漢江遊覧船
@yonagahimenokoi
第1話 漢江の夕暮れ ~過去から現在へ
地上の夕日を浴びながら一気に土手を下る。そこにはとても懐かしい、まるで海の入り口のような雄大な水の流れが鎮座している。
漢江・・。ヨイナル公園はその河岸に広がっている。私の短い留学期間を癒してくれた風景。癒しを求めてようやく見つけた私の場所である。
河の向こうには江南の街並みが見え、夕日を背に無数の高層建築群がそびえ立っている。日が暮れたら対岸のネオンがこの河の流れを彩るのだろう。私はまだその夜の風景を見たことがなかった。
13年前、韓国人の友人とここを訪れた時はまだ暑い夏の真昼だった。彼女は
「ちょっと待ってね。」
と日本語で言い、遊覧船の切符売場へ向かった。長い間切符売り場のおじさんと話していた彼女は、遊覧船の乗船券を2枚ひらひらさせて戻ってきた。
「これは、外国人には無理だよ。あんまり英語も日本語も通じない上に、切符の種類がいくつもあってややこしい。一緒に来て良かったよ。」
彼女の日本語はどことなく子どものような発音で、そこがとても可愛らしい。
切符売り場のおじさんを見ると、確かに無愛想で、韓国語がわからない外国人が切符を買うのにまごついていると、容赦なく舌打ちしている。私のつたない韓国語ではさぞかし冷たくあしらわれたことだろう。
彼女は往復券を買わず、片道券を購入していた。帰りは地下鉄で東大門へ戻り、ショッピングをしたいと彼女は主張した。そんなわけで私はあの日、ここから江南の夜景を見ることができなかったのだ。
乗船開始時刻になると、彼女と私は真っ先に遊覧船に乗り込み、船の帆先へ向かった。風を真正面から浴びて、歓声を上げながら川面を進んで行った。
途中で雨が降ってきて、甲板にいた人々全員が船内へと非難する中、私たちは持っていた一つの傘をパシッと華やかに広げる。二人でニッコリ微笑みを交わすと、雨の降り注ぐ中、仲良く肩を組み合い、甲板の先へ出て行った。
雨は降り込み、髪や頬を容赦なく濡らしたが、雄大な川の水面を切って走る船の心地よい風をあきらめる気にはならなかった。
「ねぇ、彼とこの船乗ってみたくない?」
彼女がニコニコしなから私を見る。
もし彼とこの遊覧船に乗って、風に吹かれることができたならどんなに幸せだろう?私は夢見た。いつかそんな日が来ることを。そして心の中で決めた。
次に会うときはあの公園で待ち合わせをしてこの船に乗ろうと。
そして今まで感じたこのない満たされた時間を過ごしたい。もう「別れ」の気配に心が締めつけられることのない、幸せな時間を。
あれから13年、私は再びこの場所にいる。ひとりでここに立っている。グラグラ揺れる気持ちを抱えて夢を描いていたあの頃と違い、心の中は静かで穏やかだった。
決して幸せとは言えなかったあの頃、私はどんな気持ちでこの河の流れを見つめていたのだろう?
きちんと襟の立った皺一つないシャツが汚れることもかまわず私は勢いよく腰を草原に下ろし、ごろりと寝転がって空を眺めた。目を閉じるとかすかな土の匂いが鼻腔をくすぐる。
ふと彼のことを想った。10年の時を経ても、夢に出てくるあの眼差し。なにも言わず、 手を振ることもなく、ただこちらを見つめている。悲しみと決意を秘めた表情で。
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