5
朝。犀(せい)は日紅(ひべに)を迎えに来た。
くしゃくしゃの制服で出てきた日紅を見て、犀が笑う。
少しふざけあって、二人で歩き出す。
日紅は犀を見れない。犀が怖いのかもしれないとふと思って、途端におかしくなる。犀が怖いわけない。だって、今までずっと一緒にいた。今更怖いわけがない。
でも、日紅は犀の顔を見れない。目を、見れない。
いつも通りに笑っているように見える、犀。
いつも通りに笑っているように見える、日紅。
犀は、こんな風に笑う人だったろうか。何かを隠して笑っているような。本当におかしくて笑っているのではないと、何かに気をとられているのだろうなと、わかるような。
でもそれは日紅も同じだろう。二人して笑いながら普通を装って話してるのはきっと、気まずくなりたくないから。傍から見ればこの上もなく違和感があるに違いない。
何かが変わった。いや、変わりそうなのだ。犀は変えたいと思っている。でも、日紅はいやだ。このままがいい。
でも、じゃあ、どうしよう?
日紅は変な風に息をついた。
そして、意識せずに言ってしまう。
「犀」
「何?」
「あのさ…。犀。もしかして、何か悩み事とか、あるの?」
日紅は言ってからしまったと思った。何が「しまった」なのかは自分でもわからなかったが、言わなければよかったと日紅は眉を下げた。
案の定、犀の歩みが止まる。
日紅は隣を見れない。犀にあわせて、歩みを止めて、その様子を前を向いたまま伺う。
「日紅」
「っ…せ…」
ぽつりと犀が日紅の名を呼んだ。なにも日紅は悪くないのにごめんなさいと謝ってしまいそうになる。強く、日紅は唇を噛み締めた。
「やっぱりおまえなんにもわかってない」
何と尋ねる前に、犀が日紅の手をとった。そのまま、いきなり走り出す。
「ちょ、せ…!」
日紅はすぐに息が切れた。止まってと言おうとしても、苦しくて喋れない。
日紅の足が縺(もつ)れる。でも犀に手を引かれているから走るしかない。
走って、走って、走って。
やっと、犀の足が止まった。日紅はげほげほと咳き込んだ。苦しい。苦しい。涙が出てきてぱたぱたと落ちた。
立ったままではいられなくて、日紅はくたりと座り込んだ。
犀が何か喋っている。でも日紅にはそれを言葉として認識できるだけの余裕がなかった。酸素がなくて、頭ががんがんと痛む。
そのまま、日紅は倒れこんだ。
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