農協おくりびと 61話から70話

落合順平

農協おくりびと (61)仮通夜と、本通夜


 通夜とは夜を徹して、使者に邪霊が取り付くのを防ぎ、死者の霊を守り、

慰めるという意味がある。

故人に「あなたは亡くなったのです・・」と知らせる場でもある。


 通夜には、「仮通夜」と「本通夜」がある。

亡くなったその夜、家族だけで故人と一緒にすごすことを「仮通夜」と呼んでいる。

その日のうちに、本通夜を行えるケースはほとんど無い。

亡くなったことを知らせる連絡が すべてに行き届かないからだ。


 家族や、取り急ぎ駆けつけられる者だけで、仮通夜がいとなまれる。

言い換えれば、自宅に帰ることが出来る故人のみが、仮通夜をおこなえる。

自宅に帰ることが出来ず、病院で亡くなった後、そのまま施設の霊安室へ

移動するケースが増えている。

せめて一晩だけでも一緒に過ごしたいと希望する場合は、病院霊安室に、

朝まで過ごせるよう頼んでみるのも、良いかもしれない。


 本通夜は、葬儀式前日におこなわれる前夜祭のようなものだ。

仮通夜に駆けつけられなかった人たちも、翌日の本通夜なら訪れることができる。

当然のことながら、仮通夜より規模が大きくなる。

本来なら、葬儀・告別式が本葬の日にあたる。

大勢の人たちに本葬へ来てもらいたいのだが、仕事の事情などで、最近は

本通夜に訪れる人の方が多くなってきた。


 本通夜は午後6時頃からはじまる。

たいていは、30分から1時間程度で終わる。

斎場でいとなまれる「本通夜」の場合、親族たちはさらなるしきたりの場に移動する。

場所を移して、通夜ぶるまいの席へ着く。

僧侶や弔問客を別室へ案内して、料理を振る舞う事を通夜ぶるまいと呼ぶ。


 さくら会館では、そのための別室が用意されている。

20畳ほどの部屋がある。

30人から40人ほどの近親者が、通夜ぶるまいの接待を受ける。

宴会ではない。あくまでもしずかに飲食はすすみ、1時間程度で終わりを迎える。


 予定の時間が来たら、喪主が散会のあいさつを述べる。

さくら会館には、通夜ぶるまいのあいさつ例が用意されている。

喪主はそのうちのひとつを選び、あとは、たんたんと読み上げるだけだ。


 「本日は突然のことにもかかわらず、母○○○の通夜にご参列いただきまして、

 ありがとうございました。

 皆さまのおかげをもちまして、とどこおりなく通夜を終えることができました。

 まだゆっくりしていただきたいところですが、明日のご予定もあるかと存じますので、

 この辺で散会とさせていただきます。

 お気をつけてお帰りくださいませ。

 なお、明日の葬儀・告別式は午後○○時より行う予定でございます。

 お時間が許すようでしたら、ご会葬いただければ幸いです。

 本日は遅くまでありがとうございました」


 喪主の挨拶が終ると、ちひろたちも、ようやく解放される。

終わる時間を見透かしたように、数分後に、光悦から電話がかかってきた。

(いまの時間に電話をかけてくるとは、さすがに坊主の息子ですねぇ・・・)

光悦から、久しぶりにかかってくる電話は嬉しい。

だが、高ぶる気持ちを読まれないように、つとめて冷静をよそおいながら

ちひろが低い声で応対に出る。


 「はい。ちひろです。

 え、いつもの居酒屋『ゆうりん』で、もう呑んでいるの?。

 はい、通夜はいま、時間通りに終わりました。

 ・・・いきなり来いと言われても、疲れているのよ、あたしは。

 今日は、朝の8時から働き通しなの、あたしは。

 ようやく、たったいま、身も心もようやく解放されたところなのよ。

 えっ、いやなら来なくてもいい?。

 行きます。行くわよ、あなたに聞きたいことが有るもの。

 早くしないと電車が来る?。9時30分と言えば、あと1時間と少しじゃないの。

 せわしないわね。急がし過ぎるんだからあなたって人は。いつも・・・」


 (62)へつづく

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