第9話 ペイリトオスとの対面
古パルテノン神殿へのお参りも終わり、アクロポリスの丘を下りようと降り口に向かうと、丁度、下から立派な服装の一団が上ってくるのが見えた。
その一行を見たテセウスとアリアがしかめっ面をしている。
なにやら会いたくない人でもいるのかな?
妙な雰囲気を漂わせているアリアに、
「あれって誰?」
と尋ねると、アリアは顔をしかめたままで、
「ペイリトオスとその従者よ。テセウスの双子の弟。……面倒な奴よ」
ははあ、なるほど。確かによく見ればテセウスと瓜二つの男の子の顔が見える。ただテセウスと違い、どことなく冷ややかな空気を身にまとっているようだけど……。
テセウスがため息をついて、
「向こうももうこっちに気がついているから、今から離れてもダメだね。……お二人に悪いですが、気に障ることを言われても我慢してください」
と私たちに言ってきた。
夏樹が気遣わしげに、
「わかった。俺たちのことは気にするな。それと、……春香。俺のそばに」
と言いながら、左腕で私の腰を抱き寄せた。
みんながどことなく緊迫した雰囲気なので、私も
その一団は、ペイリトオスを先頭に、1人の文官らしき壮年の男と、10人ほどの兵士を引き連れている。
階段をのぼり終えた一団が、まっすぐにこっちに向かって歩いてくる。
その先頭のペイリトオスの表情を見て、あ、この人は生理的にダメだと思いつつ、顔を俯かせて目を合わせないようにした。なんていうのかな。
表面だけ得意そうに微笑んでいるけど、内心ではものすごく嫉妬しているような雰囲気っていえばわかる? 裏で悪いことを企んでそうな感じ。
しかも、そのペイリトオスの影響を受けているのか、文官も兵士も同じように冷ややかな目でテセウスとアリアを見ている。
「これはこれはテセウス兄さんとアリアさんじゃないですか。……あいも変わらず仲がよろしいようで」
うわあ。声もテセウスとそっくりだわ。
テセウスがアリアの前に一歩出て、
「ペイリトオスこそ。どうしたんだ? 女神などに祈っても意味が無いって言っていたじゃないか」
と言うと、ペイリトオスは誤魔化すように微笑んで、
「僕だってたまには祈りたくなるんですよ。……それより兄さん、そちらの二人は? ここらでは見慣れない顔ですが、奴隷でも買われたんですか?」
どうやわ夏樹と私のことらしい。テセウスが奴隷を否定しようとするが、それをアリアが遮った。
「いやちが「違うわ! この二人は父の取引相手よ!」」
ペイリトオスがアリアを冷ややかな目で見つめる。
「また貴女ですか。いかに兄さんの婚約者だからといって、公の場でアテナイ王の息子である私に軽々しく話しかけないでもらいたいですね」
アリアがなにかを言い返そうとするが、それをテセウスが押さえる。
「すまん。ペイリトオス。お前の言うとおりだ。アリアにはよく言っておくよ」
ペイリトオスが軽蔑したようにテセウスを見て、
「兄さん。正妃はもっと考えて選んだ方がいいんじゃないかい? このアテナイのためにもさ。……まあ、僕がいるからいいけどね」
と言い捨て、自らは兵士を引き連れて古パルテノン神殿の方へと向かって歩いて行った。
その背中にアリアが「うがー!」と言いながら拳を振り上げ、護衛の人たちに押さえられている。
……なるほど。まるでテセウスの双子の兄弟とは思えない考え方ね。見た目や声はそっくりなんだけど、それがまた厄介だと思う。
ようやく興奮がおさまったアリアだけれど、プンスカプンスカしてテセウスに突っかかっている。
「ちょっと弟をしっかり教育しときなさいよ!」「だってさ」という言い合いの声を背景に、そっと歩き去って行くペイリトオスの背中を見た時、なぜか急に背筋がぞっとした。
夏樹も難しい表情でペイリトオスの背中を見ている。
「夏樹?」
「うん? ああ。……彼は何か企んでいるね。要注意だと思う」
「私も同感」
なぜか私の目にはペイリトオスの後ろ姿から黒い霧みたいなものが立ちのぼって見える。あれって一体何だろう?
「ほら! そんなことより帰るわよ」
アリアの声に我に返り、アクロポリスの階段へと向かう。
階段を降りる前にもう一度神殿を振り返ると、ちょうど神託を待つ列にペイリトオスが並んだのが見えた。
なぜかその光景が妙に印象に残る。
――――。
再びアリアの家に戻ってテセウスとアリアを別室に待機させて、私たちだけにすると、フィリラウスさんが、
「ああ……、ペイリトオス殿か」
と言いにくそうに呟いた。
夏樹が、「彼はどういう人物なんですか?」とたずねると、しばらく考え込んでいたが、
「彼は野心家だ。そして、力も決断力もある。……もし今のアテナイの事を考えるのなら、アイゲウス王の後は彼が継いだ方が発展するだろう」
「なるほど」
「それはつまり、時には非情な決断も
テセウスは流されやすいから……。でもまだ若いのだし、これから学べばいいことだと思う。それにアリアだっているんだし。
そう心の中でテセウスを援護している私を見て、フィリラウスさんは苦笑している。
「おそらく平和な時代ならばテセウスの治世は素晴らしいものになるだろう。しかし、戦乱の世となればペイリトオスの方が王にふさわしい。……客観的にはね。それに、もちろん父親としては、アリアにはテセウスと結婚してもらいたいと思っているよ」
隣に座っている夏樹が、
「春香。俺もフィリラウスさんもテセウスのことはちゃんと認めているさ。……だからそんな顔をしないで」
と言いながら、私のほっぺたをぷすぅっと突っついた。
どうやら、不満っでむすっとした
「うん。ごめんね。私はあの二人を絶対に応援してる。テセウスももっと学べば、きっといい王様になるわよ」
そう言うと夏樹がうなづきながら、
「ああ、そうだな。……ただ、春香。その時間があればになるよ」
「どういうこと?」
「ゲオルギウスさんが言ってたろ? ……嵐が来るかも知れないって」
「うん」
「フィリラウスさんも、ここだけの話ですが、叛乱が起きる可能性が高いと思っています。……もし、あの二人を避難させるなら、私たちの所へ連れてきて下さい」
あれれ? 前にゲオルギウスさんが言っていたのはクレタ島のミノス王に対するものよね。……もしかして、ここアテナイでも叛乱が起きるというの?
あ、でも女神アテナも嵐が訪れると言っていたわね。そうすれば、あの二人が巻き込まれることは確実。
なるほど。夏樹の言いたいことはわかったわ。
「わかったわ。そういうことね。……夏樹の言うとおりです。フィリラウスさんと三人でも私は構いませんわ」
そう言うとフィリラウスさんはうれしそうにうなづいた。
「そうか。……もしかしたらお願いすることになるかもしれない。私も気に懸けていることがあってね。とにかく礼をいわせてくれ。ありがとう」
――――。
アテナイから帰りの船の上。
遠くアテナイの街を見ると、その北側から珍しく雲がせり出してきていた。
なんだろう。胸騒ぎが止まらない。
胸元でぎゅっと拳を握ると、夏樹が優しく肩に手を載せる。
「春香。……ダメだぞ。あまりこの時代の人々に干渉しすぎるのは」
「そうだけど。あの二人が心配で」
「まあ、俺も何かあったら
その言葉にほっとする。
けど、この胸騒ぎ。――やっぱりあの二人に何かが?
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