その1
「ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
朝六時。獄の森一帯に耳を劈く悲鳴のような声が上がる。鳥の妖怪による朝の雄たけびだ。
僕、
かれこれ十六年間この村に住んでいるが、この鳥による“自然の目覚まし”には慣れないでいた。
もぞもぞと僕は一人には大きすぎるキングサイズのベッドを寝ぼけ眼で這うように移動していると、ベッドの終点付近で障害物にぶつかる。
んー。と手さぐりでその障害物を触っていると、ぽむっとやや出っ張ったところに辿り着いた。その頂きの正体を知るため少々強めに掴むと、どこからか「んっ……」と艶っぽい声が聞こえてきたので、僕ははっと目を開けた。
するとそこには、艶のあるロングヘヤーぱっつんの黒髪が色っぽく乱れた少女が寝ていた。
その少女は、薄ピンクのタンクトップと水色のショートパンツを身に纏っていて、一見は何処にでもいるような人間の少女に見えるのだが、特出すべきは頭に付いた可愛らしい角。
いわゆる鬼の角である。
そう、僕が掴んだのは、その鬼の少女の発展途上である胸。
「うわー! 木蓮、なんでここに居るの」
僕は飛び起きて木蓮の胸を掴んだ手を急いで離す。その反動で僕は再びベッドへ仰向けに転がってしまった。
彼女の名前は
「んー。田吾作おはよー」
木蓮は眠い目を擦りつつ、むくりと起き上がる。それに倣い僕も再度起き上がる。
「おはようって、呑気に言っている場合じゃないよ。なんで僕の部屋で寝ているの」
僕は十四歳の立志の儀を行ってから、育ての親である村長の許を離れ、村営のアパートで一人暮らしをしている。
防犯のために毎日夜、寝る前は欠かさず戸締りをしているので、誰も入ってくることは出来ないはずなのだ。
すると、木蓮は申し訳なさそうに状況説明を始めた。
「えーっと、自分の家で寝てたんだけど、お腹空いて目が覚めちゃったから田吾作のお家まで来ちゃった。どうしても人間の里で流行っている“ぴっきんぐ”っていう方法が試したくて侵入しちゃいました」
木蓮はそう言って、僕に器用に曲げられた針金とヘアピンを見せる。
人間の里でそんな犯罪まがいのことが流行っているのかと僕は恐れおののく。
僕は、物心付いたときからこの獄の森で、魑魅魍魎たちに囲まれた生活を送っている。人間の里のことなんて、学校の図書室にて独学で学んでいる知識でしか知らない。
人間の里には一度は行ってみたいけど、森から里まで歩いて丸二日かかるらしいので、なかなか行けずじまいでいる。
でも、そんな人間の里で“ぴっきんぐ”という物が流行っていると聞いて、ちょっと行く気が失せる僕なのであった。
「木蓮、あのさぁ。そんな犯罪行為みたいなことしちゃ駄目だよ。お腹空いたら、木蓮のお家のご飯食べたらいいじゃない」
僕が優しく諭すように注意すると、木蓮は急にモジモジし始める。
「ど、どうしたの? そんなにモジモジして」
「だって、家にあるご飯よりもっと美味しそうな食べ物があるからココまで来たんだもん。食べてみたいなー」
木蓮は潤んだ瞳で僕を見る。そんな仕草に僕は嫌な予感しかしていないが、あえて聞いてみる。
「その、美味しそうな食べ物って一体何?」
「もちろん田吾作!」
目を爛々と輝かせて答える木蓮に、僕は大きいため息を付きながら頭を抱えた。
《大滝田吾作自身が食べていいよ、と言えば村の皆が彼のことを食べられる》
そんな村の掟のことを知ったのは、ひとり立ちする前日の晩。育ての親である
聞かされた当初はツッコミ所が多すぎることと、不安で頭の中がごちゃごちゃで気持ちの整理がなかなか付かなかった。でも、今となっては拒否すれば食べられないのだからと、今まで通りの生活を送っている。
ただ一つ、村の誰かが僕に“食べていい?”と事あるごとに訊ねてくることを除いては。
「駄目って何回も言っているでしょ。これで今月何回目なんだよ?」
僕はベッド横の鏡を見ながら灰色が混ざったような水色の髪の両サイドに三つ編みを編みこみながら、キッパリと木蓮に断る。
「えー。何回も言えば気が変わるかなって思ったんだけど、やっぱり駄目なのか」
そんな自分の命の危険を何回もしつこく言っただけで、素直に首を縦に振る奴が何処にいるんだと僕は内心ツッコミながらベッドから降りた。そして、ハンガーラックにかかっている高校指定である臙脂色の制服を取り出し、袖を通した。
「ん、田吾作、もう出かけるの? まだ学校行く時間には早いよ」
時計はまだ六時半を指したばかりだった。学校は始まる時刻は九時。木蓮は僕が早々に学校へ行く準備を始めているのを不思議に思いながら眺めていた。
「今日は朝市の日でしょ。だから買い出しに行くんだよ。買出しのあとは学校の図書室で自主勉」
「おー、なるほどー。田吾作は勉強熱心だよね。尊敬しちゃうな」
木蓮は満開の花のような笑顔を振り撒く。僕はその姿をちょっと可愛らしく思えてソッポを向いた。
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