「で、何?」




 日紅(ひべに)が卵焼きをつっついたところで、犀(せい)がそう切り出した。




「うーん、とね?犀、あんた付き合ってるコいないのよねぇ?」

 



「…いないけど」




「じゃあ好きなコは?」




「………」





 急に犀が黙った。




 日紅は焦った。まさか…いる?




「いるよ。好きなヤツ」




 日紅の心を読んだかのように犀が言う。その視線は彼の足もとに注がれていた。




「嘘ォ!?」




 どうしようと日紅は予想外の展開に驚いた。




 日紅の考えでは、(なんの根拠もないのだが)当然いないといわれて、じゃあ隣のクラスの桜ちゃんなんてどうと進める予定だったのにー…。




 とりあえず!




「誰!?」




「同じクラスのヤツ」




 日紅と犀は同じクラスだ。




 と、いうことはうちのクラスの女子…!?




 寝耳に水とはこういうことだ。




 なんということだ。なんで言ってくれなかったのだろう!それよりいつから!?高校で犀とはクラスがずっと一緒なのだ。




 日紅は犀ととても仲が良いと思っていた。それは日紅の勘違いではないと思うし、犀だって日紅のこと仲がいい女友達だと思ってくれていると、当然のようにそう思っていた。




 ずっと、一緒にいたのに!




「席は!?」




 日紅は犀に詰め寄った。




「俺とは遠い。確か前から2番目」




「前から2番目!」




 ドンピシャ!と日紅は叫んだ。




「嘩楠(かなん)さんね!?」




 嘩楠百合(かなんゆり)と言えば、顔よし頭よし財力よしの、三拍子そろった学校のプリンセスだ。プリンスは言わずと知れたあの青山である。




 その二人と同じクラスになったから日紅は「今年のクラスは凄いぜ…じゅるり」と涎を拭いていたくらいなのだ。




 奇(く)しくも、噂の嘩楠となんと日紅は隣の席どうしだ。だから嘩楠が噂と一寸違(いっすんたが)わぬ人だというのもようく知っている。




 桜ちゃん、ごめん見込みないわ、と日紅は頭の中で謝る。桜は確かに可愛らしいとは思うが、嘩楠とは比べようがない。はっきり言って月と何とやらだ。




 犀が好きになったのも、嘩楠さんなら十分納得だ。




「……」




 犀は一人で百面相する日紅をじっとみていた。そして、溜息をつく。




「違う」




「え?違うの?でも二列目はあと男しかーー…はっ!ま、ままままましゃか犀、あんたそういう趣」




「落ち着け。嘩楠以外が男だったらおまえは男か?」




「は?んなワケないでしょ。ちゃんと胸あるしいらん脂肪もぷくぷくおナカについてるわよ」




「どれ?お、本当だ」




「ギャーーーーーーーーーーーーッ!」




 ガゴッと日紅の拳と犀の頬骨がぶつかって凄い音を立てた。




「ーーーーッ痛(つ)ぅ…」




「何すんの!嫁入り前の女の子のお腹を触るなんてセクハラよセクハラ!訴えられても文句言えないレベルなんだからね!?」




「安心しろ。嫁の貰い手がなくなったら俺が貰ってやるから」




「そこまで落ちぶれちゃいないわようっ!」




「ま、おまえを貰おうなんていう男は一生出てくるわけないけどな」




「はい!?」




 日紅の眉がピンと上がった。




「犀!またそうい」




「俺が出てこさせやしないから」




「ー…は」




「日紅。おまえのそれってわざと?気づいているんだろ。なんでそんな知らない振りするの?」




「な、なにが…」




「月夜(つくよ)を、好き?」




「え、そ、それは勿論好きだけど…」




「じゃあ、俺は?」




 犀が日紅を見ている。視線を痛いほど感じる。日紅が視線をずらす。興奮して近づきすぎた犀の影が、自分の膝にかかっているのが見える。




「な、なに言ってるの、犀。犀のいいたいこと、わからない」




「おまえが好きだ」




 無意識のうちに犀の膝にのせていた日紅の手を、そっと、犀の手が覆う。日紅は思わずびくっと体を震わせた。




 だめ!違う、だめ。自然にしなきゃ。だってこんなのなんともないでしょう。普通、そういつものことなんだから、動揺するな!




 重なった犀の手に、ゆっくりと力が加わる。それは振り払われるのを恐れるような、でも何か伝えたい感情があって、それが溢れてくるようなー…だめ、考えちゃダメ!




 はやく、へんじをしなきゃ。




 自分がなぜそう考えるのかわからないまま、日紅は笑った。唇は震えていた。




「あたしも好きよ」




「違う。はぐらかすな。顔上げろよ。俺を見て言え、日紅!」




 隠しきれない苛立ちを含ませて犀が言う。




 だめ。顔なんて上げられない。犀の目を見てはいけない。それを見てしまったら、何かが崩れる気がする。




「日紅!」




 日紅は唇を噛んだ。そして、ゆっくりと顔を上げる。思ったより近いところにある犀の顔。その目が、あった。




「好きだ」




 どくんと日紅の心臓が波打った。それは決して、犀のその言葉を聞いたからではない。犀の目。その瞳を見たから。その瞳の奥にあるものを、日紅は確かに見た。そして自分の瞼の奥も。




 言葉にできない、その感情を。




「お前のことが、ずっと、ずっと好きだった。他の何にも代え難いくらいに好きなんだ、日紅。俺と月夜、どっちが好き?比べるのなら、どっちが上?俺はもう耐えられない。こんなに、お前を好きなのに。月夜と同じなんて冗談じゃない。俺はおまえの中に、俺だけがいてほしいと思う。ちゃんと俺を見て、日紅。自分のことからも、現実からも、目を逸らすなよ…」

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