方もなく広い城内を、パメラは迷うことなくすいすいと進んでいく。ウィルは頭の中に地図を描くだけで精いっぱいだった。

 様々な場所を訪ねる中で、騎士団の兵はあからさまにウィルに敵意を向けてきた。挨拶をしてもろくに返事をしない者もいる。それは騎士の礼儀としてどうなんだ、とも思ったが、波風を立てないようにウィルはぐっと飲み込んだ。

「やっぱり、歓迎されていないみたいですね」

「そりゃあまあ、来ていきなりやらかしてますからねぇ」

 パメラの言葉にも、若干のとげがあった。

「城に来た初日にメリア王女に抱擁ほうようされたとか、その話でもちきりでしたから」

「それは、まぁ」

 久しぶりの再会で、ウィルもメリアも感極まっていたのは事実だ。一歩間違えばその話は「メリア王女と抱き合っていた」になっていた可能性もある。自分の理性が勝利して本当に良かったと、ウィルは内心で胸を撫で下ろした。

「それに、先ほどルイザ様を打ち負かされたことも、すぐ噂になるでしょう」

 現役の警備兵、騎士団の手練てだれから一本取ったとなれば、やはり嫌でも注目される。義勇兵団としては勇名を上げることになるのだろうが。実際に城内で生活するウィルにとっては、やや息苦しくなることは避けられそうにない。

「城の衛兵などは喜びそうですけどね。騎士団をこころよく思わない者もおりますから」

 それはウィルも感じていた。ウィルを訓練場に案内してくれた兵士や、他にも案内中に出会った兵士たちの中には、友好的で気さくに話しかけて来る者もいた。騎士団の厳しさは、誰にとっても受け入れられているわけではないのだろう。

「どちらにしても、メリア様は城内でも人気がありますからね。色々とお気を付け下さい」

 パメラにそう言われて、ウィルは気になっていることを訊いてみた。

「俺のことは、その、メリアから何か聞いているのか?」

 じろり、とパメラがウィルを睨み付けた。見た目はふんわりとした侍女なのに、物凄い威圧感だ。ウィルは背筋がゾッとした。下手をすればルイザよりも恐ろしいかもしれない。

「ご自分の雇い主のことを、呼び捨てになさらないでください」

「あ、えーっと、メリア様か」

 ウィルが慌てて言い直すと、パメラはその日もう何度目か判らないため息を吐き出した。

「私は幼少の頃からメリア様にお仕えしております。ウィル様のことも、話に聞いておりました」

 そうなのか、とウィルは嬉しくなった。メリアは自分のことを覚えてくれていた。この想いが自分だけのものではないと思うと、胸がじんと熱くなる。

「メリア様はずっとウィル様に会いたがっておりました。しかし」

 ぐいっ、とパメラはウィルに詰め寄った。素早い踏み込みだ。ウィルは一歩も動けなかった。実は武術の達人だと言われても何の不思議もない。。

「メリア様はアークライト王国の第二王女、姫様です。あなたはその警護役。判りますね?」

 火を噴かんばかりのパメラの剣幕に、ウィルはたじたじとなった。




 日没が近くなって、いよいよウィルがメリアの警備を担当する当番となった。緊張しながら、メリアの執務室に向かう。いきなり道に迷うという失態を犯すわけにはいかない。パメラに教わった道筋通りに歩いて、ウィルは執務室の扉の前までやって来た。

 扉の向こうからは、何やら楽しそうな話し声が聞こえてくる。メリアと、パメラだろうか。女性同士のさえずるような会話。ウィルは軽くノックして執務室に入った。

「失礼します。警護の交代でまいりました」

 室内には、大きなデスクに向かって座っているメリアと、ルイザがいた。ウィルの方を向くまでの短い間、ルイザは年相応の少女のような明るい笑みを浮かべていたが。

 ウィルに気が付くと、すぐに仏頂面になってしまった。

「交代ですので」

 ルイザは姿勢を正すと、メリアに向かって敬礼した。

「うん、お疲れ様」

「失礼します」

 呆然と見つめるウィルの前を通って、ルイザは規則的な靴音を立てて執務室を出て行った。その後ろ姿を、ウィルはしばらくぽかん、と見送っていた。

「ウィル、いつまでそこに立っているんだい?」

 メリアに言われて、ウィルは我に返った。色々と思うところはあったが、まずはメリアに声をかけなければならない。

「ウィル・クラウド、警護の任務に入ります」

「はい。よろしくお願いします」

 にっこりと笑ったメリアの笑顔を見て、ウィルはようやく落ち着いた気がした。


「せっかく来てもらったのに、一緒にいる時間が少なくて申し訳ないね」

 書類を広げて目を通しながら、メリアは少し浮かれた口調でそう言った。

「仕事で来ているからな。それは仕方ないさ」

 ウィルの方をちらり、と見て。

「ふふ、ウィルが大人みたいなこと言ってる」

 メリアは楽しそうに破顔した。

「大人、になったつもりなんだけどな」

「そうだね、二人とも大人になったね」

 ふと昔を懐かしんで、遠くを見る目をしてから。メリアは再び手元の書類に視線を戻した。

「本当は、昔のこととか、話したいことはいっぱいあるんだけど」

 手元の書類の束を置いて、別な書類を取る。ぱらぱらとめくって内容を確認して、また別な書類を持つ。せわしない動作に、ウィルは見ているだけで気が滅入ってきそうだった。

「忙しそうだな」

「まあね、これは果物の販売許可に関する申請だよ」

 城下で商売が行われる際、特に一時的な屋台に関するものは王城に申請を出す必要がある。

 外国から持ち込まれたものには関税がかかるため、関所でその徴収が行われているかの確認をおこなうことになっている。

 また、果物は傷みやすい。販売される時には、持ち込まれた日付からどれだけの日数が過ぎたのかを調べなければならない。

 果物の中には、麻薬成分を含むものもある。そういった禁制品が販売されていないかの調査など、慎重に取り扱う必要がある。

「果物って、特に面倒なんだよ」

 メリアはがっくりと肩を落とした。

「こういう書類は大臣たちが作成して、父上が決裁をおこなうんだけどね。父上だけでは手が回らないんだ」

 アークライト王国で起こる全てのことには、国王に決裁権がある。本来ならありとあらゆるものごとに対して、国王自らが判断を下すべきなのだろうが。当たり前のように、そこまでのことをする余裕はない。

「結果的に、私が手を動かすことになるのさ」

 王族の一員として、ある程度のことは王女であるメリアが代理決裁をおこなっていた。

「他には誰かいないのか?」

 ウィルの問い掛けに、メリアはうーんとうなった。

「私には、兄と姉がいるんだけどね」

 メリアの兄は第一王子、王位継承権を持つ王族であり、次期国王は彼に内定している。

「兄様は北方の各国との連携を密にするため、常に外遊中だ。私もほとんど顔を見たことがない」

 第一王子は今も何処か諸外国におり、詳しい所在は国防上の機密としてメリアにも知らされていなかった。

「姉様は他国の王族に嫁いでいったよ。そうやって国と国との関係を緊密にすることも、王族として大事な務めだ」

 メリアの姉、第一王女は数年前に大きな港のある国にもらわれていった。貿易の際、便宜べんぎを図ることができるということで、明らかな政略結婚であった。

「そんなこんなで、城にいるのは私だけ。面倒は全部ここに回って来るって寸法さ」

 くーっとメリアは伸びをした。そのままぐったりと椅子の背もたれに寄りかかる。「疲れた」と小さくつぶやいてから、ウィルの視線を感じてくすっと笑った。

「大変なんだな」

 王族の苦労というのを、ウィルは考えたこともなかった。特に何もせず、一日椅子に座ってふんぞり返っていれば良いのかと思っていた。メリアの話を聞く限り、実際にはなかなかどうして神経も使うし、細かい仕事も多いようだ。

「大変だよー。でも、この仕事の方がマシだとも思うんだよね」

 椅子の上で、メリアはごろん、と転がった。身体を横向きにして、膝を曲げる。丸くなった姿勢で、メリアはちらり、とウィルの方に目を向けた。


「私だって、いずれはどこかの国の王族と婚姻させられる」


 メリアの言葉に、ウィルははっとした。メリアはウィルから目線を逸らすと、寂しげに眼を閉じた。

「第二王女なんて、それぐらいしか価値がないんだ」

 何か声をかけようとして、ウィルは自分が無力であることを知った。メリアを護るために、戦場で戦い抜いて、ここまでは辿り着いた。だが、メリアの立場に対して、ウィルは何の力も持っていない。

 メリアは、アークライト王国の第二王女だ。それに対して、ウィルはただ、剣の力が強いだけの英雄。警護担当の兵士。メリアを護る剣。それでいいのだろうか。

 ウィルは、ぐっと拳を握り締めた。

「ウィル」

 メリアが、ウィルの名前を呼んだ。懐かしい声。その呼び方は子供の頃、二人きりの時に聞かせてくれた、一人の少女のものだった。

 アークライト王国第二王女、メリア・アークライトではなく。

 ウィルと共にいた女の子。メリア。


「私には、姫様なんてむいてないよ」




 陽が落ちて、メリアも就寝した。城の一日は終わって、静けさだけがやって来る。

 メリアの言葉が忘れられず、ウィルはなかなか寝付けないでいた。第二王女として執務をこなすメリア。そして、いつかは政略結婚の材料にされるメリア。王女であることに一生懸命で、それでいて、何処かでそれを認めたくないと願っているメリア。

 ウィルは寝床から起き上がった。じっとしていても、眠れそうにない。こういう時は身体を動かすべきだ。頭の中に城内の地図を広げて、何度か行き止まりにぶち当たりながら、ウィルは訓練場までやって来た。

 もう深夜であるし、誰もいないだろうと思っていた訓練場には、同じ第二王女付き警備兵の制服を着た人物がいた。

 ルイザ・レインハート。赤毛を揺らしながら、鋭く剣を振るい、踏み込み、斬りつける。無駄がなく、洗練された剣技は、演武として見ても実に完成度が高い。しばらく、ウィルは暗闇の中を舞うルイザの動きに見惚れていた。

「おーい、えーっと、ルイザ殿、だったか」

 ウィルが声をかけると、ルイザは嫌そうな顔を隠そうともしなかった。ふん、と荒く息を吐いて、剣を降ろす。そうやって立っているだけでさまになるのだから、騎士団というのはしっかりしている。

「一緒に仕事をする仲間なんだ、そんな顔をするなよ」

 無言のまま、ルイザはきびすを返した。その背中を黙って見送ろうとしたが、ウィルは意を決してもう一度声をかけた。

「ルイザ殿、剣の訓練に付き合ってはいただけないだろうか?」

 ルイザが足を止めた。それを認めて、ウィルは更に言葉を続けた。

「一人の訓練ではどうしても限界がある。ルイザ殿ほどの手練てだれであれば、剣を交えることで学べることが多いと思うのだ。いかがだろうか?」

 嘘ではない。実際、ルイザが剣の達人であることは確かだ。一人で闇雲やみくもに剣を振り回すよりは、ルイザに相手になってもらった方が訓練としては身になる。それに。

 ルイザは仕事の仲間なのだ。もう少し親しくなっておいて、悪いことなどないだろう。

 しばらくその場に立ち尽くしてから、ルイザはゆっくりと振り返った。木剣がウィルに向かって構えられる。せめて何か言ってほしいと思いながら、ウィルも木剣を手に取った。


 何度か剣を交えて、段々とウィルはルイザの動きが判ってきた。ルイザの方も同様で、ウィルのフェイントや、わざと隙を作って打ち込ませるやり方を学んだようだった。

「ルイザ殿は、メリア様の警護をしてどの位になる?」

 不意を突かれたのか、ルイザは思わず返事をしていた。

「三年」

 言ってから、はっとしたように口をつぐむ。その様子がおかしくて、ウィルは微笑んだ。

「しゃべったら負け、ということもないだろう」

 激しく身体を動かしながら、何度か短い言葉のやり取りが続いた。


「メリア様とは親しいのか?」

「話はする」

「年を聞いてもいいのかな?」

「十八だ」

「カリム殿とは長いのか?」

「こちらに来てからだ」

「剣技は我流か?」

「騎士団で教わった。一部は我流だ」

「侍女の、なんて言ったっけ?」

「パメラ殿か?」

「ああそうそう。パメラとも親しいのか?」

「・・・正直少々苦手だ」


 どのくらいそうしていただろうか。二人とも息が上がって、くたくたになっていた。

 断片的な会話だったが、ウィルはルイザのことが少し判った気がした。負けん気が強くて、真っ直ぐで。任務に忠実な、実に騎士らしい人物だ。

 それでいて、メリアとは親しいみたいだし、あのパメラに対する苦手意識もウィルと同様だ。仕事仲間としては、問題なくやっていけそうな気がする。

「いい運動になった。良かったら、また相手になってくれるか?」

「・・・たまになら」

 苦しそうな呼吸の合間にそう応えて。ルイザは笑った。ああ、良い笑顔だな、と。ウィルはさっきとは違う理由で、ルイザの姿に見惚れてしまった。

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