恋するメドゥサ
紅子 縁璃
《01-01》
【1】
《四月十六日(月)》
県立藤見野(ふじみの)高校は、四月六日に大きな変化を迎えた。
入学と進級である。
それから一週間ちょい。
新入生は高校生活に慣れ始め、在校生達も新しいクラスに馴染みつつある。
新しい生活が平穏な日常に移り変わる頃。
午後四時十五分。
下駄箱の釣戸を開けた神楽坂 菜留(かぐらざか なる)は小さく驚きを漏らした。
中にあるはずの靴が消えていたからだ。
菜留。
その名前の雰囲気を反映してか、彼は少し中性的な顔立ちをしている。
男子としては色白で細身。身長も低い部類に入る。
飾り気は薄く、髪は天然の黒。装飾品の類もない。制服の着方も無個性。
好意的な表現をするなら古風な優等生タイプだ。
「今日はどうもついてないよ」
溜息交じりに呟く。
上手くいかない一日だった。
夜更かしが祟って、遅刻ギリギリ。
しかも慌てていたせいで、去年のクラスに飛び込んでしまった。
当分は新入生や悪友達が笑いの種にするだろう。
重い息を、もう一度吐いて、足元に目を落とす。
上履きは白く綺麗。これで帰るのは抵抗がある。
探すしかないのだが、各校舎の玄関口となっているここには全校生徒千人分を越える下駄箱がある。
一つずつ中を確認すると膨大な時間が掛かってしまう。
そもそも他人の下駄箱を覗いて回るのは、倫理的にダメな気もする。
朝の状況を思い出す。
遅刻間際で駆け込んで、靴を履き替えた。
その後、間違いなく下駄箱に入れた……はずだ。
「困ったな」
「そこの君、何をしている」
後ろから届いた声に振り返った。
メタルフレームの眼鏡を掛けた少女だった。
肩より少し上で揃えられたクセの強い髪が、あちこちで不規則なカールを描いている。
瞳は切れ長。鼻は細めで形良く、薄い唇には控え目なルージュ。肌の色は淡い。
もちろん、菜留と同じ制服、濃緑色のブレザーに校章入りの白シャツ。
丸い留め具のループタイ。
唯一の相違点であるスカートに目をやった。
今時珍しい校則通りの膝下丈だ。
新入生かな、と菜留が思った直後。
「私は三年。君の先輩にあたる」
言いながら、胸元の名札を誇示してみせる。
柔らかそうな膨らみから、菜留は慌てて目を逃がした。
「ん、どうした?」
「あ、いえ、確認できました」
藤見野では名札に入った縁取りの色で学年が識別できる。
彼女は三年を表す赤。菜留は青。ちなみに新入生は緑になる。
「そうではない。今、君は急に挙動不審になった。その理由を聞かせてもらいたくてな」
レンズの向こうで目が細められる。
射抜くような視線に、菜留は無意識に半歩下がった。
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