本と魔法と眼鏡の物語(サーガ)
大神小神
序章 『賢者と少年 前編』
――あるところに、とても魔力の強い三人の女賢者がいました。
〈生〉を司る賢者。
〈死〉を司る賢者。
〈知〉を司る賢者。
三人はこの世界に存在する魔法使いの頂点に君臨する存在です。
そんな彼女たちが住む賢者の塔の入り口に、ある日一人の小さな男の赤ん坊が捨てられていました。
塔は普通の人間には存在を認識できないよう特殊な防壁魔法が施してあります。
万が一その魔法を突破して塔へ近づく者が居ても、すぐに三人が感知できる仕組みにもなっています。
それなのに、その日は誰も塔への来訪者に気が付きませんでした。
不可解な事態に疑問に感じながらも、その赤ん坊を抱き上げると天使のように愛らしい顔で微笑みました。
まるで自分たちを母親だと思っているかのような、母性本能をくすぐる表情で。
その笑顔に一瞬で心を打たれてしまった三人は、その子を自分たちの手で育てることにしました。
それから赤ん坊は、ありとあらゆる祝福、加護、洗礼の魔法を施され、蝶よ花よと溺愛されながら立派な少年へと成長しました。
少年は本を読むのが大好きで、早くから文字を覚えると、塔にある魔導書や古文書を次々と読破していきました。
「これは将来とても優秀な魔法使いになるぞ。」
賢者たちは少年の成長を日々見守りながら目を細めていました。
けれどある日、賢者の一人が異変に気づきます。
普通なら魔法を使うための"魔力の芽"が芽生える年齢を過ぎても、少年からは微塵も魔力が感じられなかったのです。
あれだけ多くの書物を読み、知識を得て、魔法に関する素養は十分なはずなのになぜ…。
でも、その時はまだ少年の成長が遅いだけだろうとあまり深刻には受け止められていませんでした。
事態が急転したのはその数日後です。
よく転んで膝を擦りむいていた少年の傷を癒やすために施した回復魔法が、突然全く効果を見せなくなったのです。
身体の一部からでも肉体を再生させるほどの力を持った、〈生〉を司る賢者の魔法であるにも関わらず。
それどころか、少年に回復魔法を施した瞬間、少年の右目が煌々と光りはじめたのです。
魔法使いが操ることの出来る魔法には、"
"先天"は持って生まれた才覚による魔法。
"後天"は魔力が芽生えた後の修練や開発、他者からの継承などによって備わる魔法。
そして魔法使いは"先天"を発動する時は左目が、"後天"を発動する時は右目が光ります。
つまり、少年は賢者から回復魔法を施された時に何らかの"後天"の魔法を発動していたのです。
長く平穏な時が流れていた賢者の塔に衝撃が走りました。
賢者たちは総出で、塔の中のあらゆる書物をひっくり返して原因を探りました。
なぜ魔力を持たない上に、会得した経験も無い『
原因究明は困難でしたが、2つの事実が推測の糸口になりました。
まず、賢者が少年に宿る魔力を感知しようとしている時にも、右目がほんの僅かに光っていたのです。
相手の魔力を感知するだけの『
ゆえに少年から魔力を感知することが出来なかったのです。
ならば少年は魔力を持たないわけではない。
魔力を持つなら、自分で自分の魔法を制御させようと様々な手段で魔力の扱い方を手ほどきしましたが、何をいくらやっても少年は自身の魔力を扱うことが出来なかったのです。
この2つの事実から"魔法が通じない"ことと"魔法が使えない"こと、その両方が混在して「1つの魔法」を成していると推測しました。
あまりに荒唐無稽な推測ですが、その推測を事実たらしめる要素が、
『
過去、世界で1人しか発現者が確認されていない常時発動型の超稀少魔法。
少年の現状はまさにこの『無知蒙昧』の発現者と完全に合致していたのです。
三人は愕然としました。
自分たちが天使のように大事に育ててきた少年が、まさかこんな稀少な魔法を発現してしまうなんて…。
しかも少年の魔法は"後天"であり、魔法の修練や開発などを行っていない少年にとっては、その身に起きた魔力による外的要因によって発現した魔法なのです。
…少年の身に起きた魔力による外的要因。
考えるまでもなく、彼女たちが事あるごとに施してきた幾多の祝福、加護、洗礼魔法に他なりません。
その強大すぎる魔力のせいで、本来正常に育つはずだった少年の"魔力の芽"が異常をきたしてしまったのです。
そして今となっては少年の"先天"が何であるか知る術もありません。
良かれと思って施してきた魔法がこんな結果になるなんて…。
三人は悲嘆に暮れました。
魔法と全く繋がりの無い身体になってしまった少年。
その身の行く末を慮ると、身を裂かれるような思いでした。
けれど少年は、そんな三人にいつもと変わらず優しく無邪気に微笑みかけました。
初めて出会ったあの日のように。
再びその笑顔に心を打たれた彼女たちは、少年をずっと賢者の塔で大事に育てる決心をしました。
いつの日か少年が立派に成長した暁には、人間の世界で生活するために塔から送り出そうと考えていましたが、少年をこんな身体にしてしまった責任を痛感して考えを改めました。
魔法という存在から一切隔絶されてしまった少年にとっては、外界は受難の塊です。
大怪我をしても回復魔法で治せない。
毒を受けても治癒魔法で癒せない。
呪いを刻まれても解除できない。
大きな戦に巻き込まれたら武器を手に戦うしか身を護る術が無い。
そんな過酷な環境に少年を赴かせるわけにはいきません。
三人は少年と話し合い、今後一切賢者の塔の敷地から出ないよう強く言い聞かせました。
敷地から出ること以外でしたいことがあれば、何でもしてあげる。
欲しいものがあれば何でも用意する。
だから、ここからは一歩も出ないでほしい、と。
少年は自分の身に起きた状況がいまいち飲み込めていないものの、今まで見たことの無いほど真剣な表情で願いを乞う彼女たちの言葉に、素直に従うことを約束しました。
三人は安堵し、涙しながら少年を強く抱きしめました。
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