夏のメルクリウス

水月康介

第三種接近遭遇

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 K県で隕石の空中爆発か


 K県中部で27日、隕石が飛来し、上空で爆発を起こした。

 多数の目撃者が証言している。


 なお、28日現在で、落下物による建物の被害や負傷者などの報告は入っていないもよう。



 場所はK県中部の伯鳴市。27日正午ごろ、北西から白い尾を引きながら空を横切っていく物体があり、それが市西部の上空で強く発光、花火のような音を立てて爆発する様子を、多くの住民が目撃している。


 隕石の大きさは直径1メートル以下。大気との摩擦熱で急速に膨張、爆発したとみられる。


                     毎朝新聞28日付朝刊 地方欄より抜粋

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

                



 ――大気を切り裂いて轟音が響く。



 伯鳴はくめい市民のほとんどが空を見上げたその瞬間、由良文哉ゆらふみやは地面を見つめていた。


 正確には、庭先に落着した銀色の物体を。


 ジェット機が低空飛行したかのような轟音の直後に『べちゃっ』とか『どちゃっ』という、ホールケーキかあるいは泥の塊が2階から落下したような音が聞こえ、いったい何事かと慌てて庭先に下りた文哉の目に飛び込んできたもの、それは一面にまき散らかされた銀色の液体だった。


 が、それはすぐに一ヶ所に集まり、直径1メートルほどの銀色の球体を形成する。


 ――液体が、球体に。


 逆回しの映像を見ているかのような、ありえない動き。

 できあがった銀色の球体は、周囲の景色を反射してまだら模様を描いている。

 常温で液体の相をとる金属といえば、すぐに思いつくのは水銀くらいのものだ。


 そして眼前の球体も銀色である。

 しかし、それが勝手に動くとなれば話は別。

 文哉はこれをどう扱ったものか困惑していた。


 とりあえずスマホで動画でも撮ろうかときびすを返すと、その足音に反応したのか、水銀球が弾けて、広がり、飛びかかってきた。


 肉食動物が獲物を襲うような俊敏さ、という連想。この場合の獲物とはつまり文哉である。彼は何が起こったのか理解できないまま、視界に広がる銀の幕をただ眺めることしかできなかった。視界はすぐに銀ではなく黒一色になった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 気がつくと、ソファにゆったり腰かけたような姿勢だった。

 目を開けるとやはり真っ暗だったが、恐る恐る手を伸ばすと硬質な何かに取り囲まれているのがわかった。


 車の中だろうか。そう考えると周囲を探る手の動きも大胆になる。あちこち触っているうちに、レバーのようなものを倒した手ごたえがあり、続いて青白い光がそこかしこに灯りはじめる。


 見覚えのある光景だった。ただしフィクションの中での話である。それはまるで起動を始めたロボットの、コックピット内部のようで――


駆除者エクセクト登録の意思を確認しました』


 平坦な女性の合成音声。


「え、ちょ、何?」

『機動兵器〝インセクティサイド〟起動します』


 目の前のほぼ全面がディスプレイになった。ハイビジョンよりやや劣るくらいの解像度で、外の風景が映し出されている。


 緑色が多く、木立は少ない。外国の草原地帯のようにも見えるが、しかしどこか違和感がある。夕暮れ時というわけでもないのに空が全体的に赤っぽいのだ。太陽の大きさも、いつも見ているそれとは違うような気がする。


『周囲5kmに敵性反応なし。基本動作の確認をするなら今ですよ』

「基本動作って」

 困惑しつつたずねる。

『シートの両サイドに操作レバーが2本あります。それを握ってください。

〝インセクティサイド〟の両腕に連動しています』

「インなんたらって人型なわけ?」

『はい』

「じゃあ足は?」

『足元のフットレバー2つを使ってください。両方を等しく踏めば直進、片方を踏めばその逆側に進みます。踏み込みの深さが速力に比例します』


 言われたとおりフットレバーを踏み込むと、視界が動き始める。ディスプレイの景色がわずかに上下しながら後方へ流れていく。かなりの速度だった。高速道路を走る自動車くらいのスピードは出ているのではないか。


 文哉は調子に乗って〝人型機動兵器〟を縦横無尽に走り回らせた。ゲームセンターの大型筐体のような操作感覚はなじみ深く、すぐに操作に慣れていった。

 

 やがて、突然コックピット内部が赤く明滅し、警報音が鳴り響いた。


「何? 何が起こった?」

『害虫群が出現しました』


 正面ディスプレイの右隅に円形のレーダーが映し出され、光点が円の中心に向けて移動している。その光点が害虫群とやらだろうか。


「つまり、敵ってこと?」

『はい。戦闘体制をとってください。全火器の使用を許可します』

「許可されても……、どんな武器があるんだ?」

『射程順に出します』


 ディスプレイの左隅に銃火器の絵が映し出される。


『スナイパーライフル 射程大 威力大』

『アサルトライフル  射程中 威力中』

『ショットガン    射程短 威力大』

『ハンドガン     射程短 威力小』

『対物ダガー    射程極短 威力小』


「なんか普通だな……」


 人間の携行火器と代わり映えのないバリエーション。ビームライフルやら重力爆弾などSFチックな兵器を期待していた文哉には肩透かしである。


『Ⅰ種惑星上での武器使用には著しく制限がかかります。ご理解を』

「そういう〝設定〟なわけ」

『いえ、〝条約〟です』

「どっちでもいいけど……、じゃあスナイパーライフルを」

『警告、彼我の距離に見合った兵装ではありません』

「え。敵が近いってこと?」

『はい。敵の突撃を防御、または回避する機動マニューバの準備を』

「攻撃すらできない距離かよ!?」


 ディスプレイを注視すると、黒い点がどんどん大きくなってくる。相当なスピードでの接近と知れた。自動車どころではない。


 ――低空ではあるが、それは飛行体だった。


 敵影の輪郭がはっきりしてきた。

 地面から十数メートルほどの高度を飛んでいる。飛行機の類ではない。翼による滑空ではなく、薄い翅による羽ばたきでの飛行のようだ。シルエットは丸く、飛びやすい形には見えない。


 昆虫であった。カブトムシに代表される甲虫の類だ。

 そうはっきり目視できた瞬間には、敵は自機に衝突していた。


 ディスプレイの景色が激しく揺れたものの、コックピット内に振動はない。

 現実と見まがうリアルな画像だが、やはりこれはゲームの類なのだろうか。



『警告、異常姿勢。害虫から距離をとってください』


 薄暗い画面は昆虫の腹部の接写であり、あまり気持ちのいい視界ではない。でたらめに両のレバーを前後させるが(動け、動いてよ! とか心の中で叫んでみる)、害虫を引き剥がすことはできない。


「確かナイフがあったよな」

『対物ダガーです』

「どっちでもいいから装備してくれ」

『警告、左右両アームの可動域が限定されています。兵装ラックを使用できません』

「へぇ?」


 力のない悲鳴が上がる。

 腕を押さえつけられて武器を取り出せない、ということらしい。

 何この状況。

 ゲームスタートして最初に当たった敵キャラだろう、このカブトムシもどきは。

 マ○オならク○ボー、ド○クエならス○イムに相当する雑魚ではないのか。


「どうすれば引き剥がせる?」

『プラン1、液体燃料への点火による自爆』

「そういうのは最後に出して」

『プラン2、両腕部の強制パージ』

「だから何かと引き換えにする系じゃなくて」

『プラン3、最大出力でブースト噴射、それでも離れなければ上昇・反転して地面への逆落としをかけます』

「それでいこう」


 それもだいぶ一か八かの手であったが、1と2よりはずっとましだ。最初から肉を切らせようとするよりは、いい。


『プラン3の問題点を提示。害虫に圧迫された現在の体勢で、最大噴射を行った場合、放物線軌道の末、頭部から地面に衝突します。ノズル角度の調整範囲外です』


 訂正。ぜんぶ肉切だった。


「もういいよ、ブースト最大で」

『噴射角の操作については――』

「指示だけ出すから操作はそっちでできないのか?」


 文哉は合成音声をさえぎる。


『非推奨ケース』

「不可能ではないと」

『確認メッセージ。限定的権利移譲と、それによる責任所在者の確認について。人工知能は、その基幹倫理において、自律判断による武器の行使を許されていません』


 契約書類のようなごてごてした文章である。

 文哉はそれを噛み砕いて翻訳していく。


『論理的迂回。直近の知的生命体の指示に従う形式を取ることで、戦闘行為中の戦術判断を行うことが可能となります。なお、その際に人工知能が出した損害は、すべて責任所在者が責任を負うものとなります』

「つまり?」

拳銃わたしの引鉄を、あなたが引く』

「かまわない。それでやってくれ」

『最終確認。本戦闘において人工知能わたしにその行動選択を一任し、また、その責任のすべてを負うことを了承しますか』

「ああ」


 ゲームの演出としては悪くない。

 文哉はそう思いつつ了承した。


『確認完了。当機は人工知能による自律戦闘モードを開始します』


 そこからの動きは機敏だった。

 ブーストが最大出力で噴射され、ディスプレイ上の視界が振動する。


 数秒ほどの飛翔のあと、轟音。機体が地面にこすり付けられる。

 カブトムシもどきは張り付いたままだったが、両腕は自由になったようでディスプレイ上の表示は機体状況正常コンディショングリーンを示す。


 ウェポン選択。対物ダガー×2。両マニュピレータに1本ずつ装備。

 腰部武装ラックから抜き放つと同時に左右から突き刺した。

 カブトムシもどきが金切り声を上げる。


 再び対物ダガー×2装備し、位置をやや下方にずらして挟刺。

 堪らず距離をとるカブトムシもどき。


『安全距離を確保』


 メッセージの直後、敵の黒光りする外骨格が4ヶ所、ダガーごと弾けた。

 爆発の規模はさほどでもないが、体内での炸裂は致命的だったようで、敵はその場に崩れ落ちる。


 さらにウェポン選択。ショットガン。


 もう不要ではないか、と文哉は思う。

 前肢が小刻みに動いているのは単なる反射だろう。

 だが、ディスプレイの光点はまだ点滅している。人工知能こいつにとっては、まだ攻撃対象なのだろう。

 生か死か。

 0か1か。

 ……何を考えているんだオレは、と文哉は胸中で苦笑。たかがゲームじゃないか。


 ショットガンによってぶちまけられたカブトムシもどきの中身・・は、ゲームというには過剰なほどに再現度が高かった。端的に言って、グロかった。


『目標の沈黙を確認。自律戦闘モードを終了、機体のコントロールをお返しします』


 しばらく索敵を行ったが、周囲に敵影はない。

 

『迎撃シーケンス完了。超空間接続を解除します。お疲れ様でした』



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 コックピット内の全ディスプレイが消灯し、暗闇になる。

 革張りの質感だったはずのシートが、粗悪品ように伸びて身体が沈みこむ。そのまま床に落ちた感触。


 取り囲んでいたコックピットが消え去り、文哉はまぶしさに顔をしかめる。自分の部屋に仰向けになっていることに気づく。


 先ほどまでの没入感が嘘のようだ。

 あんな状況を自然と受け入れていた自分に驚く。


 愛機のAIと軽口を叩きながら、困難な戦況にも飄々と対応する歴戦のパイロット――そんなイメージは、夏の暑さというリアルにかき消されていた。

 熱気を強く感じる。それを助長するセミの声も。


 そして思い出す。

 大気圏で燃え尽きなかった流れ星が、町の上空で爆発したこと。

 その直前、自宅の庭先に奇妙な落下音があったこと。

 2階の自室にいた文哉は、その音を聞いて1階の居間に下り、庭先の有様を目の当たりにした。銀色のペンキをぶちまけたような、異様な光景。


 水銀の有毒性を思い起こして慌てていると、さらに異変は続いた。

 水銀が球体にまとまると、さらに、文哉の方へと投網のように広がって覆いかぶさってきた。そして意識が途絶え、気がつくとあの暗室の中だ。

 

 ゲームセンターにあるような、ロボット操縦シミュレータ。

 それが消えてなくなって――、では、あの水銀の塊はどこへ行った?


 室内を見回すと、部屋の片隅に人影が立っていた。


 銀色の長い髪をなびかせる、黒いワンピースの少女。

 病的な肌の白さは幽霊の類を連想させた。

 室内でなぜ髪がなびいているのかと思ったら、すぐ横で扇風機が動いていた。


 目が合った。


『お疲れ様でした』


 コックピット内で聞いた、あの電子音声だ。


「なん……、えっ、何が……?」

『発声が不明瞭ですね。健康状態に問題が?』

「問題はそっちだ! 何やってんだよ、何者だよお前は!?」

『現在は放熱中です。扇風機こちらに補助をしていただいています。わたし自体については、こちらの言語で――メーデー、SOSなどと呼称されているものです』

「そりゃモノじゃなくて信号だ」


『わたしは宇宙船、

 わたしは機体制御システム、

 わたしは通信制御システム、

 わたしは対人インターフェイス、

 わたしはバイオコンピュータデバイス。

 それらすべてを内包した救難信号です。

 地球から24000光年の距離にある、惑星ルゥ・リドーより発信されました』


 ただただ平坦な電子音声。

 しかし、続く一言には感情めいたものが込められていた。


『――わたしたちの星を、救ってださい』


「助けて、つったって……」

『証拠をお求めですか?』

「あ、ああ……」

『では』


 銀髪黒衣の少女は、わずかにうなずいた。

 文哉の眼前、数十センチほどの空中に、半透明の板のようなものが浮かび上がる。


 空間投影型ディスプレイ。


 中空に青と白の惑星――地球が描写される。

 宇宙関係のニュースでよく見る、CGムービーのようだ。

 大写しだったそれは一気に縮小して点になり、画面は横に移動。

 スクロール速度は徐々に遅くなり、やがて別の惑星が現れた。そこから弧を描いて点線が伸びる。点線は惑星を一回りしながら半径を広げ、放物軌道を伸ばしていく。


 枠からはみ出ないよう、画面は徐々に縮小していき、再び端に地球が現れた。

 放物線は二つの惑星を結んだ。

 地球が拡大されると、放物線はその半径を狭めていく。渦を巻くようにある一点へ。日本の地方都市、そこは伯鳴市このまちのあるポイントだった。


『わたしの星間航跡図ルートです』

「いや、こんなの出されても地球外から来た証拠にはならねーよ」


 それ以前に、専門知識のない男子高校生に天文データの真贋がわかるはずもない。


「もっとこう、宇宙船とか、宇宙人らしい格好とか……」

『地球における宇宙人のイメージを検索、外見に一部反映』


 少女の頭からチョウチンアンコウのような触覚が一本、生えてきた。


「なぁ……!?」


 少女はその先端をつかんで引きちぎり、手の中でこね回す。

 手を開くと、手のひらサイズの空飛ぶ円盤があった。

 手乗りUFOは、ふわりと浮かび上がり、室内をぐるぐると飛び回った。


『いかがですか?』


 文哉は言葉も出ない。


『わたしは生体コンピュータにして物理的な干渉デバイス。つまり人工的な存在です。宇宙人をという要望にはお答えできません』

「……いや、いい。とりあえず地球のテクノロジーをはるかにブッ飛ばしてることだけは、よくわかった」


 手乗りUFOは少女の頭部に〝着陸〟し、そのまま染み込んで消えた。


 液体から固体への変相機能といい、滞りなく会話ができているコミュニケーション能力といい、目の当たりにするだけで〝これ〟が尋常ではないことは理解できた。

 まだ現実に頭がついていかないが、文哉は思い浮かんだ疑問を口にしていく。


「で、ルゥ・リドーだったか。その惑星を助けるって、いったい何から……、ああ、さっきのカブトムシもどき?」

『はい。害虫群と呼称される敵性生物の異常進化、増殖によって、こちら側の生存圏が脅かされる事態となっています』


「じゃあ、あのゲームは戦闘の適性を見るためのシミュレーションってことか」

『いえ、実戦です』

「実戦? いやでも、部屋の中だったし……」


『遠隔操縦です。先ほどの戦闘は、模擬的なものではありません。あなたはルゥ・リドーに実在する機動兵器〝インセクティサイド〟をリアルタイムで遠隔操縦し、同じく惑星上に実在する害虫群を駆除したのですよ』


「いやいや……、いくら地球の科学文明が遅れてるからって、馬鹿にしすぎだろ。遠隔操作ってんなら通信のタイムラグがあるし、電波と光は同じものってことくらい知ってる。2万光年も離れた星の機械を遠隔操縦できるわけがない」


『距離は問題ありません。ここに至るまでの航行中に、超空間通信用の中継機器を敷設済みです』


 あくまでも通信のみで、物理的な移動は不可能ですが。少女はそう付け加える。


 超空間通信。

 SFチックな単語が出てきたものだ。光年単位の距離があっても、タイムラグを気にせずにやり取りができるという、字面のとおりの代物だろう。それを実現する科学技術は、地球の何年先を行っているのか。文哉の知識では見当もつかない。


「そんなに進んだ科学技術があるのに、たかが害虫に苦戦してるのか」


 あのゲーム画面が遥か彼方の現実の戦場だとして。

 害虫は決して強敵ではない、と思う。あのロボットはなかなか頑丈なようだし、害虫の強さは初心者の拙い操縦でもなんとか持ちこたえられる程度だ。先進科学を有する彼女の母星の脅威になるとは思えなかった。


『技術に不足はありません。資源も十二分』

「機体の数が足りない?」

『必要に応じて相当数の増産が可能です』

「じゃあ害虫が強いから? あのカブトムシもどきは下っ端レベルで――」

『いえ、あの個体は比較的難敵の部類です。高い速力と防御力を備えた、警戒度の高い対象です』

「あ、そうか。数が多いのか」


 意思の疎通が不可能な生命体の群れに蹂躙される人類。そういうシチュエーションの物語は多い。そういった敵が脅威である理由のひとつが、数の暴力だ。


『肯定です。害虫群は高い繁殖力と環境への適応力があり、生命力も強い。爆発的に数を増やし、災害のように襲い掛かってくる。地球において生物種の約半数は昆虫で占められているようですが、惑星ルゥ・リドーでもこの比率は近似しています』


 たとえば、地面を黒く染めるほどの軍隊アリの群れ。

 あるいは、田畑の実りを喰らい尽くす飛蝗ひこうの雲霞。

 とにかく圧倒的な数が昆虫の特徴のひとつだ。

 カブトムシもどきは単体での行動だったが、あれは例外だろう。強い種ほど個体数は少なくなるものだ。


『また、人類側では操縦者が不足しています』

「それは、被害が大きくて?」

『文化、または気質に起因するものかと』

「もうちょっと詳しく」

『端的に言って、ルゥ・リドーの人類は争いを嫌っています』

「平和主義ってことか」


『いえ、暴力的なものを嫌悪しているだけかと。逆に、暴力を伴わない争い――論争や政争、あるいは知的遊戯ゲームの類については、やや積極的で、その戦場での勝利には貪欲ですらあります』


「なるほど。種族全体がインテリ気取りなんだな」

『シニカルながらも適切な評価かと』

「……怒らないのか? 造物主をバカにされて」 


『人工知能は振りポーズを取りません。また、ルゥ・リドーの人類がおおむね〝格好付け〟であることは彼ら自身も認めています』


「そうか。じゃあそれ以上は何も言えねーな」

『はい。ある種のブームになっています』


 ルゥ・リドー星人の事情は、つまりこういうことらしい。

 ゲームは好むようだが、さっきのゲームじみた害虫退治は、戦闘機械を使った〝軍事行動〟の範疇になるのだろう。彼らの嫌う野蛮な行為。模擬的暴力ウォーシミュレーション。だから操縦者のなり手が少ないというわけだ。


「で、地球人は操縦者として使えそうか?」


『はい。状況把握、空間認識、各種視力、反射速度、手先の器用さなど、必要条件はすべてクリアされています。あなたを平均値以下と仮定しても、地球人類の能力はインセクティサイドの操縦に十分な水準を備えています』


「そりゃよかった」

 誰が平均値以下だ、と言いたい気持ちを抑えつつ応じる。

「オレはてっきり何か理由があってウチの庭先に落ちたのかと思ってたんだけどな」

『いえ、まったくの偶然です』

「そうか」


 運命などなかった。少しばかり残念だった。


「あ、俺はあなたじゃなくて由良文哉な。文哉でいいぞ」

『了解しました、フミヤ』

「そっちは名前あるのか?」

『型番でしたら』


「あー、じゃあ……」

 文哉は少し考える。庭先に落ちてきたときの水銀じみた姿を思い出して、

「お前のことはメルクリウスと呼ぼう」


『メルクリウス』


 銀髪黒衣の少女は平坦な電子音声をつむぐ。


『水星の別名。ギリシャ神話における旅人と商人の守護神。

 古代科学である〝錬金術〟における根本概念でもあり、金属にして液体、物質にして霊体、毒薬にして妙薬、燃焼にして凍結――すなわち対立物の合一の象徴と考えられている』


「考えてねぇよそこまでは!」

『意味不明の文字列を検出。中二乙、とは?』

「ただのスラングだ」


『水銀のように見えたのは生体コンピュータの擬態解除ニュートラル状態です。液体相であれば衝撃によるダメージはありませんから』

「やっぱり理解しわかってやがるじゃねーかお前」


 突っ込みつつ、文哉は内心、人工知能が冗談を言ったことに驚いていた。


 冗談は高度な知的活動だ。『場を和ませる小粋なジョーク集』の類を暗記すればいいというものではない。時代や状況、相手との関係性によっても変化する単語の意味合いを正しく理解し、会話の流れを把握し、人の心の動きを斟酌し――要するに、空気を読んで、使いどころを考えなければならない。


 そういった技術的困難をまったく感じさせずに、メルクリウスは冗談を使いこなしてみせた。地球へやってきたばかりだというのに、である。とんでもない学習速度だった。外宇宙の先進技術というのは伊達ではなさそうだ。


『フミヤ。お聞きしたいことがあります』

「おう」


『この星に存在する職業をすべて確認しましたが、〝巨大害虫駆除用ロボット兵器の操縦者〟に合致するものが見当たりません』


「たぶん未来かフィクションの中にしかないな」


『妥当な報酬額を考えあぐねています。戦線を安定させるために必要な人員としては10000以上を見込んでいるのですが』


 戦士の相場を知りたい、ということらしい。


「さっきの戦闘って何分くらいだった?」

『駆除者登録から15分18秒、会敵からは6分23秒です』

「一度の戦闘時間ってそんなもんなのか?」


『より長期に渡ることもあります。最長記録は3日。遠隔操縦なので途中で抜けることは可能です。置き去りになった〝インセクティサイド〟は確実に破壊されますが』


「使い捨てでもいいのか」

『継戦希望であれば新しい機体を出します。通信をリンクさせれば戦線復帰です』


 メルクリウスは自機無制限の裏技みたいなことを言う。

 機体は相当数を量産可能、と語っていたのは事実のようだ。


 ――機体が破壊されても操縦者へのリスクはない。

 ――それどころか新たな機体への乗り換えもできる。

 ――作戦中でもこちらの都合で途中抜けが可能。


 そんなものは仕事とは呼ばない。


「大丈夫だメルクリウス。物好きなら世界中にいる。自らの人生を削って技を研ぎ澄ませている、とびっきりの連中が。そいつらを動かすのは金や物じゃない。戦いでどれだけ楽しめるかだ」


『戦士が、いるのですね』

「ああ。ルゥ・リドーの価値観からは外れた奴らだ」

『かの星にもわずかに存在します。窮地を好み、強敵を欲し、敗北に嗤う人種が』

「闘争してなけりゃ気がすまないそいつらにとって、」

『提供される戦場こそが報酬』

「ああ、カネなんざ不要。認定強者ランカーであればいい」


 基本無料。

 あとは〝戦場ゲーム〟のクオリティと、ストレスのないネットワークインフラ、それを維持できるサーバ環境だ。

 どうすれば実現可能だろうか。

 文哉はメルクリウスの性能・特性と相談しながら、ああでもないこうでもない、と夜通し検討を重ねていった。


 それは彼方の惑星を救済するための、使命感あふれる議論では断じてなく。

 夏休みの計画を、思いつくまま無計画に話し合うノリに似ていた。

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