農協おくりびと (66)大騒動がやって来る 


 半年もたつと新米の葬儀司会者が、安心して見ていられるまでに上達する。

葬儀のあと。長老がちひろのそばへ寄って来た。


 「今日はよかった。とくに、かすかに浮かべた最後の笑顔がよかった。

 笑顔で見送ってやる。お前さんの、そんな心づかいが垣間見えたわい。

 葬儀とはいえ、仏頂面の司会はいかん。

 女性の笑顔というものは、葬儀の時でも参列者のこころを癒す。

 笑いすぎるのは不謹慎だが、ささやかな笑顔で見送ってやる。

 そういう司会者が居ても、いいじゃろう

 今日は100点、いや、120点の出来じゃったのう。あっはっは」


 長老が、満足そうな笑顔を見せる。

80を超えると、斎場へ足を運ぶ機会が増えてくる。

「これから先も元気でいると、おおぜいの同輩を、見送る機会が増えてくる。

長生きはしたくないのう。後輩を見送る機会も増えてきた。

寂しいことじゃ、つらいことじゃのう」と言うのが長老の、口癖になってきた。

「じゃがワシはお前さんに逢えるのが楽しみで、此処へやって来る」

と、最後に必ず付けくわえる。


 「そうじゃ。ワシは明日も顔を出すぞ。

 ワシだけじゃない。祐三や、例の独身3人衆も警備でやって来るはずじゃ」


 「あら、みなさんが警備でお見えになるのですか、珍しいですねぇ。

 誰か特別な方でも、亡くなったのですか?」


 「有機農業の草分けが亡くなった。

 有機をやっておるお前の叔父さんも、世話になったご仁じゃ。

 気骨な男だった。農薬の使い過ぎは駄目だ。

 化学肥料の使い過ぎも駄目だと、うるさく提唱した男じゃ。

 最新の化学肥料を使えば、量は採れるが、野菜本来の味が失われると

 警鐘を鳴らした男だ。

 あしたは、たくさんの農家が来る。

 賑やかにおくってやろう。

 気骨のある男を見送るのは哀しいが。こればかりは仕方ないことじゃ」


 そういえば今朝の朝礼で、所長が妙に緊張していたことを思い出す。

「今夜から明日にかけて、台風のようなものが、ここへ上陸いたします」

大きな汗を拭きながら、所長が語っていたのを思い出す。

有機農法の草分け農家の葬儀なら、かなり大きな規模になるはずだ。

「台風が上陸する」というのは、そういう意味かとちひろがようやく納得する。


 「ところで、お前さん。

 キュウリ農家へ、嫁に行くという話は本当か?」


 「わたしが、キュウリ農家へ嫁に行く?

 どっ、どこから出たのですか。そんな葉も根もないうわさが・・・」


 「馬鹿者。葉はあとで、根が先じゃ。

 だが動揺したところを見ると、まんざら根拠がないわけではなさそうだ。

 悪くない組み合わせじゃ。男が4歳年下なら充分すぎるほど体力があるじゃろう。

 たぶん。精力は絶倫じゃな!」


 「長老!。場所をわきまえて下さい。みなさんが聞き耳を立てています!」


 「誰もおらんじゃろう。周りには。

 ここに居るのは、ワシとお前さんの2人だけじゃ。

 光悦が居ることは知っておるが、あいつは駄目じゃ、どうにも埒があかん。

 あいつも、なんだかんだと、いろいろ抱えておる男じゃ。

 一筋縄ではいかんじゃろう。

 いい加減でお前さんも、光悦のことはあきらめたら、どうじゃ」


 「え・・・」長老の口からいきなり飛び出してきた光悦の名前に、

ちひろが面食らう。

「縁がなくとも、ただの幼なじみだと考えれば、どうってことは無かろう。

それとも何か。やはりお前の男は、光悦でなければだめなのか?。

それならそれで、ワシにも考えがあるんだが・・・」



 (67)へつづく

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