魔女に与える鉄槌
民間人。
第1話 雹の降る森
霧の向こうには村がある。その村では、人々は振り下ろされるガラスに恐れ慄き、道行く村人は足早に通り過ぎていく。畑には至る所に光が反射し、緑の兆しはない。ただあるのはこげ茶色の葉をしならせる野菜だけだ。物乞いは小刻みに震えて手を差し出し、道行くものは見向きもせずに通り過ぎていく。季節外れの冷たい木枯らしが人と人との隙間を駆け抜け、物乞いは唇を青くして両手をさする。肌に生えたリンゴをおさえて唸る人々が見るのは、どす黒い藁の天井で、空から降る災厄は隙間から滴る滴となってその肌を伝う。小さく渇いた咳をし、仰ぐことのできない青を想う。今日も、雹が降り注いでいた。
森の中を足早に進む四人の旅人がいた。空から猛烈に叩きつけられる雹から体をかばいながら、道なき道をまっすぐ進んでいく。
「あぁ、何か食べたい……」少女がポツリと呟く。
ぐぅ、という力のない音が周囲に響く。
「大丈夫?」
そう言った青い髪の男が少女の荷物を代わりに背負った。
「全く、なんなんですかこの想区は……村から嬉々として追い出されたかと思ったら、まともに歩ける道もないじゃないですか……」と、黒髪の少女が呟く。
銀髪の背の高い男は「それ以上言うな、流石に気が滅入る……」と言うと、一同が大きなため息を吐いた。
青髪のエクス、銀髪のタオ、黒髪のシェイン、そして、調律の巫女と呼ばれるレイナは、物語の秩序を破壊するカオステラーの存在を見つけ、この想区にやって来た。ところが、最初に辿り着いた村は廃墟のように荒廃し、人々は彼らを歓迎すると途端に森を進むようにと指図したのだった。言われるがままに開いた道を歩くと、突然どす黒い雲が空を覆い、雹が降り出した。一向に止む気配がない雹の中を、彼らは仕方なく歩くことになったのだ。
しばらく歩くと、一同の前を黒い影が通り抜けていく。
エクスが「ヴィランだ!」と叫ぶ。タオが舌打ちをして、空白の運命の書を開く。
レイナは「ヴィランって食べられるのかしら……」と呟く。
「やめとけ、腹壊すぞ」と、タオは呆れ顔で言った。
ヴィラン達が色鮮やかな果物を運んで歩いて来る。鼻歌を歌いだしそうなほどのご機嫌な様子で、村へ向かって歩いていく。一同の目に光がともった。四人は茂みに隠れると、各々の運命の書にしおりを挟んで、臨戦態勢に入った。最後尾が通り過ぎる瞬間、彼らは一斉にヴィラン達に襲い掛かる。ヴィラン達は突然の奇襲に慌てて応戦するが、獣のごとく暴れまわる一行にほとんど数瞬のうちに蹴散らされてしまった。
「おいしそうな果物がいっぱいですね」シェインが目を輝かせて言う。
レイナは真っ赤なリンゴを一口齧ると、その瑞々しさに思わず体を震わせながら、「助かったわ」と呟いた。
一行はその場に座り込み、各々が好みの果物に齧り付く。タオが豪快に果物を口に放り込むと、それに負けじとシェインが丸々一個のなしを口に放り込む。久々の食事に一行は理性を忘れ、気が付くとほとんどの果物を食べつくしていた。
「食べ過ぎたわね……」レイナが呟く。食い散らかした果物の汁が道のあちこちに染み込み、リンゴの芯がそこかしこに落ちている。シェインはかすかに甘い匂いのする手を舐めると、小さくため息を吐いた。エクスは少し名残惜しそうにしながら、果物の残りをかばんの中に大切にしまった。空には久々に太陽が顔をのぞかせていた。
一同が立ち上がって先に進もうとすると、「お兄ちゃんたち、どうしたの?」というあどけない少女の声が聞こえた。
不審に思った一同は辺りを見回す。森の茂みからガサゴソと音がして、一同が一斉に振り向くと、青い帽子をかぶった金髪の少女が顔だけをのぞかせて上目遣いで見つめていた。一同は顔を見合わせる。
「見たことあるね」、「グレーテルですね」と、各々が思い思いの感想を述べる。グレーテルは首をかしげる。暫く一行を見つめていたグレーテルは、突然茂みから出てくると、注意深く鼻をひくつかせ、道に散乱する種を見て顔をしかめる。
一通り見まわした後、グレーテルはエクスに近づいて、匂いを嗅ぎながら鞄の中をのぞく。「ど、どうしたの?」エクスが困惑しながら訊ねると、グレーテルは顔を上げてはにかんだ。
「お兄ちゃんたち、黒い子たちやっつけたの?」
グレーテルの質問に対し素直に応える一行を見て、グレーテルははしゃぎながら茂みの中に入っていく。暫くすると、彼女は茂みから再び顔を出し、「こっちに来て、頼みたいことがあるの!」と手招きをした。
レイナは三人の方を向いて「行ってみましょう。何かわかるかもしれない」と言った。「罠かもしれませんよ?」シェインは怪訝そうに眉を顰める。「確かにシェインの言うとおり、警戒した方がいいわ。それでも、今は何もヒントがない。状況を打開するにはついて行った方がいいわ」レイナはあくまですまして言う。
グレーテルは再び茂みから顔をのぞかせて、不機嫌そうに頬を膨らませる。
「はやくきてよぉ」今にも駄々をこねそうな表情で睨み付けるグレーテルに、シェインは溜息を吐いた。
「まぁ、あんな子供をほっとくわけにいかねぇしな。行こうぜ」タオは頭の上で腕を組んで歩きだした。
一行は、大はしゃぎで道なき道を突き抜けるグレーテルの後を追った。
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