ドラゴンスカイ
但野新一
空の海を駆るもの
「コラ―!グラン!またサボったでしょー!」
風の吹く山間、風車の回る建物、一面の砂漠、羽を休める鎧を着けたワイバーン。ソルベット王国付属飛空艇団の控所があった。
「うっせえなあ・・・オカンかよお前」
風車の内部からひょっこり顔を出した青年、グラニュー・ウィクロス、声にはいささか勢いがなく、目の周りが赤く腫れている。
「なっ・・・!別にあたしはあなたの家族でも恋人でも奥さんでもないんだからね!ただ幼馴染のよしみで心配してあげてるんじゃない!か、勘違いしないでよねっ!!」
「行きたくねーもんは行きたくねーんだよ・・・だいたい、お前の親父さん団長じゃん、うまく言っといてよ」
「もー、ソルにボロ負けしたからって、気に病むことはないじゃない!」
グラニューとソルトはいわばまだ学生であり、学生と同じくクラスに所属している、今後の進路に備えて幅広い教養を身につけるためだ。クラス対抗でライバルのソルトに大差をつけられて凹んでいるのだった。
ちなみに今回のは設置されたポールをワイバーンを操作してくぐらせるというものだ。グランもクラス代表になるだけあって、腕が悪いわけではない、ソルトが段違いなのだ。
「全然気にしてねーし!それにボロ負けでもねーし!結構競ってたし!今すぐにでも行ってやっし!」
よし、とミントは小さくガッツポーズをした。
「見事だ、ソル、このままお前とグランの二枚看板で我が団も安泰だな」
丸太のような腕と枝のような指で肩をつかんだのはジャスミン・ベル、飛空挺団の団長にしてミントの父親である。
大柄な体格からあまりワイバーン(飛竜)には乗らないが、風を読む航空術にたけており、ロープを結ぶのも器用だったりと、とにかく恵体が長所とかみ合っていない中年である。
「次期団長のごひいきとあっちゃあ俺も市場で鼻が高いぜ―」
迷彩柄のバンダナを巻いた小柄な少年はペッパー・ミルである。デカい赤レンズのゴーグルが特徴的だ。主に装備のメンテナンスや開発、卸売を担当していて、ソルベット界隈を縄張りにしている。
「何言ってんだよ、すごかったぜ、あんな狭いポールの間をビュンビュン飛び回ってさ、ほとんど目にとまらなかった!」
「そうか、それはうれしいな」
「全くだ、飛竜駆りとしての腕はおれが保証してやる」
「いえ、団長、まだまだです・・・お父さんと呼んだ方がいいでしょうか」
「気が早いな」
そうである。将来的にはグランとソル、どちらかをミントの伴侶として迎え入れたいと考えており、飛空挺団という特性上、理解のある愛弟子を選ぶのは当然と言えよう。
「しっかしよぉー、あのじゃじゃ馬で・・・おっと」
ペッパーが口をつぐんだ。
「いいんだ、事実だからな、問題は相手をする方さ」
ジャスミンは自慢の髭を撫でつけながら心配そうにソルを見つめた。
「いいえ、アレでかわいいところもあります、少々そそっかしいのも見ていて飽きません」
「マジかよー!ソル兄ちゃんファン多いんだぜ―」
やれやれと一息ついたところだった。
「団長ーーー!いや、ジャスミンのおっちゃん!!もう一回だ!もう一回俺にチャンスをくれえ!!」
グランが飛び込んできたのである。右手には懐中電灯程の大きさのクリスタルを持っている。このクリスタルには魔力が込められており、ワイバーンとの意思疎通をも可能にしている。だいたい一人に3個が支給されており、一個で1日分。なので巡航は長くて3日といったところだ。
「お前ッ・・・ここでは団長と呼べといっておろうに」
「いや、このままじゃ俺、悔しくて夜も眠れません!団長!」
「・・・頑固さは親父譲りだな」
「親父は関係ないです」
グランの父シュガーも凄腕の飛空挺団として鳴らしており、ソルベット近辺には知らぬものがおらず、砂のアルバトロスと呼ばれた。
「要はアホウドリじゃん、そのまんまアホだな」
ペッパーが口をはさんだ。
「うっせえ!頭空っぽの方が遠くまで飛べんだよ!」
「やめやめ、今日は風が乗らん、それに、全部ソルに勝つ必要もねえ、こいつは別格なんだ、お前みたいに体力バカで飛ぶようなのとは違う」
「だーっ!アホだのバカだの!言いたい放題言いやがって!」
「グラン」
場の空気が一瞬止まった。
「お前の飛び方、おれは好きだよ」
好きってなんだよ、変な感じになるじゃねえか。ついソルの優しい口調に黙り込んでしまいそうになるが、飛竜駆りとして負けずに言い返す。
「お、おう!オメ―のもすげえぞ!こ、こう、柔らかいというか・・・見ていて華麗というか・・・その、日ごろの鍛錬と・・・だけど今度は負けねーからな!」
宿命のライバルは天使のような笑顔を返した。
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