04

 秋果が池の眼前まで来ると、池の中心に波紋が生じる。波紋は端へと伝播し、池の水を僅かに溢れさせる。

 波紋の中心。つまり池の中心から何か頭を出す。

 それは廃校における継ぎ接ぎの人形。町におけるブロック塀のゴーレムと同種の存在だ。

 空のペットボトルや空き缶、スナック菓子の袋にぼろぼろの自転車、自動車のタイヤ、果ては冷蔵庫やソファ、ブラウン管テレビと池や公園に捨てられたゴミと言うゴミが寄り集まって人の姿をしたゴーレムが池から出現した。

 近くで見ればブロック塀のゴーレムよりも人間らしさは損なわれているが、シルエットだけを見れば人のそれと遜色ない。雨で視界が悪く、更によるという事もあり、パッと見では完全に人に見える。

 人の目に当たる部分から紅い光が二つ怪しく灯る。池の水を掻き分け、ゴミのゴーレムは自分の下へと辿り着いた秋果へと向かって行く。

 秋果はゴミのゴーレムを見据え、【リッチー:Lv1】のカードをプロセッサーに入れボタンを押す。


『【リッチー:Lv1】サモン』


 秋果の前に現れたリッチーは秋果の指示を仰ぐ前に池を掻き分けるゴミのゴーレムへと火焔を放っていく。特に、動力源となっているであろう紅い物体が収まっていると思われる頭部の紅い目を集中的に狙う。

 しかし、リッチーの火焔をその身に受けてもゴミのゴーレムはよろめく事もせず、動きを鈍らす事も無くずんずんと進んでいく。紅い目に火焔が直撃しても、まるで効果がないらしく、機能が麻痺する事も無い。

 そして、ある程度ゴミのゴーレムが秋果へと近付くと右手を――正確には右の指先を秋果へと向ける。指は全て空き缶やペットボトル、調味料の容器と液体の入っていたもので形成されている。

 指を向けられた瞬間、秋果はリッチーの手を引いてその場から離脱する。

 二人がいなくなるのと同時に、ゴミのゴーレムの指先から液体が発射される。色は毒々しい黒と緑と紫が入り混じった色。それが地面に付着すると周囲に生えていた草が元気をなくし、枯れ始めて行く。

 ただの除草剤……と言う訳ではない事は秋果にも分かる。【プロテクション:Lv1】の存在から、恐らくあの攻撃に状態異常を付加される効果があるのだろう。

 あの液体に当たらないようにゴミのゴーレムを倒さなければならない。

 幸いなのは、秋果の身体にはプロテクションが働き一度のみ無効化出来る事。そして液体の射程距離はそこまで長くない事だ。精々三メートル程だ。なので、ゴミのゴーレムとの距離を開けながら遠距離攻撃をして行けば液体の攻撃を気にしなくて済む。

 秋果側の遠距離攻撃はリッチーの火焔、氷の礫、形ある風くらいだ。/

 火焔はそこまで効果が無かったので、続いてリッチーは氷の礫を連射して行く。その間、秋果と共に池の周りをぐるりと移動しながらで、ゴーレムから距離を取る。

 がっがっと氷の礫はゴミのゴーレムに当たるが、僅かに纏わり付いているゴミの位置をずらしたり、比較的軽い物だけを掠め取るだけに留まる。有効打にはなっていない。

 更に形ある風をぶつける。が、こちらも特に有効打とならず、精々スナック菓子の袋を剥すだけに留まった。

 ここまでリッチーの攻撃が効かないとなると、接近戦を挑まなければならないだろう。

 しかし、ゴミのゴーレムとの距離がおよそ三メートルになると指先から液体を噴出して来るようになる。更に、ゴミのゴーレムの下半身は常に池の中にあり、剣での攻撃が届くまで近付くには池の中を進まなければならない。

 池の正確な深さがどの程度かも分からず、更に動きの鈍る水の中を移動するのは得策ではない。

 ならば、どうするか?

 答えは一つ。ゴミのゴーレムを池から引きずり出せばいいのだ。

 秋果はリッチーに指示を出す。声を出さずにただ池を指し、上に払い除けるような動作だけだったがリッチーはそれだけで秋果の意図をきちんと汲み取る。

 リッチーは杖を振るって大地を盛り上げる。盛り上げる場所はゴミのゴーレムの真下だ。いくら池の中と言えども、下には土が敷き詰められている。リッチーは池の底の土を盛り上げ、ゴミのゴーレムを池から出す。更に、盛り上げた土に傾斜をつけてゴミのゴーレムを池から草の生えた土の上へと転がり落とす。

 これで動きの鈍くなる水中を移動せずにゴミのゴーレムへと近付く事が可能となった。秋果は剣を構えてゴミのゴーレムへと駆け出す。リッチーはその場から動かず、ゴミのゴーレムが発射する液体を形ある風で進行方向を変えて秋果に当たらないようにサポートする。

 秋果は足元のゴミから切りつけて行く。火焔や氷の礫、形ある風ではほぼ崩す事の出来なかった寄せ集めのゴミ達が次々と剥がれ落ちて行く。

 このまま切り付ければ足の一つを崩す事が出来る。そう思った矢先、スナック菓子の袋を剥した先に空き缶が埋もれていた。

 秋果は嫌な予感がし、即座にその場から飛び退く。嫌な予感の通り、空き缶から件の液体が噴出される。秋果はそれを避け切れず、左足に受ける。それと同時にプロテクションの光が消失する。

 やはりゴミのゴーレムが噴出する液体には何かしらの状態異常を与える効果があるらしい。秋果は【プロテクション:Lv1】を事前にインストールをしていてよかったと胸を撫で下ろす。

 指先からでなく、ゴミの下に埋まっていたり、他にも最初から露出している液体が入っていた容器のゴミには気を付けなければならない。それが分かったので、ある程度の対処は可能となった。

 と、ここでリッチーの召喚時間が終わり、プロセッサーからカードが排出される。秋果はそれを即座に掴んでホルダーへと戻し、続いて【デュラハン:Lv2】のカードを取り出してプロセッサーへと挿入、ボタンを押す。

『【デュラハン:Lv2】サモン』

 現れたデュラハンと共に秋果は剣を構えて足を切り崩していく。指先や露出した空き缶やペットボトルから放たれる液体を秋果は余裕を持って避け、デュラハンは盾で防ぐ。腐食の効果はないらしく、白煙は上がるがデュラハンの盾は爛れたり溶けたりする様子は見受けられない。

 片足を切り崩すと、ゴミのゴーレムは体勢を崩して仰向けに倒れる。倒れた隙を付いて秋果とデュラハンはそれぞれ右と左の手を切り落とす。これで狙いを定めた液体の射出はなくなった。

 そのまま秋果とデュラハンは赤く輝く目に目掛けて剣を振り下ろすが、ゴミのゴーレムは起き上がるのを諦めたのか手首から先の無くなった腕を振り回して二人を攻撃する。

 秋果とデュラハンは飛び退いてそれを回避する。二人が離れたのを確認すると、ゴミのゴーレムは下半身に寄り集まっているゴミをうねらせ、新たに足を作り出す。ただし、元通りと言う訳ではなく、残った片方の足と合わせ長さは半分程度しかない。また、手も復活させたが指は三本しかない。

 ゴミのゴーレムはより集めた自身の身体のゴミを動かす事によって欠損した部位を補う能力があるようだ。しかし、切り落とされたりして自分の身体から離れたゴミを利用する事は出来ないらしい。

 再び二本の足で立ち、指先から毒々しい液体を発射する。しかし、動き防ぐ二人の身体に直撃する事はなくまたもや足のゴミを切り離されていく。

 今度は片足ではなく両の足が切り落とされ、俯せになるように倒れ込む。秋果とデュラハンは手首を切り落とそうとせず、今度は一直線に首へと向かい、斬首。

 首が胴体から離れると、胴体は崩れ落ちただのゴミへと変貌する。秋果とデュラハンは赤く光る眼が収められた頭部を一瞥すると、剣を一気に振り下ろす。

 ゴミのゴーレムの頭部は二人の斬撃をその身に受け、四等分に別れ、中から赤く光る部品が露出する。

 更にその赤く光る部品へと秋果が剣で切り付け、デュラハンも切り払う。壊れはしなかったが、赤い光は沈黙し、ゴミのゴーレムの残骸は光となって消えて行った。

 残されたカード三枚を手に取り、秋果はデュラハンの方を向いて手を上げる。デュラハンも手を上げ、ハイタッチを交わす。

 ここでデュラハンの召喚時間が終了し、姿が消えてクロスカードが排出される。秋果はレベルの上がった【デュラハン:Lv3】のカードを掴み、手に入れた三枚のカードを確認する。

 一枚は【再生(大)】のカード。残る二枚は新たなカードだ。


『【回復(小)】

 使用すると状態異常から回復する。複数の状態異常に罹っている場合はランダムに一つのみ効力を発揮する。使用すると消滅する。』


『【機能拡張(パーティー)】

 使用するとプロセッサーにパーティー機能が加わり、同意の下プロセッサーを接触させた他プレイヤーと最大四人のパーティーを組む事が出来る。使用すると消滅する。』


 【回復(小)】は状態異常から立ち直る事の出来るインストールカードだ。ただし、複数の状態異常をその身に受けていると、ランダムに一つしか治す事が出来ないので、複数の状態異常を一度に与える攻撃を喰らった場合は複数枚の【回復(小)】を使わなければ完全に回復する事は出来ない。イラストは掌に淡い水色の光が乗っているものだ。

 そして【機能拡張(パーティー)】のイラストは相対する二人が腕に付けたプロセッサーを交差させながら接触させている絵が描かれている。このカードの存在によって、秋果以外にもこのくだらない遊びに参加している者が複数いる事が確定される。

 また、この先の階層ではパーティーを組む必要が出て来る可能性が高いのだろう。一人ではなく、他プレイヤーと共に進んで行かなければ次へと進めない仕掛けが施されているのか、はたまた独りでは太刀打ちできない程の強敵が用意されているのか。

 秋果は【デュラハン:Lv3】【再生(大)】【回復(小)】のカードをホルダーに仕舞い、【機能拡張(パーティー)】をプロセッサーへと入れる。


『【機能拡張(パーティー)】インストール』


 液晶内でカードが分解され。プロセッサーに光が宿る。光が晴れても、外見に何ら変化は見受けられないが、これでパーティー機能が追加されたのだろう。

 秋果が【機能拡張(パーティー)】のカードをインストールし終えると、目の前に次の階層へと続く鉄の扉が出現する。

 重く冷たい扉の取っ手を掴み、扉を開け放ち、秋果は松明に照らされた階段を下りて行く。

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