グリムノーツ~ノーチェと太陽の欠片~

小鳥遊

第1話


 気が付くと光の射さない暗闇の中にいた。


「きゃっ。何も見えないじゃない! み、みんな、どこ~?」

 ふいに女性の声が響く。きれいなソプラノに戸惑いの色が混じっている。

「待てお嬢!!闇雲に動き回るな!!こんな暗闇の中で迷子にでもなられたら洒落にならん!」

 きれいな声に反応して、慌てて制する男性の声。声から女性の方はレイナ、男性はタオだと分かる。

「そうです。姉御は方向音痴なんですから、大人しくしていてください」

 ついで冷静な女性の声。シェインだ。

「私は迷子でも方向音痴でもないわよっっ!でも、そうね。しばらくは動かない方が良さそう」

「…ふむふむ。この手触り、どうやらシェインたち洞窟の中にでもいるようですね」

 そんな呟きが聞こえて腰を折り手を床についてみると、冷たい地面の感触がした。更に声の反響具合から、ここが開けた場所ではなく洞窟のような四方を囲まれた場所であると判断したのだろう。目が見えなくても状況を確認する術はあるのだと感心する。


「…さっきから声が聞こえないけど、エクスもちゃんといる?」

「うん。いるよ」

 名前を呼ばれて慌てて返答する。

「霧を抜けるといきなり暗い洞窟の中だなんて…一体ここは何の想区なんだろう?」

「さあ…真っ暗闇の想区なんて今まで聞いたことないわ。まったく、こんな場所にいきなり放りだされるなんて…!」


 想区、とはストーリーテラーが紡ぐ物語の舞台の事だ。想区はそれぞれが島のように霧の中に点在していて、僕たちは4人で霧を渡り色々な想区を旅している。

 想区の住人には『運命の書』と呼ばれる、いわば台本のようなものが与えられる。その運命の書に従って、生まれてから死ぬまで与えられた役割を演じる。それがこの世界のことわりだ。

 でも僕たちは4人とも、ストーリーテラーから何の役割も与えられなかった。僕たちの運命の書は真っ白だった。そんな僕たちが何の因果か巡り合い、空白の書の持ち主同士、一緒に旅をしているのだ。

 カオステラーと呼ばれる、想区を壊す存在から、想区を、そこに住む人たちを守るために。そして歪められてしまった想区を、元の正常な状態に戻すために。


「レイナ、カオステラーの気配はする?」

「うーん。まだなんとも言えないわね。早く調査したい所だけど、こう暗くっちゃね…」

「都合よく想区の人間でも通りかかってくれれば楽なんだがなー」

「誰かランプ持ってなかったっけ?」

「それが…ちょうど油が切れてて…次の想区で補充しなきゃとは思ってたんだけど……ごめんなさいっ…!」

「いえ、謝らないでください。これは管理を姉御に任せていたシェイン達の落ち度です」

「うぐっ。そんな言い方しなくても良いじゃない!」

 ぐちぐちと不満を漏らしつつ、しばらくは4人でとりとめのない会話を続けた。姿も見えない中、いつ“敵”が襲ってくるかもわからない。お互いの安否を確認するためにはこれが一番だ。


 その内にだんだん目が慣れてきて、辺りの様子がぼんやりと見えるようになってきた。

「だんだん見えるようになってきましたね。…こっちに扉がありました。どうやら通路に繋がっているようですね」

 シェインが扉を開けると、通路からの明りがぼんやりと僕たちがいる部屋を照らした。


 ただの洞窟と思っていたそこは、どうやら地面を掘って作られたかなり広い空間のようだ。造りからして礼拝堂のような場所だと思われる。僕が寄りかかっていた壁も、壁ではなく翼を広げた女神さまの石像だった。

 通路もやはり地面を掘って作られており、地肌は四面ともむき出しの状態だ。壁の高い位置が小さくくり抜かれており、そこにかなり照度の低い照明が置かれている。


「どこに繋がっているのかしら?まぁ、行ってみるしかなさそうね」

「だな。ここでじっとしてても仕方ないし、進んでみようぜ」

 通路の照明はないよりはマシだが、それでもかなり暗かった。しかも、設置されている間隔が広いため、照明のない場所では足元も充分に見えない。

 レイナがはぐれないよう列の真ん中に据え、慎重に一列になって壁伝いに進んだ。

 しばらくは一本道だったが、しばらくして進む先の目標としていた壁の灯りが2つに増えた。分かれ道だ。


「…どっちだ?」

「二手に分かれるのは危険だよね…」

 岐路の前で僕たちは逡巡する。どちらへ進むべきか…。


「うわぁぁぁぁ!!」


 いきなり通路の奥から叫び声が聞こえて、飛び上がる。

「今の悲鳴?!」

「こっちの道から聞こえました!」

「よし。ひとまず行ってみようぜ!」

 声の聞こえた方の道へ、真っ先にタオが駆け出す。次いでシェイン。僕もその後に続く。不安になってちらりと後ろを振り返ると、レイナもちゃんと着いてきているみたいだ。

 道は踏み固められ平らに均されているが、よく見えない分駆け足では何度か転びそうになる。というか、実際に途中でレイナは転んでしまったらしく「ぎゃんっ」といううめき声が後ろで聞こえた気がする…が、今は先を急がないと。一本道だし、ここで道に迷うことはないだろう。


「あ、あそこ!男の人がヴィランに襲われています!!」

 通路の先に少しだけ明るい空間があった。といっても、通路よりはわずかに明るい、といった程度である。しかし物はなんとか視認できる。

 シェインが指さした先には、一人の青年が真っ黒な影の怪物“ヴィラン”達に襲われていた。

「これはタオファミリーの出番だな!!…ってお嬢?大丈夫か??」

 やれやれ。と言わんばかりのタオに、ようやく追いついたレイナがよろめき、息を切らしながらも答える。

「はぁ、はぁ、はぁ…よし、助けるわよ!」

 呼吸を整えてレイナが掛け声を上げるより少し早く、シェインが愛銃でヴィランを撃ち抜き、青年の退路を開いた。響く銃声とヴィランの叫び声に驚き、青年はようやく僕たちに気づいたようだ。


「君たちは?!」

「早くこっちへ!危ないからあなたは下がっていて。話はあとよ」


 僕たちは各々のヒーローとコネクトし戦闘の準備を終える。

『導きの栞』を空白の書に挟む事によって、様々なヒーローと繋がることができる。ヒーローとは語り継がれる物語の主役や主要人物となるキャラクター達。

 そのヒーローの力を引き出し、ヴィランと戦う力を得ることができるのだ。

 コネクト中は、各々の姿もそのヒーローの姿へ変わり、

 僕は弓をつがえる狩人へ、レイナは刀を振るう鬼の少女へ、タオは盾と槍を構えた騎士へ、シェインは大太刀を操る武人へと。みんなそれぞれの適正にあったヒーローとコネクトし、ヴィランへと挑む。


 ヴィランは皆、小人のような形をしている。ブギーヴィランと呼ばれる、最も一般的なヴィランだ。

 弓を引き、狙いを定める。が、暗く狭い空間の中、なかなか思うように的を絞れない。

「くっ」

「新入りさん!こんな洞窟の中では遠距離攻撃は不利です!接近戦に切り替えましょう」

「う、うん!」

 僕はロングソードを携えた少年へとコネクトを切り替える。

 導きの栞にはヒーローを2人まで登録することができ、戦闘中でも状況に合わせて自由に切り替えが可能だ。どういう仕組みなのかはよく分からないが、なかなかに便利な代物である。


「みんな、なるべく派手な必殺技は控えて!下手に洞窟にダメージを与えて、壁が崩れてしまったら危ないわ!」

「生き埋めになったら洒落にならねぇな…」


 それに加えて、このような状況下で一番注意しなければいけないのが同士討ちだ。お互いに声を掛け合い、みんながどこにいるのか把握しつつ剣を振るう。精神をすり減らすような戦い方だ。


 だが、全員が前衛職という異色のパーティーになったことで、格段に機動力は上がった。身軽い剣士である僕とレイナは細かいステップを踏みつつヴィランの背後に回り込みながら、大太刀を振るうシェインは重い攻撃で相手をのけ反らせながら、重装備のタオは盾でヴィランを押し出すように動き、徐々に部屋の中央へとヴィラン達を全員で囲むように追い込んでいく。


「はっ!やぁ!たぁぁっ!!」

 鋭い3連撃を繰り出し、やっと最後のヴィランが消滅する。意外と時間がかかってしまった。


 ブギーヴィラン自体は大して強いわけではないが、洞窟の中という狭い空間に加え、光量も充分にない中でなかなか思う通りに動けず思わぬ苦戦を強いられてしまった。

 辺りにまだヴィランが残っていないか確認を行い、僕たちはようやくコネクトを解除した。

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