農協おくりびと (63)複雑な関係?

「まさか!」ちひろが、顔を青ざめて立ち上がる。

2人の中学生は、もうひとりのちひろが10代の時に産んだ、光悦の子供!。

そんな直感が、ちひろの頭の中を駆け抜けていく。


 「おあいにく様、それは外れだと思います。

 ただし。光悦クンが、双子を産んだちひろのために働き始めたのは事実です。

 寺を継ぐはずだった光悦クンが、県都で消防士になったのはそのためです」


 「なんで知ってんの、そんなことを、あんたが。

 あんた。転校したあと、ずう~と東京に住んでいたはずでしょ。

 そんなあなたが、光悦の事を知っているはずがないわ」


 「それも外れです。

 母が離婚したため、18のとき、県都の前橋へ越してきたの。

 光悦クンと出会ったのは、年齢を誤魔化して、市内のスナックで働いていた時。

 べろべろに酔っぱらった光悦くんから、仔細を聞き出しました」


 「その仔細を聞かせてよ。

 なにがどうなって、いま、こんな風になっているのさ」

 

 「それもおあいにく様。

 職業上、知りえた個人の情報は、口外いたしません。

 水商売に生きる女は、口が堅いのよ。残念でしたねぇ、諦めてくださいな」


 「さっき。全部、話すと言ったばかりじゃないの!」


 「言葉の綾です。口の堅い女は、墓場まで秘密を持っていくのよ」


 女将のちひろが、ごくりと喉を鳴らしてビールを飲みこむ。

これ以上、何を聞いても無駄ですよと、鼻で笑う。

すべてが明らかになる。そう思い込んでいたちひろが、がっくりとうなだれる。


 「真実なんて、知らないほうが幸せよ。

 男と女のドロドロした、どうしょうもない話だもの。

 何も知らず、ただの幼なじみとして生きていった方が、お互いのためだよね。

 と、わたしは思います」


 カウンターから出てきた女将のが、うなだれているちひろの隣に腰をおろす。

「焼け酒でも呑む?。光悦クンのおごりで?」女将の目が、悪戯っぽく笑う。

予期せぬ重大事態の発生だ。とてもでないが、呑みたい気分にはなれない。

だがその反面。呑まずにいられない心境もどこかに潜んでいる。


 「ウィスキー。ダブルで」 


 「どっかのジジィと同じだよ。

 ウィスキーのダブルなんて、古臭くて野暮すぎます。

 サワーで割った、ハイボールがおすすめなのよ。

 はい。そう思って準備しておきました、あなたのためのハイボール」


 「こういう展開になることを、最初から分かっていたのね、あなたは」


 「この道、13年目の大ベテランです、あたしは。

 光悦クンが通夜にやって来た時から、荒れるな今日はと、確信していました。

 あなたが到着する少し前。もうひとりのちひろから、電話がかかってきたの。

 よく考えてごらん。

 檀家でもない通夜に、修行中の僧侶がわざわざ顔を出したのよ。

 それだけでも、おかしいと思うでしょ。

 もうひとりのちひろと、実は、のっぴきならない関係にある。

 そう考えるのが自然でしょ?」


 「やっぱり、双子の父親は光悦でしょ。

 あなたは否定したけど、わたしはそう思えてなりません。

 だから、通夜にも顔を出したんだ。

 ショックだなぁ・・・わたしの光悦に隠し子がいたなんて。

 それも双子だなんて」


 「まだ決まったわけではないでしょう。先走りし過ぎよ、あなたは」


 「打ちのめされたなぁ、今日は・・・こんなときは呑むしかないなぁ。

 女将さん。ウイスキーダブルで、お替わり!」


 「よしなさい。酔っぱらったジジィのような注文は。

 ハイボールが主流なのよ。スマートに、サワーで割ってと言いなさい」

 

 「じゃ、ダブルをサワーで割ってください。

 それなら何の問題もないでしょう。オーダーの仕方に」



 (64)へつづく

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