第8話 誘拐
相手を罠に嵌める方法を着々と進めていく。
理想的なのは、今回の轢き逃げ犯をしっかりと告発すること。尋花とその兄を縁切りさせること。そして、紅林には手を引いてもらうことだ。
あまり欲張っては逆恨みされてしまう。それも禅雁が四十年以上生きてきて悟っていることである。
それと真逆のことをしているのが紅林といえた。
そのための手駒はかなり多い。
思わず禅雁はくすりと笑う。
金や力で他者が屈服するのは間違いだ。
あちらこちらに火種を置き、禅雁は大人しく本堂で読経をしていた。
そして、知り合いから連絡が来る。
「尋花が攫われた」と。
「とうとう動きましたか。さて、こちらも動きますか」
動こうとした瞬間、人影があちこちで動く。
大人しく、袈裟を着て禅雁は外へと向かう。
こちらからは何もしない。向こうが痺れを切らすのを待つだけである。
寺の敷地から出ようとした瞬間、背後から殴られた。
まったく、目立つところでやってくれたものだ。
半分くらいは「引っかかればいいかな」という思いでやったのだが、こうも引っかかるとどうしていいか分からない。
尋花と同じ場所に監禁されればいいかな、とか思いつつ禅雁は意識を手放した。
「……がんさん。禅雁さん」
「ここはどこでしょうかね」
心配そうにこちらを見る尋花が目の前にいた。勿論二人揃って縛られているのだが。
「分かりません」
泣きそうな尋花に静かにするように言い、少しばかり立ち上がる。
「……ふむ。アレが見えるということは、海が近いかもしれませんねぇ」
「え!?」
驚く尋花を見下ろせば、そこにはなんとも魅惑的な太ももがナース服から覗いていた。
……それだけで興奮する。どうやら、禅雁の性欲はまだ健在らしい。そしてこんな緊迫した場面でもそれはいかんなく発揮されるということが分かった。
兄に言ったら拳骨で済むだろうか、そんなことを思いながら尋花の隣に座る。
「少しばかり膝を借りてもいいですか?」
「……はい?」
「やつらが来るまで休みたいのですよ」
顔を引きつらせて尋花が了承した。
「では失礼」
入ってきた男たちがその光景に驚くまで、三十分もかからなかった。
「てめぇら、なにいちゃついていやがる!」
「羨ましいですか?」
こういう男は煽った方がいい。
「いたいけな女性をこういうところに連れ込んだ辺り、次にすることは大体分かりきってますけどね。その犯人を私にしたいだけでしょう。
紅林さんももう少し頭の回る人を使えばいいものを。あなた方の上司はとんだ間抜けだ」
「親父さんを馬鹿にするな!」
「失礼。馬鹿はあなたたちですね。生憎私はここがどこだか分かりますので」
「なっ!?」
次の瞬間、ぱらりと腕を縛っていた縄を解く。
「私にこういう趣味はないんですよねぇ。相手が望むならしてさしあげてもいいですが、私はしたいと思いませんねぇ」
そして尋花の縄を解くと、そのまま抱きかかえる。
「舌噛まないようにしてくださいね」
「え!?」
「突破します!」
わざと口に出せば、男たちはあっと今に禅雁たちに釘付けになる。
「そこまでだな。威勢のいい坊主だ」
にやりと男が入ってきた。
「親父さんっ!」
「お褒めいただき、ありがとうございます。失礼ですが、今何時ですか?」
「てめぇっ!」
男の部下たちがまたしてもいきりたつのを、男が抑えた。
「聞いてどうする? 冥土の土産に教えてやるが。午後六時になるところだ」
「……ありがとうございます。六時になりましたら是非テレビをつけてください」
男は話が噛み合わず少しばかりイライラしていたようだが、態度に出すことはなかった。
そして、六時。全てが終わる時間だった。
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