Un
「ナリョーシャ」
やさしい声。
「ナリョーシャ」
あったかくて、わたしをすべて包み込んでくれるような、愛情に溢れた手のひら。
「ナリョーシャ」
「あら、やだこの子ったら寝ながら笑ってるわ。何の夢を見ているのかしら」
「きっと幸せな夢さ。みてくれ、この薔薇色の頬。将来はきみに似て美人になるな」
「でもほら、きりっとした眉なんかはあなたにそっくりよ。あなたみたいに我を通さないと気が済まなくなるんじゃないかしら」
「それ誉めてる?」
「もちろんよ。あなたのそんなしっかりしたところが好きなんだから」
「ありがとう。愛しているよ」
「私もよ」
ふわりとふたつの大きな手が頭をなでる。
「ナリョーシャ」
「ナリョーシャ」
「愛しているよ」
「大好きよ」
「はやく大きくなって」
「たくさん、たくさん、一緒に幸せを積み重ねていこうね」
パパ。
ママ。
わたしも愛しているわ。
だから。だから、待っていて。わたしを待っていて。必ず帰るから。ずっと、ずっとずっと愛してるわ。
実際には見たこともない笑顔が遠ざかる。幸せな空気とともに。
いつもの夢。わかってる。わかってるの。それでもわたしは伸びそうになる腕を必死で押しとどめる。
握りしめたのは眩しいくらい白いワンピース。固く握られたこの手も、ちいさな赤子のものじゃない。
もう、無力なだけのわたしじゃない。
だから待っててね。どんなわたしになっても、パパとママだけは私を待っていて。
そう思うだけで、どんなことがあっても生きていける。
暗闇の中でひとり誓う。
「起きなさいナーシャ!!」
ぱっと眩しい光がさして冷たい風にぬくまった体が冷える。
「何度言ったらわかるのよ!?5時には起きなさいって!その頭藁でも詰まってんじゃないの?」
どうやら布団を剥がされたらしくてうっすら瞼を開けると、ヒステリックな声と白衣とぱさぱさのブラウンヘアーが目に入る。
「・・・・・・」
「朝食よ」
他人を怒鳴りつけるしか能のない女が、ガシャンと乱暴にベッドの横のテーブルにアルミの盆を置いた。
はぁと小さくため息をつくと、女は敏感にそれに反応してまた喚きだす。
「なに!?その態度は!」
キーキーうるさい山猿が。
ふっと笑うと脳なしのくせに侮辱されたことだけはわかるのか顔を真っ赤にして歪めると顔の高さに腕を上げたのが見えた。
あ。くる。
叩きつけるように振りおろされた腕。パシンと乾いた音がわたしの頬で鳴った。
ここ数年ろくに日に当たってないわたしの肌は青白く、今日もうたれた痕が紅く目立つことだろう。
まぁ、今に始まったことじゃないから誰も気にしないしわたしもどうでもいいんだけれど。
わたしを叩いたことで少しは気が晴れたのか、女はつんと顔をそらしてこういった。
「おまえがはやく任務に行って死ぬのが楽しみだわ」
いつものこの女の言わば挨拶のようなもの。
だからわたしもいつものように、笑顔で返す。声は心の中だけで。
ええ、わたしも楽しみだわ。あんたをこの手で切り裂ける日が。ミス・ヴァネッサ。
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