第一章幕間 『さようなら』
「本当によかったのかい、アテラ」
独りになった部屋に戸を静かに開け入る精霊とエプロンドレスの少女。
「いいの、この方がいいに決まってるから」
「まあ、もうしてしまったことは取り返しがつかないし、君の魔道は底を尽きた」
その現実にアテラは口を紡ぎ黙り込む。不意打ちを仕掛けるようにフンシーは近寄りつつ、
「同世界の転移すら膨大な魔力を必要としているんだ。ましてやツルギは異世界の住人。彼を彼のいた世界に送り返すことは、かつての君なら容易かっただろう。でも今の君では」
「いいの。ツルギにはこの世界は辛すぎるから、痛い思いも辛い思いも悲しいことも。きっとこのままこちらに居てもツルギを苦しめるだけだから……」
「ボクが言いたいのはその先のことさ。これからのことを考えても君の魔道が底を尽きることが最もあってはならない。分かっているだろアテラ。魔力のない君が王国に向かうまではいい。その先、君の目的を果たすためには少量でもなくてはならなかった」
「でも、まだ少しは……」
掌を広げるとその上に小さな赤い光が浮かぶ。弱弱しく今にも消えそうな灯。
「ボクには分かるのは分かるだろ? ヘンゼルから借りた魔力しか、君の魔道には残されていない。アテラ、君の魔道があるから希望がある。未来がある。ツルギを送り返さなくても彼をこの地に残してでも君は王国に向かいすべきことを成すべきだった。違うかい?」
フンシーが言い立てて返す言葉を選ばせる時間を与え、アテラは紡いだ口を開く。
「ツルギの気持ちは痛いほど伝わった。ツルギには痛い思いも怖い思いもさせた。だからもういいの。もうお疲れ様なの。ツルギは元の世界に戻りたいって、あちらの世界に帰りたいって言った。だから、私の使い魔になるはずのパートナーだから、ツルギのほんとの気持ちを、私の祈願で無碍に出来ないもん」
フンシーは言葉を返さず、代わりにアリスが冷たく温かい言葉をかける。
「……アテラ、決めたこと。誰もせめない……」
溜め息混じりに精霊も肯定する。
「……まあ、アリスの言う通り。アテラ、君の決めた事を責めるつもりもないよ。でも彼の」
「最後にツルギの温かい気持ちを聞けた。短い間だったけど私はツルギに逢えてほんとによかった」
「いや、それもそうだけど。その床に転ばってるそれは……」
「あ」
アテラの足元にはツルギの白と紺色の袴が寝転がっていた。
死闘の闘いで破けてしまった白地が縫われている最中で、その袴が残されたことを見ればツルギの先刻までいたベッドを漁ると異端な剣が黒光りする鞘と共に残されている。
「えっと、家宝にしましょ」
「……臭そう……」
「そ、そんなことは……少し臭うけど大丈夫!」
「何が大丈夫なんだかなぁ」
「もうもう、二人とも出てってー。明日早いんだからもう寝ないといけないの。おやすみなさい」
アリスとフンシーを強制的に踵を返させて部屋から追い出して戸をすぐに閉める。
静まり返った空間で再び独りになったアテラはわざとらしく足音を立てながらベッドへ向かって、
「あー、騒がしいアリスにフンシーがいなくなって非常に落ち着きを取り戻したっと」
ベッドに腰を下ろせば柔らかなクッションが身を弾ませ、背に当たる星々の輝きが背を擦るような錯覚を覚えて、
「二人とも心配してくれてありがと。元気付けようとしたんだもんね。でも、もう大丈夫だから」
背中に温かな彼の温もりを思い出して、
彼の笑顔を思い出して、
彼の声を思い出して、
彼を思い出して、
「……さようなら、ツルギ……」
その夜、その部屋へ近付く影は一つもなくその部屋は啜り泣く声と、たまに「いたっ」と悲痛を放ち続けた。
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