大海原に架かる虹の橋

あひる

第1話

『調律の巫女』ことレイナ率いる一行はいつものようにレイナがカオステラーの気配を察知し、とある想区へと辿り着いたのだが――


「これって…海…でいいんだよね?」

と、眼前に広がる水平線に対し、あまり海を目にしたことのないエクスが、少ない経験から自らの記憶に残る海と眼前に広がる大海原を照らし合わせて、驚きと困惑をない交ぜにした疑問を呟くエクスに対し、

「うぉぉぉぉ!?こりゃすっげーな!!」

目を輝かせ喜々として声を張り上げるタオ。

「いや、確かに凄いですけどもこれは…」

チラリと自分たちの背面の景色も確認したシェインが困った表情を浮かべた。

「見渡す限り海!海!海!こんなの一体どうすればいいのよーーー!?」

状況をしっかりと把握したレイナが悲痛な叫びを上げるも、ただただ大海原に響き渡るだけだった。


そう、一同は霧を抜け、この想区に辿り着いたとき既に、全面海に囲まれた、端から端までが目視で確認できる程の、海から突き出した島とも表現し難いこの孤島に降り立ってしまっていたのだ。

「うーん…遠くに島とかも見当たらないね?」

周囲の水平線に何かないかと目を凝らして観察するも、結局海以外に何もなく残念そうなエクスに続き、島の端から下を覗き込んでいたシェインが、

「しかもここ結構な高さがありそうですね。飛び込んでしまっては戻ってこれそうにはありませんが…」

と、ノリノリで準備体操を始めていたタオの背中に蔑んだ視線を送る。

「えっ!?まじかよ!?」

と、島の端へと駆け寄り、地面に伏しながら下を覗き込んだタオが、確かにこれは無理そうだと零しながら苦笑を浮かべた。

「とは言っても、いつまでもただここにいるわけにもいかないし…。間違いなくこの想区にカオステラーの気配は感じるし、こうしてる間にも誰かがヴィランに襲われてるかもしれないわ!」

「………ダメですね。姉御のフラグ立ても決まったところで、ここらで敵さんでも現れてくれたらと期待したのですが。そう上手く事が運んでくれそうにはありませんね。」

やれやれととりあえずその場に腰を下ろすシェインに続き、どうしたらいいのとレイナも力なくその場に座り込む。そんな姿を眺めていたエクスにも現状を打破できるような案など浮かばず、何かないかと思考を巡らせていると、

「――よしっ!」

とタオが声を上げるので、三人の視線はそちらへと集まった。

「何か良い案でも思い付いたの!?」

と期待の眼差しを向けるレイナに、いやいや相手はタオ兄ですよ?どうせと何も聞かずして呆れた顔をするシェインにまぁまぁ聞けよと自信あり気に満を持してタオが口を開いた。

「泳ぐしかねーな!」

両腕を組みながら大海原に視線を移し、うんうんと頷きながら一人決意を固めるその背に、

「タオってホントに…バカなんじゃないの?」

「だから言ったじゃないですか姉御。今までのことを思い出してもみてくださいよ?」

「あっ…いや…ちょっと…思い出したくないかも…」

二人に言いたい放題言われ、

「なんだよなんだよ?じゃあ一体どうしようって言うんだ?」

と半ば拗ね気味にドカッとその場に座り込むタオを見て、

「この海の先に何かある保証がないのでは、皆溺れてしまう危険性の方が高いですから。――ね。」

とシェインに諭され、それもわかってはいるけどよ、と大きなため息を吐く。

「それにしても…。こんな海だらけの想区で、住民は本当にいるのかな?いるとしたら、皆船で生活してるとか、どっかに大きな大陸でもあるのかな?」

エクスがこの想区に対する疑問を口にすると、皆の意識も一度そちらの方へと移り、

「そうね、案外海でも見ていたら船が通ったりとか…ああっ!!」

突然のレイナの叫び声に驚き三人が何事かとレイナを見ると、何かを指さしながら口をパクパクさせているので、三人の視線は自然とレイナが指す方へと集まる。

「…あれは?」

「もしかして…人?」

レイナが指さすその先には人影があったのだ。確かに人影はあったのだが、シェインとエクスの歯切れが悪い。と言うのも、当然辺りには人が立てるような陸地はなく、たまたま通りがかった船があったわけでもなく、その人影は“海”ではなく“空”にあったのだ。

「あー…なるほど。確かにこの世界の方々の移動手段が“飛行”であるのなら、辺り一面海でも問題はありませんね。」

納得です。と、顎に手を当て頷くシェインを尻目に、

「あれが人なのかとか、敵か味方かとか、そんなこたぁどうでもいい!とりあえず気付いてもらわねーと!こんな場所でヴィランに襲われたくもねーし、これ以上ここにいたくもねぇ!あいつが行っちまったら次に誰か通るとも限らねぇし呼ぶしかねぇぞ!?」

タオの言葉に皆、目を見合わせ頷けば、すぅーと肺一杯に空気を吸い込み、おぉーい!!と人影に向けて呼び掛けた。


どうやら声は無事に相手に届いたらしく、人影は四人の方へと近付いてくる。そして、羽衣を身に纏った女性はふわりとエクス達のいる孤島に舞い降りた。

「なぜ空をと思えば羽衣天女さんだったのですね。通りで空が飛べるわけですね。」

宙に浮いていた人影の謎も解けすっきりと言った面持ちで一人頷くシェインと他の三人を訝しげに観察し、羽衣天女が口を開く。

「…あなた方は?」

相手の様子を受けて、

「突然呼んじゃってごめんね。僕達怪しいものじゃないんだ。今、皆で世界中を旅してる途中なんだけど、ここに着いた時にはこの島の上だったものだから、見ての通りどうすることもできなくて困ってるところだったんだ。良かったら君に色々と教えてもらいたいんだけど…」

現状を説明する後ろで、怪しいものじゃないという人ほど怪しく感じてしまうのはなぜなんでしょうね?と茶々を挟むシェインにそーゆーこと言わないの!とレイナが叱りつけているのが聞こえる。

「とりあえずだ、いい加減このなにもねー隔絶された島から出たいところなんだけど船とかなんかあったりしねぇか?」

「はぁ…旅人さんですか…うーん…それは困りましたねぇ…」

エクスとタオの話をふむふむと飲み込んでいく羽衣天女が、改めて四人に視線を移すと、困り顔を浮かべて話を続ける。

「ずっとこちらにいたということはやはり、皆さんは空を飛ぶことができないということですものね?」

「えっ!?もしかして本当にこの世界の人たちは皆空が飛べるの!?」

羽衣天女の問い掛けに、予想には上がっていたものの信じられないと驚きを見せるレイナに、

「そうですね。そもそもこの世界はまだ、見ての通り海しかありませんので、陸地と言えば今皆様がいるような場所が点々とあるような感じですかね。飛べない方がいないとは言い切れませんが、私の知っている方々は皆空を舞うことができますね。」

「うげっ!?マジかよ!?じゃあ俺たちは一体どうすればいいんだー!?」

苦悩の叫びを上げるタオに、後先考えずに海に飛び込んでたらデッドエンド間違いなしでしたね。と先ほどの話を引っ張り出して冷たい一言を放つシェインに、今それはいいじゃねーか…と四人の中で一番大柄なタオが体を小さくさせる。

「うーん…天照(あまてらす)様でしたら、どうにかできるかもしれないのですが…」

「あまてらすさま?」

羽衣天女の口から未だ聞いたことのない、誰かの名前らしきワードをエクスが復唱したそのときだった!

「タオ兄!姉御!新入りさん!」

警戒の念を込めてシェインが三人に呼び掛ける。気付けばこの島を囲むように周囲にはさっきまでいなかったヴィランたちがわらわらと沸いていて、

「クルルルルゥ~!!」

と、聞きなれた雄叫びを上げていた。

「やっとおいでなさったか!これでカオステラーの存在も間違いないってこった!」

「何よタオ!?私が間違ってたんじゃないかとでも思ってたわけ!?」

何気ない一言に噛み付かれていや、そーゆーわけじゃないけどよと、再び身を縮こまらせるタオに、なんか今日のタオは散々だねとエクスを苦笑いを浮かべることしかできなかった。

「って、やってる場合かっ!ここらで名誉挽回と行こうじゃねぇか!さぁ!行くぜっ!タオ‣ファミリー喧嘩祭りの始まりだ!!」


自らの『運命の書』を顕現させ、いや、彼らの運命の書には何も記されておらず、『空白の書』と呼ばれているそれを顕現させ、ヒーローの栞をそこへと挟み込むと四人は光に包まれる。エクス達は今までもこうやって通称『接続(コネクト)』という方法でヒーローの姿を、力を借り、ヴィランたちを倒してきたのだ。眩い光が消える頃には四人の姿は既にそこにはなく、ヴィランの群れに臆することなく駆け出していた――

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