サトリ/完全未来予知

京正載

第1話 大前春菜

 春菜と同棲を始めたのは、およそ3ヶ月程前からだった。

S駅前のマンションの一室。そこが私、河内幸介と大前春菜の愛の城だ。

春菜は私より2歳年下の23歳で、幼い頃に両親を亡くした辛い過去があるせいか、相思相愛の仲である私に対して、何かと甘えたがる少し幼い一面のあった。

私達は同じ職場に勤める間柄、つまり職場恋愛によって結ばれた仲なのだが、今は仕事が忙しくて、結婚はもう少し先になるだろう。

それまでは同棲生活を満喫しようと思っていたのに、最近、彼女の様子が妙におかしい?

 その日も朝の出勤時、S駅で私と彼女は電車を待っていた。

電車はいつものように、何の変わりもなくホームに定刻に入って来る。

私にはそうとしか見えなかった。だが、

「幸介………………」

電車に乗ろうとした私を、何故か春菜は神妙な面持ちで引き止めた。

「乗らないで。この電車に乗っちゃダメ」

「な、何を言ってるんだい。次の電車を待ってたら遅刻しちゃうぜ?」

そう言い返す私に、彼女はただ無言のまま、何かに脅えるように、必死になって私を、ホームに引き止めようとしていた。

「いったいどうしたんだ? 何故、乗っちゃいけないんだ?」

「絶対にダメッ!」

二人で言いあっている間に、とうとう発車のベルが鳴ってしまい、私と春菜はその電車に乗ることができなかった。

仕方無く私と彼女は、タクシーで会社に向かうこととなったが、その間も彼女は黙ったままシートに座わって、何かを恐れているかのように黙り込んでいた。

そんなに仕事に行きたくないのだろうか?

上司に何か言われたとか、同僚からセクハラを受けているとか…………………?

いや、それは考えにくかった。

今朝、家を出るときの彼女は、いつものようにニコニコと、天使のような笑みをうかべていたではないか?

彼女の変わりように、会社が関係しているとは思えない。

なら、他にどんな理由があるというのだ?

考えてみれば、彼女の様子が急に変わったのは、今日、駅に着いてからだった。

さらに正確に言えば、改札を通るときでさえ彼女が笑っていたのを、私は覚えている。

と、いうことは、プラットホームで何かあったということになるが?

「春菜、今日はいったい、どうしちゃったんだい?」

「ゴメン、幸介。ただ、あの電車にだけは、乗っちゃいけないような気がして…………」

「え?」

そのときだった。

タクシーのラジオに、電車の脱線事故のニュースが入ってきたのは。


 脱線事故を起こした電車は、私と春菜が乗る予定だった、あの電車であった。

死傷者30名以上、その日の夕刊の第一面を、大々的にその記事が紙面を飾った。

春菜の言うことを聞かずに、あのまま電車に乗っていたらと思うと、背筋が寒くなる。

しかし何故……………………、

「春菜、どうしてあの電車が事故を起こすって分かったんだ?」

「そ、それが、私にもよく分らないの………………………………」

帰宅後、私は彼女にその事を聞いてみたが、当人も困惑しているのか、それとも事故のことを知って、ショックを受けたのか、どうにも落ち着きを取り戻せずにいる。

「ただ………………」

「ただ?」

「…………ただ、何故かホームにいるとき、頭の中に事故の様子が見えたの。まるで空から事故の様子を見下ろしているかのように」

「おいおい、どこかのインチキ霊能者じゃあるまいし?」

よくテレビで見るような、超常現象だの、オカルト現象だの、そういった眉唾な話しが、私は何より大嫌いだった。

そのことは、彼女も知っているハズなのだが?

「いったい、どうしてしまったんだ?」

「分からない、ホントに分からないのっ!!」

彼女は脅えるように頭を抱え絶叫した。

まるで自分が自分でなくなってしまったかのように。

 そして、その5日後の夜。

またも不思議なことは起こった。

深夜、妙な気配を感じた私は、何気なくベッドから起き上がって室内を見渡すと、いつからそこにいたのか、隣の部屋で寝ているハズの春菜が、私の部屋の隅で膝を抱え、小さくなっていたのである。

「どうしたんだい、こんな夜中に?」

「…………………………」

聞くが、彼女は答えない。

「さてはオレとセックスしたくなったか?」

試しに少しからかってやったが、それでも彼女は答えなかった。

「春菜、何かあったのかっ?」

「…………………ぬよ………………」

「えっ、何だって?」

「人が………人がいっぱい死ぬよ…………」

恐怖に脅えた春菜の目から、涙が止めどなく流れ出し、そして目に見えない何かに脅え、声を荒げて泣きだした。

その翌日、アメリカの大型旅客機が大西洋に墜落したというニュースが、朝刊のトップを飾った。

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