真実の口3
「恐れ入りますがお客様…」と弱々しい物腰で近づき、とりあえずレッドカードをチラつかせてみる。案の定「HA?」とタトゥーマンのおよそ95%が同様の表情を浮かべ不服の意思表示をする。
そりゃあわざわざ足を運んでお金払って、さあプール楽しもうって気分にいきなり帰れと言われれば当然ながら文句の一つや二つ出てくるのもわからなくもない。
「刺青くらい隠せばいいだろうが」「別に他の客の迷惑になっていない」といった別段の工夫のない意見に私がわざわざお洒落な返答をしてやる義理はないので「他のお客様にもお帰りいただいておりますのでお客様だけ特別にというわけにはいきません」のフレーズを機械のように繰り返してやる。そんな私に対しイライラしてきたのか「正義感振りかざしてんじゃねえよ」とどすの利いた声で荒ぶってみせやがる客。
女の前だからってかっこつけやがって、怖いじゃねえか、漏らすぞコラ。
圧倒的才覚を持たぬ凡人たる我々にとって正義とはルールに従うこと、法こそが正義なのだよ、それに従えない輩は凡人としてすら扱われないんだ。と私の脳内で流れる自慢の説教を泣く泣く「仕事ですから」の七文字に込める。
「そうやって決まりにばかりとらわれていると人間つまらなくなるよ」吐き捨てる客。「確かにそれは否定しかねますが、他人に迷惑をかけないでという前提は忘れないようにおねがいします」なんてことは、流石に言わない。
「子どもが可哀想だとは思わないのか」と子供を盾に同情をひこうとしてきたときはカチンときた、危うく接客用メイクが取れてしまうところだった。
業務外なら「確かに、あなたみたいな親を持ってしまい子どもが可哀想ですね」と嫌みったらしく投げかけてやったかもしれない。
子どもが親を選べない不遇をまざまざと見せつけられなんだかとてもやるせない気持ちになる。悲観。
そもそも入口やらチケット売り場やら至る所にでかでかとタトゥー禁止と書かれてあるのにどうしてそれを目にすることなくプールに入れようか。
これはあくまで私の推測なのだけど、タトゥーの人たちはみんながみんな黒レンズのメガネをかけていたからそれが怪しいのではないかと思う。どういうわけかわからないがきっとあの黒メガネは一切の透視性がないのだろう。
閉館間際、入場券売り場前で立哨していたところ、改札ゲート付近にある小さなゲームセンターから子供のうめき声が聞こえた。
仕事かあ……気だるさを空かせた胃の中に詰め込みつつふらふらと駆けつけてみるといかにも育ちの悪そうな色の頭をした悪ガキがUFOキャッチャーの景品取り出し口に手を突っ込んだまま泣きわめいていた。
どうやら手を伸ばして景品を取ろうとしたらしい。ザマーミロである。
お母さんらしき人がどうしようどうしようといった風におろおろしていた。アンパンマンに影響を受けたであろう近くの男性数名が何とかしないといけないという感じを装い集い悪ガキの救出を試みてみたものの「腕が折れちゃうよおおおおお」とわーわー喚く姿を見ては下手に動けないでいた。
いやいや、よい大人である、責任とは何かをしっかりわかっておられる。
なんてつまらない感心をしてみながらやれやれといった面持ちで私は一言介入の断りを入れてその子の腕をつかみ、グッと一瞬だけ腕を奥に挿れるように力を入れ、ゲーセン版真実の口から解放してやった。周りの大人からの賛辞を受け、仕事をしてやった感に浸る。
お母さん、矯めるなら若木のうちですよと心にもないことを思う。年寄りに不心得を諭すほど無為なことはない。
一歩間違えれば悪ガキの腕を痛めかねないのにもかかわらず、この手際の良さである。
何故か、何を隠そう私も過去にこうしてまんまと真実の口に捕まってしまったことがあるからだ。外すコツは身体で覚えていた。
悪癖。まったく、以前はこいつみたいに育ちの悪い糞ガキだったのかと思うと恥ずかしい限りである。
持ち場に戻り立哨、再度ヒマ、ふと私が真実の口に腕を喰われた時のことを思う。
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