第一章10話『兄妹の過去』

 ツルギの決意から一遍。大人しく着席を果たしアガ爺の問いが疑問がふと沸いたのだ。


「ぬぅ。昨晩のこと、聞いてもよかろぉかのぉ」


 えぇ。と謙遜しながらに承知するとアガ爺は白髭を握ったまま弄らずに続けた。


「死のぉ間際とおったな。何かよからぬ不吉なことに聞けたが……」


「それは、……かくかくしかじか……ということがあったんで」


「ふむふむ、なるほどのぉ。それは多分、いや十中八九ヘンゼルとグレーテル。じゃのぉ」


 その推測の答えに辿り着くまで脳細胞は働く回り続ける。その中、隣の彼女、アテラが疑問符を浮かべている。


「ヘンゼルとグレーテル……。そう言えば確かにそのグレーテルの名を聞いたかもしれないです。女の子がグレーテル。男の子は兄さんって呼ばれていて……」


「アテラは知らんなんだのぉ。このアリスメル村と隣のロトリア村の間に位置する森に隠れ家があってのぉ。そこに住まう二人じゃのぉ。お、先日アテラが召喚の儀に訪れた広間の途中でもあったかのぉ」


 その新事実を聞かされ肩をがっくしと落として溜息を吐き出す。それもそうだろう。あの危なき二人の近くを歩むのだ。事前に知っておいても危機を回避するべく行動を取るのが速くでき知らなければ今回の事態も何らかの方法で回避出来たかもしれなかった。

 だが、ツルギはあの死線を潜ったからこそアテラの危険の否定をすることが出来た。この世界での決意の根源と言ってもいい。


 それはそれとして、ツルギは再び自身の疑念に捉われる。そして、口から溢し出す。


「――ヘンゼルとグレーテル」


 口元が震えているのが分かった。瞳孔が開き広がり閉じようと狭まり焦点が合わなくなっていく。体温が下がる。周囲の温度が寒い。違う、冷や汗から下がっていく体温。喉を鳴らす。唾液がなく口内と舌が張り付き気管さえ冷え咳き込みそうになるのを堪える。

 その姿に口を挿もうと、割り込ますことが出来る者はいない。ただ言葉を待った。

 手の震えを誤魔化すように机に手を押し付け嗄れた喉から渇いた口内を通り荒れた口が開いたまま絞り出していく。


「――確か、ヘンゼルとグレーテルは貧しい家庭に産まれ育った」


 一つ一つ正確か分からないが覚えている限りのあらすじを続けていく。知っている物語を、


「ヘンゼルとグレーテルと父と血の繋がらない義理の母。

 貧しかった家族は食べ物もなく夫婦だけでも餓死してしまうと考えた義理母は子供たちを捨てようと考えた。

 父は反対したが反発し切れずに子供たちを捨てる決心をした。

 そのことを聞いていたヘンゼルは賢く兄妹を森へ置き去りにされたが家へ帰ることが出来た。


 そして、また後日森へ置き去りにされる。今回は迷子になってしまった二人。

 そして迷って森をさまよっているうちにヘンデルとグレーテルは全てがお菓子で出来ている家にたどり着きます。

 お腹を空かせた二人がお菓子の家を食べていると気のよさそうなおばあさんが出てきました。


 しかし、このおばあさんは子供を捕まえては食べる悪い魔法使いだったのです。

 二人はこの魔女に捕まり、ヘンデルは小屋に閉じ込められごちそうとして太らせてから食べられよう魔女は考えた。


 そしていよいよヘンデルが食べられそうになってた時、カマドに入れられる瞬間が近づきました。

 火の加減調整を命じられたグレーテルがカマドの火加減の調整の仕方が分からないと言って魔女をカマドまでおびき寄た。

 そのままカマドに魔女を突き落としフタを閉めて魔女を退治しました。


 そして、ヘンデルを助け、魔女の部屋にあった宝物を持って兄妹で逃げ出し、さまよいながら無事に家に帰るとなんと継母はすでに亡くなっていた。


 優しいお父さんと兄妹はその後幸せに暮らしました――だ」


 ツルギの震える唇から物語の終止符が打たれると、アガ爺は白髭を弄り細めるのを再開させて低めの声で尋ねた。


「ツルギと言ったな。お主、何者じゃ」


 その緊迫される威圧感に冷えたツルギは芯まで冷やされる。古惚けじいさんと思っていた彼は経歴を辿ってもやはり嘗ての国王の覇気は健在なのだろう。ツルギは震え震え固まってしまう。思考は途切れ瞳に映した元王の威圧に押し黙る。

 その場を乱させたのは隣で眉を寄せて困った表情を浮かべるアテラだ。


「えと、えっと。アガ爺、ツルギが……」


 表情の伝わらない顔から発されていた圧迫はアテラの配慮で消え去り疑問符を浮かべてから笑いながらに前言を変更する。


「ほっほっほ。わるぅかったのぉ。お主はアテラの召喚され使い魔のツルギじゃのぉ。充分存じて居る」


 圧迫からの解放で溜息混じりに力が抜けていくのが分かった。そして、さらに続けられる。


「それが故、お主がヘンゼルとグレーテルの過去を知っておったからのぉ」


 抜けた力は再び動揺で揺れ動き筋肉に強制的に力が籠められようとしているが、上手く入らずに右手に痙攣を少し覚える。その震えを逆の手で握り押さえつけて殺す。


「……やっぱり。ヘンゼルとグレーテルは……」


 誰もが息をする音を立てずに次の言葉を待った。何事にも無関心な様子のアリスでさえも。


「――俺の居た世界のおとぎ話の一つだ……」



 † † † † † † † † † † † †


 アガ爺は白髭を一つに集束させ、老婆はぼそぼそと聞こえ慣れないと思われる言葉を小さく吐き出していて、アテラは小さな口元の前に手を置き思考を巡らせ、フンシーは表情を向けず浮遊し続け、アリスは一言繰り返し呟いた。


「――おとぎ、ばなし……」


「あぁ、ただのおとぎ話。作り話。架空の物語」


「その話がツルギの居た世界のおとぎ話とヘンゼルとグレーテルの過去と同じ……」


「アガ爺からすればそうゆうことになるな」


 ツルギと連鎖的に話しの辻褄を合わせたアテラとともにアガ爺に目を向けると白髭を集束させたまま黙り込んでいた。


「なんだアガ爺。違ってるか?」


 アガ爺は白髭から見えない口を開き物語の訂正をしていく。


「ちょいと異なるのぉ。訂正も補足もあろぉ。まず一つ、お菓子の家なぞすぐ腐り外装すらたもてんだろう、ないのぉ」


「あぁ、フィクションだからな。作り話だよ。そうした方が子供受けがいいだろ?」


「ふん。なるほどのぉ、まあよい。重要なのはそれから先じゃ。まず一つ、――」


 話しが戻される気配がしたツルギだったがあえて止めずに先の言葉を待った。


「気の良さそうなおばあさん、とゆうたな。人喰いの魔女とも……」


 ツルギは「あぁ」と一つ肯定をする。そして続けられる訂正の物語。


「気の良さそうなばばあは、あっとる。じゃが、人喰いはちごぉてのぉ」


 勿体ぶっているのか、躊躇しているのか、アガ爺は声を喉に一度詰まらせて続けていく。


「人喰いは、子供じゃった。ヘンゼルとグレーテルは、親切を仇で返しカマドで焼き喰うた」


 ――なんて言った?

 理解が脳に追いつかず思考を置いてアガ爺は続けていく、訂正の物語を。


「ばばあの家の財産、食糧、家の中はばばあの骨しか残っていなかったという。そして、家へ帰った二人を待っていたのは継母じゃ。もちろんと言うべきか、子供たちの引きずる背後にある数多の財産。それらに現を抜かす継母を子供たちは、……」


 ――何度、何度この世界は俺に嫌な現実を見せる、教える、知らしめる。残酷にも限度がある。あの平和すぎる日本が、世界が、まるで夢みたいじゃないか……。


「撲殺しおった。継母の人肉には一滴たりとも口を付けなかったと聞いたのぉ。その数年後、人肉が愛おしくなった二人は遂に父に歯を向けおった」


 ツルギの居た元の世界の御伽話。その訂正が終えられ、その後、補足の物語を語る。


「父は抗わずにただ後悔に苛まれるだけじゃった。この子たちを人で失くしてしまった自分への念。後悔して悔んで振り返ってもただの虚しさが残り血肉が全て子たちの胃へ収められてもその感情だけはこの世に残り続けた」


「残ったって、今も……」


「後悔の念の残る魂は現世を漂い続けるのぉ。その後悔こそを失くされば輪廻の輪に再び戻れよぉに」


「なんつーか、うん、悲しいな。なにがって言われても全部としか言えねぇくらい悲しいよ」


「お主が心からそう思ぉなら、偽善でないなら同情であっても、誠実に彼を思ぉてやってくれ」


 ツルギが建前や虚飾、関係なく芯から慈悲を浮かばせていれば補足の物語は兄妹の過去の終結を語られる。


「人肉は禁忌であり、近親相姦もまた禁忌である。二人、兄妹は血の近しいながら愛し愛され慈愛に溢れ、禁忌であるが故、自制、忍耐、割愛を試みた。じゃが、禁忌と言う柵に規制、統御される行為は故に、拘束されまいという反発心を抱かせ抑止される感情は制御敵わず、一度超えた一線を引き金に脳をあふれる愛情、慈愛、情愛が侵食し体液が身体の奥から愛を慕情を訴え溶蝕していった。それ故に、禁忌の兄妹として隠れ家へ、人の近寄れぬ処へ隠したのじゃ」


 兄妹は、愛し合っている。兄妹は、尽くし合っている。兄妹は、欲し合っている。兄妹は、狂い合っている。


「禁忌の兄妹。人は拒絶し恐れ、蔑み唾を吐く。愛し合う兄妹にとって二人で寄り添い合い天命を待つ選択を選んだ」


「そこへ迷い込んだ俺が転がり込んできた。と、好物を前にして絶好の機会だったわけだ」


 白髭を再び根元から集束させていくアガ爺は悩んでいるかのように唸り声を出している。


「なんだその偏屈な様子は、違うってのかよ」


「いやまあそうじゃのぉ。二人の食材には一つ約束が結ばれておる。二人で静かに隠れ家で暮らすという条件での」


 集束の手が毛先まで行くと止まり。「その約束が」と前置きをして続ける。


「王国の罪囚、死刑囚に限定し受け渡しも君主が飛竜で向かい直接渡す。という約束になっておるはずじゃが……」


 それなら、今回ツルギは襲われる原因、要因に成り得ない。ツルギは前提として仮定を疑問する。


「罪囚や死刑囚が逃げ出す可能性もあるもんな。だけど仮に、兄妹が約束を破るとどうなるんだ。デメリットがなけりゃ王国からの渡し物じゃなくても――」


「それはないのぉ。先も申したが二人で静かに暮らしたい。という条件を呈したのが兄妹じゃから、約束を切ってその胃を満たす術なら兄妹の呈する条件にこそ利点が皆無」


 それもそうだ。胃を満たすため受け渡し方法が異なる場合手出しをするとは考えられない。二人の前提条件である静かに暮らす。の意味が最低限の人以外誰にも接することなく二人きりで暮らしていく。その意味ならば不可解だった。なぜ兄妹はツルギに手を出したのか。

 アガ爺は痩せ細った腕を組むと疑点をもう一つ提示した。


「仮に受け渡し方法が変更された。というなら納得もいこう。エドアルトならやりかねないしのぉ」


 王制も変えた現国王。ならば自身の手間に、魔王の面倒にさせることもしないだろう。その点の判断なら未だ腕組みで白い太い眉を寄せて疑問でその表情を苦悩させることは止めるだろう。しかし、アガ爺は継続させている。そして、ツルギもその疑問に苦悩する。

 アガ爺は腕組みを解き再び白髭を弄り窄め集束させる。その行為はきっと答えに辿り着かせようとしている。そんな心情があるのだろう。


「――王国の罪囚死刑囚、軽くも重くも一つ一致する点がある。限定されていた物のかさなりおうそれが」


 罪を課せられ王国へ服役囚となった人々が、一つ重なるところ。それはツルギの居た世界でもあった。国によって違うが、それは一般人と服役囚の外観で判別出来る一目瞭然な点。そして限定されていた。という過去形。それが表す答えの一つ。

 アガ爺が一つ息を呑みこむのに誘われツルギもアテラも息を呑んだ。それを前置きに仮定の事実を吐き出す。


「――服、じゃ」


 その答えは前者の事実で固定されてもいた。だがはっきりと耳に、言葉にさせる答えでツルギは苦悩が絶望に変わる。


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