《01-04》

「夜更かしした君は必然的に寝過ごした。だが、君には幸運があった。それは徒歩で通える距離に家があるという点だ」

「僕の家を知っているんですか?」

 

 菜留の問いに、少女は小さく首を振った。

 

「君の家を知っているのではない。私が知っているのは、君の家が徒歩で通える範囲にあるということだ」

「場所を知らないのに、家が近いって解るんですか?」

「簡単だ。家が遠ければ通学は電車になる。電車はダイヤ通りにしか動かない。ここは郊外だ。朝でも十分に一本しか来ない。寝過ごしても発車に間に合えばいつも通り。間に合わなければ遅刻は確定。走り込んで来る必要はない」

 

 菜留は感嘆した。

 少女の組み立てる理論は小説に登場する探偵を思わせる。

 真実を見抜く不思議な瞳を持ち、自信に満ち溢れた名探偵に。

 

「君が間違えたのは教室だけではなかった。下駄箱もだ。ついうっかり、一年の頃に使っていた下駄箱に靴を放り込んでしまったのだ」

「なるほど。素晴らしい推理だと思います」

 

 菜留は調子を合わせる。

 しかし数秒前の感嘆は、今や落胆に変わっていた。

 

 菜留は探偵小説が大好き。登場する名探偵達は憧れの存在だ。

 彼らに近付こうと、色々と想像する事も多い。

 そんな彼には少女の組み立てた推理の欠点が明らかだった。

 

「私の推理は話にならない、そう言いたげだな」

「いえ、そんなことは……」

「いいだろう。君の中にある疑問を言ってみたまえ」

「下駄箱には上履きが入っているはずです。この上履きは自分の物。間違いありません。つまり自分の下駄箱から取り出したということです。だから一年の下駄箱に入れたというのは理屈に合わないんです」

 

 菜留は自信を持って言い切った。

 

 それを聞いた少女が自分の勘違いに照れる。

 ついさっき、今の雰囲気からは想像できないあの可愛い顔を、もう一度見てみたいという思いがあった。

 

 しかし、そんな菜留の妄想とは反対に、少女は不敵な表情に変わる。

 

「君はかなり睡眠不足だったのだな」

「どういう意味、ですか?」

「思い出してみたまえ。君は下駄箱から上履きを出してないはずだ」

 

 少女の指摘に菜留が息を飲んだ。

 

 教室の机。横に提げた巾着袋。

 今朝は靴をそれに入れて持ってきたのだ。

 

「今日は月曜日。上履きは週末に持って帰って洗浄するものだ。今、君が履いている靴は、とても汚れが少ない。つまり……」

「そうです。上履きは今日持ってきました」

「もう答えは近いな。君が一年の頃に使っていた下駄箱はどこだ?」

 

 

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