第21話 エルフとハバネロ肉まん再び
ぼくはその光景に、まるで目が回るような気がした。
肉まんのスチーマーの中。
その最下段にある、目にも鮮やかな真っ赤な肉まん。
――そう、激辛ハバネロ肉まんだ。
それがなぜか、ぎっしりと詰まっていたのだ。
一、二、三、四……、十個以上は入っている。
まるで赤いスライムの大行軍のようだ。
ほかほかに温まったそれを見つめながら、エルフちゃんが涙目になっている。
「……エルフちゃん」
「うん」
「言いたいことはわかってるね?」
「……うん」
前にも言った通り、この肉まんはほとんど売れない。
ぼくは時計を見た。
午後の八時過ぎ。
こんな時間から、これほどのハバネロ肉まんが売れることはまずないだろう。
とはいえ、ぼくも一応は大人だ。
どうして、こんなことをしでかしたのか。
ぼくの前のシフトで、いったい何が起こったのかをきちんと聞く必要がある。
「なにがあったの?」
「ええっと……」
……そしてときは、三時間前にさかのぼる。
不思議なことがあるもので、いつもはまったく売れない商品が立ち続けに売れることがある。
その日、エルフちゃんはハバネロ肉まんを見て思ったらしい。
(今日はハバネロ肉まんを買っていく日!)
彼女はぼくの言いつけ通り、一個ずつしか温めていなかった。
そこで事件が起こる。
「ハバネロ肉まんください」
珍しくハバネロ肉まんが売れた。
そして補充したものが温まったころ……。
「えっと、フライドチキンとハバネロ肉まん」
そのとき、エルフちゃんの就業時間まで二時間。
……まだ間に合う。
しかし念には念を入れるべきだ。
また売れてもいいように、ぼくの言いつけを破って二個スチーマーに入れた。
だが……。
「ハバネロ肉まんをふたつ」
このとき、就業時間まで一時間。
次に売り切れてしまえば、きっと彼女の帰るころには間に合わない。
エルフちゃんは迷った末に、最後の手段を強行した。
「……で、思わずたくさん入れちゃったと」
「だっておかしいもん! なんでみんなたくさん入れたら買って行かんなるん!?」
「あー。そればっかりはねえ……」
売れてるからと思ってたくさん調理すると、なぜかぱったりと売れなくなる。
まあ、よくあることだよね。
「まあ、今日は店長に事情を説明しとくよ。次から気をつけてね」
「う、うん」
「はい、ハバネロ肉まん」
「……ありがと」
エルフちゃんはハバネロ肉まんを持って、ためらいがちに帰っていった。
さて、と。
「姫騎士ちゃん」
ぎく。
さりげなく帰ろうとしていた彼女を呼び止める。
「先輩はどうしてエルフちゃんを止めなかったのかなあ?」
「えっと、その、これは……」
「もしかして、エルフちゃんに仕事をぜんぶ任せて自分は裏でサボってたなんてことはないよね?」
姫騎士ちゃんはだらだら汗を流しながら、目を泳がせていた。
「は、ハハ。そ、そんなことは……」
その声が尻すぼみに消えていく。
結局、この大量のハバネロ肉まんはすべて彼女が買って行ってくれた。
めでたし、めでたし。
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